一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』を読んだ


然るべきプロセス(参照:前記事)をふんで購入した一木けいさんの処女作『1ミリの後悔もない、はずがない』を読んでみたのだけれど、もう「椎名林檎さん絶賛!」なだけあった。


この本は「西国疾走少女」「ドライブスルーに行きたい」「潮時」「穴底の部屋」「千波万波」の5つのストーリーで構成されている短編集。だけれど、すべてのストーリーはつながっていて、短編集というよりは「由井」という一人の女性(女の子)の生き様をさまざまな視点から描いている。


とくに、1作目の「西国(にしこく)疾走少女」が惹かれた。

由井の中学時代を描いた作品。汚い大人の世界に塗れた由井の唯一の心のよりどころ、桐原。由井にとって初めての、かばってくれる、愛してくれる存在。

小柄で華奢な由井と対称に、大人びている桐原。そんな二人の中学生とは思えない愛が描かれている。中学生の恋愛ってもっと物理的な、形式的な恋愛のイメージなんだけれど、この二人は精神的な恋愛をしているというか。もちろん本能的な部分も鮮明に描かれているけれど。二人とも大人だなあ、と感じた。


一番印象に残ったのは互いに想いを寄せ合っていた二人がスキー教室から帰るバスの中で正式に恋人となるシーン。

「そろそろ」と桐原がささやくように言った。桐原がしゃべると、わたしの耳はそちら側にひきつれた。車内がどっと笑いで震えた。その陰でひっそりと桐原は言った。「そろそろつきあおうか」

「どっと笑いで震える」車内と、「ひっそり」としたふたり。この描写が先述した二人の年齢にそぐわない精神的成熟を表しているなあと感じた。

そして、「そろそろ」という言葉。この四文字で、言葉にしなくっても惹かれあっていることが感覚的に分かっていることが伝わる。「内的な」恋愛だなあと。大人。


そんな「大人」さがあらゆる場面であらわれているから途中で忘れそうになるけれど、彼女らはせいぜいまだ16歳。

最後の、二人がからだで愛を確かめ合うシーンではそんな「中学生らしさ」がはっきり描かれているな、と思った。桐原は、やっぱり大人びているけれど。でも、すこしの躊躇もないわけじゃない(と見せている)ところが中学生っぽい。


そんな純愛を、西国分寺を舞台に描いたお話。


他の4作も、それぞれ違った良さがあった。この本書き下ろしの作品である「千波万波」は、大人になった由井の娘である河子目線で由井が描かれている。月日がたっても変わらない由井独特の「強さ」と「暗さ」がうまく表現されていると思った。まるで、由井の成長をずっと間近で見ていたような気になった。


あらゆる「後悔」を抱えながら、それでも生きる登場人物たちに、自分を重ねながら。


買ってよかった、椎名林檎さんありがとう。



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