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エリザベス女王と日本【模索から親交へ】

曲折に富んだ歩み

9月8日に96歳で崩御した英国のエリザベス2世女王陛下(以下女王)と日本は「日本の皇室と英王室の深い関わり」と単純にまとめられる関係ではなかった。

女王は思春期に第二次世界大戦下の厳しい日々を過ごした。大戦を経て大英帝国が没落したことや後述する退役軍人への配慮から、女王が日本に対するわだかまりを解くまでには時間を要した。
映像に残る女王の戴冠式に出席した若き日の上皇陛下、1971年に英国を訪れた昭和天皇とのやり取りはともにぎこちないもの。
女王は訪英直前に昭和天皇の名誉回復措置を行ったが、バッキンガム宮殿における歓迎晩餐会のスピーチでは「過去を見過ごしたり、無かったことにはできない」と日本側を牽制した。
ただこの時昭和天皇は、訪英前のフランスで面会したウィンザー公の衰弱と公が女王との面会を望んでいる旨を伝えた。女王はその後亡くなる直前のウィンザー公を見舞っている。

日本訪問と「内助の功」で縮まった距離

1975年に女王は答礼として最初で最後の日本訪問を行う。5泊6日の強行軍のなか伊勢志摩や京都まで足を伸ばし、新幹線にも乗った。
当時英国経済は「英国病」と呼ばれたほどの惨憺たる状況。英国側は女王訪問で日本国内の対英感情を良くし、日本企業の進出など日英の経済関係を発展させて、英国経済の再建に繋げる思惑があった。
女王のスピーチにもその意図がにじむ。

実際日本では女王訪日を契機に競馬の「エリザベス女王杯」創設を始めとする「英王室ブーム」が起こり、1980年代のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚や訪日まで続く。
この波に乗って日立、ホンダなど日本企業の英国進出が増え、サッチャー首相の経済改革と相まって英国経済はどん底から脱した。
女王のいとこのケント公(ローン&クリケットクラブの会長としてテニスのウィンブルドン選手権を観戦する姿でおなじみだった)は長年英国の貿易に関する特別代表をつとめ、経済ミッションのために複数回訪日。英国の経済外交を側面支援している。

加えて意外な貢献をしたのは夫君のエディンバラ公フィリップ殿下(以下殿下)。
元ビルマ方面軍司令官マウントバッテン伯爵の甥で、1945年9月2日のミズーリ号における日本の降伏文書調印を英国艦乗組員として見届けた殿下は、自然保護団体総裁の肩書で度々単身訪日。
物議を醸す発言もあったが、テレビ朝日系「徹子の部屋」にゲスト出演するなど日本と英王室の距離を縮めた。殿下の活動は日本学士院の「エディンバラ公賞」にその名をとどめている。
昭和天皇の英国訪問の際、退役軍人会の会長という立場上晩餐会を欠席したマウンドバッテン伯爵を翌日単身で昭和天皇に引き合わせた殿下は、女王に代わり、大喪の礼にも参列している。

「過去100年で最良の関係」に

外国訪問に積極的だった上皇陛下・上皇后陛下の代に女王と日本の関係は大きく進展。両陛下で複数回英国を訪問し、英王室との絆は強まった。
また上皇后陛下が退役軍人支援事業をする在英日本人女性と交流していることが報じられるなど、英国内の日本の天皇・皇室に対する世論は次第に好転した。
2012年、女王の即位60年を祝す午餐会出席のために訪英した両陛下はVIP待遇の席次でもてなされ、女王夫妻と親しく懇談。ぎこちない握手から約60年で日本の皇室と英王室は「大人の友人」に至った。
上皇陛下・上皇后陛下の子息2人を始め、皇族方の殆どが英国留学を経験しており、絆は次世代へ引き継がれつつある。

王室同士の繋がり、安倍首相時代の積極外交、スポーツ・文化面の交流が積み重なって、いま日英関係は過去100年で最良の状況にある。明治の同盟時代に匹敵する準同盟国とまで評する識者すらいる。
女王の大きな業績として英国の絡む過去の傷を和らげ、相手国・地域との関係を未来に繋げる「和解と連帯」への貢献が挙げられる。2011年のアイルランド訪問におけるスピーチは歴史に残る偉業だが、日本との70年もそのひとつだろう。

結び

「私の生涯が長くても短くても大英帝国という家族に奉仕します。皆様の力なくしては決意を貫くことはできません。神の導きのもと皆様と歩みます」
女王は即位前の21歳に語ったこの言葉通り、最後まで連合王国(連邦)と国民に奉仕した。
戦後大英帝国が朽ちゆくなか、国威と統合を保つため、真の立憲君主として何が揺れても変わっても不動の軸であり続ける、偉大な生涯だった。

日本国民のひとりとして王室の方々と英国民の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。

Her Majesty the Queen lived up to her words in her youth, serving the United Kingdom (Commonwealth) and its people to the end.
It is a symbol of British national prestige and integration, including the Commonwealth, and has contributed to mutual understanding in the international community.

As a Japanese citizen, I extend my deepest condolences to the royal family and the British people.

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