呼吸と生存

校舎の中で人気のない場所を見つけては、昼休みをそこで過ごすことが息抜きになっていた学生だった。クラスが特別居心地悪いわけではなかったが、なんとなく息が吸えないなと思う時があった。学校という何百人も同世代が存在する空間で、自分だけがここを知っているという優越感と、誰にも見られていないという安心感が、私をいつもの場所に誘った。

性格は簡単に変わるものではない。私は成人を迎えてもなお人の多い場所では落ち着かず、なんなら年々人混みが苦手になっていっている実感がある。忙しない中で自分がくつろげるわけがない。チェーン店のカフェで休まった経験がないのはそう考えているからだろう。客がひっきりなしにやってきて、提供はとにかくスピードが優先の空間で読書なんてできたためしがない。
自分の性格を省み、一人でいる時は基本喫茶店、しかもマスターが一人で営業しているようなストロングスタイルの純喫茶を探すようになったのは、当然の流れのように思う。色々行く中で私は遂に理想の喫茶店を見つけ、週一ペースで通うようになった。

繁華街から少し離れた通りのビル2Fにひっそりと佇む私の行きつけ。昼飯時は近くのデパートの従業員さんたちでごったがえすが、13時を過ぎると一気に静かになり、殆ど貸し切り状態になるのが本当に嬉しい。ブラウン管で世界の美しい風景が、コンボからはクラシックのような、おそらく著作権フリーのインストゥルメンタルが流れ続けている空間では、面白いほど読書が進む。足繫く通うようになってからというもの、マスターが気を利かせてコーヒーや紅茶のおかわりをくれたり、スイーツを出してくれたり、申し訳なくなるほどのサービスを受けることができる。あと煙草が吸える。

非の打ち所がない完璧な喫茶店だが、最近マスターの奥さん、いつもホールを担当している方が体調を崩されて入院してしまった。お店はなんとか回っていたが、私はこの店が無くなった時のことを考えて少し怖くなった。人が少ない場所でしか生きられない人間もいるのだ。私のために、あの店が一秒でも長くこの世に存在しますように。

#このお店が好きなわけ

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