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カクテルコンペの話-コロナと笑顔-

 2020年12月6日。新型コロナウイルスに振り回された1年も残り少しになった初冬の日曜日。ぼくは、人生初めてのカクテルコンペティション(以下カクテルコンペ)の舞台に立っていました。緊張しながらも、一体なぜぼくは、この舞台にたっているのだろうかと、不思議な気持ちになったことを覚えています。そこで今回は、カクテルコンペに向けて作成したカクテルに込めた想いと、制作過程を記しておきます。カクテルコンペに馴染みがない方も多いと思いますが、世の中にはこんな世界もあるんだなと知って頂ければ十分です。

カクテルコンペの概要

 カクテルコンペとは、出場するバーテンダーさんが、日々の営業と練習で培った技術を披露する競技大会です。しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響で毎年開催される数々のカクテルコンペが中止を余儀なくされました。時世を考えると中止はやむを得ませんが、カクテルコンペに出場する、そして優秀な成績を収めるために研鑽を積んでいるバーテンダーさんは日本中にいます。その成果を発表する場が奪い取られたやり場のない気持ちを、クッと飲み込むしかなかったでしょう。

 「しかし、こんな状況だから何かできないか?」感染症対策を実施した上で、時代に合わせたカクテルコンペ運営を目指し、神戸のバーテンダーさん3名が有志で立ち上がり企画されたのが、
『CT SPIRITS JAPAN 協賛 2020 HYOGO SMILE COCKTAIL COMPETITION』
競技観戦なし、選手の入退場の入れ替え制等、安心安全を心掛けた運営と、コンペのテーマが「笑顔」でみんなを元気にできるカクテルを作ることでした。

コンペに挑戦を決めた理由

 そもそもぼくは、カクテルコンペに出場することを考えたことはありませんでした。理由は、ぼくとカクテルコンペとの間に意識的に線を引いていたからです。カクテルコンペに挑戦しているバーテンダーさんは「ガチ勢」な印象がありました。自分はそんなコンペに躍起になるより、普段のお客さんと美味しく楽しくやれば十分じゃないかと考える立場だったので、コンペはぼくの外の世界での出来事ぐらいに捉えていました。

 しかし、なぜ今回のカクテルコンペに参加を踏み切ったのかというと、第1に、この状況下でカクテルコンペの開催を決断してくださった運営のバーテンダーさんの粋さが、カッコよかったからです。御3方とも、神戸を代表するバーテンダーさんの若手バーテンダーさんに対する想いやコロナに負けないという姿勢に、胸が高まりました。第2に、テーマが「笑顔」だったことです。楽しいノリを重視してきた身としては、笑顔や笑いに対してはやはり避けては通れません。第3に、曲がりなりにも2年半バーテンダーをやってきて、自分の技術がどのくらいの位置にいるのかを、知ってみたくなったからです。より正確に言うなら、毎年コンペに出場しているバーテンダーさんもエントリーするだろうから、ぼくが逆立ちしても勝てる見込みはないので、記念受験の感覚で気軽にやってみようという理由から、カクテルコンぺに初めて挑戦することにしました。

 さて、カクテルコンペに出ることを決め募集要項を確認すると、まず書類審査があり、締め切りが11月中旬。その後書類審査を通過した者が12月6日に最終選考会に駒を進めることができるという内容でした。つまり、まずは書類審査の突破しなければどうにもまらず、書類の必要事項は主に、①カクテルの名前と意味、②カクテルの材料と分量、③創作意図を考えなくてはなりませんでしてた。また創作規定として、「BULLDOG GIN」「CAMPARI」「KOKOKANU」のいずれかを使用すること。約1カ月の間に、テーマが「笑顔」と絡めたカクテルの創作を完成させ、書類を提出することが目下の課題となりました。

 初コンペに向けて暗夜行路を暗中模索

 まず、どのお酒を使用するのかを決めるのに、時間はさほどかかりませんでした。「BULLDOG GIN」や「KOKOKANU」はボトルをそれまで使ったことのない未知のボトルであるので、それより馴染みのある「CAMPARI」をベースでいこうと決めました。

 この後、どんなプロセスを踏んでカクテルを完成させていけばよいのかで、思考がピタッと止まりました。これまでもオリジナルカクテルを作ってきましたが、そこで重要視していたのは「味」その一点です。頭の中でお酒や副材料を混ぜ合わせたイメージを再現しながら味のバランスを調整して完成させていく。納得のいくレベルまで達せば、お客さんに提供するカクテルとして採用して名前を付けて終わり、というプロセスでした。これといった創作意図など存在せず、あるとすれば「なんとなく美味しそうなのが作れそうだったから(キリッ)」という具合でした。しかし、今回のコンペ用のオリジナルカクテルは、創作意図を明言化してカクテルと結び付けなければなりません。毎晩毎晩、営業前と終わりに「人を笑顔にするカクテルとは?」「そもそも、人を笑顔にするのがカクテルでは?」と問答を繰り返しながらも答えがでず、時間だけが残酷に過ぎていくことに不安を覚えました。

