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乳幼児の頃、天敵だった母子手帳

息子は、生まれてすぐの頃から育てにくい子だったんだよね。

「なんかおかしいな?」っていう不思議な行動を育児書で調べると、原始反射がきつかったり、弱かったり…。
助産婦さんに相談したら「気にしすぎよ、大丈夫」って言ってもらえて少しは安心できたんだけど、その「なんかおかしい?」は3歳頃に高機能自閉症・アスペルガー症候群の診断を得るまで、納得できる答えを見つけられないままだったんだよね。

そんな頃、私の天敵だったのが「母子手帳」。
母子手帳には、それぞれの月齢・年齢の発達の目安が書いてあるよね。
例えば、1歳の発達の目安は
「バイバイなどの身振りをしますか?はい・いいえ」
「おもちゃなどを指さしすると、その方向をみますか? はい・いいえ」
といった感じ。

最初の数か月は、そんなに遅れがみられなかった息子だけど、月日を追うごとに、各質問の「はい」に丸がつけられなくなることが増えて行ったんだよね・・・。

それはね、ほんとにほんとに焦りだった。

今でこそそれらは発達の目安に過ぎず、個人差があることはわかってるんだけど、なんせ初めての子でその時は障害があることもわかってなかったから、「○か月までにこれ全部できなきゃいけない」「どうしてチャビはできないの!!!」「嗚呼…私はダメな親だ…」の悪循環。

母子手帳の発達課題をこなす事が、育児の中心になってた。目安の時期までになんとかするのが母親の役目だと思ってたから。

で、もっとその悪循環に拍車をかけたのが、「他人の目」の恐怖。
特に、乳幼児健診に行くたびに保健師さんに「これ、まだできてないんですか…」と遅れを指摘されるたびに自分が情けなくなって辛かったんだよね。

チャビができない事を、健診で他の同じ月齢の子達が当たり前に出来ている事を目の当たりにするのも辛かったし、他のお母さん方からどんなふうに見られてるのかも怖かった。

だから、
母子手帳の質問に、ごまかして「はい」に丸をつけようとしたり
「母子手帳を持ってくるの、忘れました」と嘘をつこうかと考えたり
そもそも「健診に行かないでおこう」と思ったりもしたのね。

なんだか、宿題ができなかった子がなんとかそれをごまかそうとしてる感じ。

そんな時期の私は、息子に対して「こうあるべき」を強制してたんだよね。「もう、これくらい出来ているべき」ってね。

多分、そういう私の息子への無理解は、息子と私の関係も悪化させてたんだと思うのね。例えば、障害の診断後に息子の特性を理解出来てきた頃にくらべて、なかなかパニックが治まらなかったのは「1歳なんだから、こうあるべき」「なのになぜそうじゃないの?」と私の理想を押しつけて、チャビの気持ちを理解しようとしていなかったからだと思うんだよね。

こういう辛かった時期を思い出すと、
今のお母さん方が私みたいに孤立したり、悩んだり、他人の目が怖かったりしてなければいいな、もっとお母さんが肩身の狭い思いをしなくていい世の中になってほしいな、お母さんを責めるんじゃなく応援する人が周りにいてくれたらいいのにな…と案じるんだよね。

もう10年以上も前の事だから、健診の方法や母子手帳の内容がもっと育児に悩んでるお母さんを責めないような内容に変わってるかもしれないけど、こんな風に自分を責めてるお母さんがもしかして周囲にいたら、追い打ちをかけて責めるような事はしないで、応援してあげてほしいなって思って書いた、今日のnote。

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