宇宙庭園とねずみ(10)ミツルのモンド指導
「名前から感じるイメージを大切にするといいよ。それはどんな色で、どんな味で、飲むとどうな気分になる? そういうものを丁寧に一つ一つ思い浮かべるんだよ」
ミツルは言った。
「……ねずみはどんな味が好きなんたっけ?」
どうせなら、ねずみのために作りたい、そう思ったのだ。
「甘いのだね、ねずみさんは甘党だから。あとはフルーツにも目がないよ」
「うーん────色はピンクで────とびきり甘い。────それは冷たくてスムージーのような感じで────」
「いいね。匂いとか、どういった場面でそれを飲みたいかを考えるのもいいよ」
ミツルが促す。
「────それには擦り潰したイチゴが入ってる。グラスの淵にも大きくて甘いイチゴが装飾されている────レモンを少し絞ろう、そのおかげで口当たりがさっぱりする。────どうやったらいいかわからないけど、バルティナみたいに森の香りがする。心が落ち着く森の香り。森の中に沸いた、天然の露天風呂で、ゆったりと星を眺めながらそれを飲む」
自分でも意外なほどスルスルと言葉が溢れてくる。相手が男の子だから、変なカッコつけや、恥ずかしさがないのかもしれない。
「ねずみさんがそれを飲んだら、どんな顔をする?」
「思わずニヤけるだろうなぁ」
僕はねずみが満足そうに〝モプーア〟を飲むところを想像してみる。
あいつは勢いよく飲んで、ニンマリするのだ。
「お代わりするかな?」
「するだろうね。飲むペースが早いから、ミツルは大忙しだ」
「いいね。〝モプーア〟は相当おいしそうだ」
ミツルが最高の笑顔を浮かべる。
その笑顔に、抜群の癒しを感じる。世界の美しさだけをずっと見ているような瞳、その瞳が、笑顔になると一層の輝きを増す。それはどこまでも温かく、優しい光だった。
「じゃあ。いっちょモンドするでござる! グラスを取ってくるね」
そう言って、ミツルは食器棚へ向かった。ただ、ミツルを尻目に、やはり僕は考えてしまう。確かに空想で〝モプーア〟をイメージした。けれど、それを実際に作るのは、結構大変なんじゃないか? ただ、ミツルが持ってきたグラスを前に、僕の意識は一瞬で奪われる。
ミツルが持ってきた3個のグラス、おそらくねずみ用とミツル用とそれから僕用のものだろう。ただ、どのグラスにも人の顔のイラストがプリントしてあるのだ
「このイラストはもしかして……僕?」
「もちろんタクトだよ。タクトがモンドするんだから、タクトのグラスなんだよ」
……なるほど。バルティナはねずみが考案した飲み物だったから、ねずみがプリントされた(いや絵付というべきか)マグカップだったのか。つまり、飲み物の入れ物には、モンドをする人(考案者)の顔入りの専用のカップが使用されるのだろうか。以前僕も飲み物の考案をしたらしいから、ここに僕用グラスがあったということなのか?
「僕の顔のグラスがあるだね……これ、一体誰が作ってくれたんだい?」
「タクトが自分で作ったんじゃないか」
「……そうなんだ。じゃあさっきのねずみのマグカップ、あれはねずみが?」
「あれもタクトがモンドしたものだよ。本当にタクトは色々忘れてるんだなぁ」
ぼくが、あのマグカップを……いくら言われてもにわかに信じがたい事実だった。ただ、これで一つはっきりする、モンドとはつまり、創作活動全般のことをいうようだ。
「……そうみたいなんだよ、ごめんね」
「でも、忘れているだけで、モンドはできそうだね」
「そうなのかな?」
僕は半信半疑で聞き返す。
「そうだよ」とみつるは自信に満ちた顔で言って、次に壁に備え付けてあるコーヒーメーカのような機械に僕用のグラスをセットする。シャッターを閉め、それから、機械の手前にある、透明な、水晶がはめこまれたような丸っこい部分を示して「ここに指を置いて」と促す。
予想外の展開に戸惑いつつも、僕はミツルに言われた通り、そこに指を置く。
「じゃあ目を閉じて〝モプーア〟をさっきにみたいに頭の中で鮮明にイメージしてみて。はっきりと、それを手に取れるぐらいに、完璧にイメージするんだよ」
ミツルに言われて、僕は目を閉じ、〝モプーア〟をイメージする。
「完璧なイメージが完成したら、それをゆっくり自分で飲んでみる。味や匂い、舌の感触、そういった五感じる感覚を丁寧に、ちゃんとイメージするんだよ」
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僕とねずみは一緒に森の中の露天風呂に入って星を眺めていた。
「今日は星が特に綺麗だ」とねずみが言って、僕もそれに同意する。
少し涼もうということになって、僕らが湯船から上がり、木のベンチに腰をかけると、そこへミツルがグラスを2つ持って登場する。グラスに入っているのは苺が飾り付けられた、桃色の飲み物だった。
ねずみは「どもども」なんて言って、グラスを受け取り、それからコクコクとを飲み始める。
「天体鑑賞のときはやっぱり断然〝モプーア〟だな」
なんてねずみが調子良く言って、それから僕も〝モプーア〟に口をつける。
よく冷えた〝モプーア〟。口に広がる甘さは絶品だった。
草木のの匂いを感じながら、僕は満足して、空を見上げる。
宙には色々な色をした星々が、カラフルな思い思いに光を放っている。それらがミックスされて、現実の世界では見たことがない宙の色を作り出していた。
ねずみが横で気持ちよさそうに口ぶえを吹き始めた。
しばらくして、僕はその曲をきいたことがあることに気が付く。
その曲は────ミナトから教えてもらった「Trans formation」じゃないか?
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「目を開けていいよ!」
ミツルに言われて、僕は我に帰って目を開ける。
「凄いよ! ぜんぜん衰えてないよ!」
ミツルは少し興奮気味に言って、それからさっき閉めたシャッターを開ける。
手品にしてはパンチが足りないが、それは決して手品なんかじゃなかった。今では空っぽだったグラスに、確かに僕がイメージした〝モプーア〟が満たされている。それは細部に至るまで完璧に、僕が思い描いた〝モプーア〟だった。
「……モンドできたってことかな?」
僕はミツルに確認する。
「そうだよ」
「……変な質問かもしれないけど、つまり、これがモンドするってことなのかな?」
「そうだね。これも立派なモンドだよ」
────モンドとはつまり、想像を具現化するということなのか?
「飲んでみなよ」
ミツルに言われ、僕は〝モプーア〟を口にする。当たり前とはいえばそうだけど、〝モプーア〟は僕がイメージした通りの味だった。
「これ、まさしくモプーアだ」
僕は我ながら、変な感想を口にする。
「僕らにもつくってよ」そう言ってミツルがミツル用のグラスをセットする。
僕はまた目を閉じて、森の温泉を思い浮かべる。
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「その曲……」
僕はねずみに呼びかける。
「こんな愉快な気分の時は、テーマソングを吹かないとね」
テーマソング? 一体いつから、その曲がテーマソングになったのか? そもそも何のテーマソングなのか?
ねずみはそこで〝モプーア〟を一口のんで「最高!」と叫んで、それからまた口笛を吹き始める。
口笛は夜の森の空へと舞い上がり、複雑な色をしたカラフルな空に溶けていった。
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「ありがとう」
ミツルが僕に声をかける。
いつの間にか、ミツル用とねずみ用のグラスに〝モプーア〟が満たされていた。
「いただきます」と言ってミツルがモプーアに口をつける。
「うーん、やぱタクトは才能あるね」なんて言いながら、ミツルは一気に〝モプーア〟を飲み干す。
「おいしい?」
僕は少し緊張しながらミツルに感想を求めた。
「おいしいよ。ねずみさん、今日からしばらくはずっと〝モプーア〟だな」
「気にいるかな?」
「持っていってあげるといいよ」
そう言われて、僕も早くそれをねずみに飲ませてみたくて、グラスをお盆に乗せてキッチンを後にした。
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