 人を笑顔にするカクテルとは

 このままでは埒が明かないので、コロナ禍と笑顔を別々に考えることにしました。まずは、笑顔。人が笑顔になる瞬間はいつだろうと、ーそれは星の数ほどあるでしょうが、ーやはりバーを経営している観点から考えると、「乾杯」の瞬間であろうという結論に至りました。では次に、コンペで使用するカンパリが、現地イタリアではどんな飲み方をされているかというと、アペリティーボ(食前酒)としてバールなどで昼間からでも気軽に飲まれています。アペリティーボの文化を想像すると、天気のいい昼下がりに、友人とお酒を飲みながら笑顔で談笑しているイメージが頭の中に浮かびました。きっとそこで飲まれているカクテルは、アルコール度数が高くなく、スッキリと飲みやすいカクテルが適しているでしょう。では、カンパリでスッキリと飲めるライトなカクテルがないかと思い出し、スプモーニが候補になりました。

 スプモーニは、カンパリと、グレープフルーツジュース、トニックウォーターだけのシンプルな構成です。カンパリの甘苦さと、グレープフルーツに酸味が混じり合い、トニックウォーターが爽快な飲み口にしてくれるカンパリを代表する美味しいカクテルの1つです。

 昼下がりに、友人と笑顔で乾杯している場面を想像しながら、スプモーニをアレンジすることに決め、いよいよ創作に入りました。スプモーニ自体、味が完成されています。そこに新たに材料を加えると、味のバランスを崩してしまうのではないかという不安に感じながらバックバーのボトルを眺めていると、バナナリキュールが目に留まりました。「まさか?」と思いダメ元でバナナリキュールを入れてみると、「ムムッ!」と意外に悪くない印象で、どこかトロピカルなニュアンスを感じ、トロピカルという新たなキーワードを手にしました。確かにトロピカルなドリンクを口にすると、自然と大体の人はニコッとなります。そして日差しを浴びながらトロピカルドリンクを飲む絵は、ぼくが想像する笑顔で乾杯している絵と親和性もいいことから、トロピカルな味わいのスプモーニを作るべきだと方向性が決まりました。そして、バナナリキュールの他にも使えるボトルを吟味した結果、コンペに提出するカクテルは以下の内容に確定しました。

レシピ
①カンパリ 30ml
②バナナリキュール 15ml
③ラズベリーリキュール 10ml
マ④ラスキーノ チェリーリキュール 5ml
➄グレープフルーツジュース 30ml
⑥トニックウォーター 適量
*①~➄をシェイクしてグラスに注ぐ。その後、⑥でグラスに満たす。

コロナ禍の先に待っているもの

 カクテルは決まりました。次は創作意図の完成を目指します。笑顔については、「笑顔」=「乾杯」との結論がでたので、コロナ禍における乾杯について考えました。コロナ禍においてお酒を飲むことが、どれほど風当りが厳しいことなのかは想像に易いでしょう。特に4月5月特に緊急事態宣言下では、そもそも外でお酒をのむことすらできずに、友人とも会うこともできずステイホームで耐え忍ぶ日々だったことを忘れることができません。自由に飛ぶ翼を取られ、街にでることを実質禁じられ、鳥籠の中でおとなしくしていたあの時期をどうしたら忘れられるでしょうか。ぼくたちは、自由を奪われた、と言うことができます。

 しかし、人が人である限り、不自由から解放された時に必ず人と会いたくなるはずです。再会が叶った時の喜びを、皆さんも覚えているのではないでしょうか。そして、再会を何で祝うのかというと、「乾杯」しかないでしょう。久々に会った友人との最初の1杯を乾杯した時の笑顔を可能にするのは、自由があるからこそです。つまり、コロナ禍において笑顔になるカクテルとは、友人と再会を祝すカクテルと同時に、不自由から解放された自由であることへの喜びを祝すカクテルであるべきだ、と答えに至りました。

 そして、ようやく創作のコンセプトの全体図ができ、それを元にカクテルの名前を「CAMPA Libre」(カンパリブレ)と名付けました。「libre」はスペイン語で「自由」を意味します。「Cuba libre」(キューバリブレ)という、キューバがスペインからの独立を祝うために作られたカクテルの名前から着想を得て、「CAMPARI」と「libre」で「CAMPA Libre」です。創作意図を考えに考えたのにもかかわらず、最後は駄洒落で終わったことに対し、着地に失敗した感じは否めませんが、それはご愛敬ということでご理解ください。

  以上が、コンペに向けたカクテルに詰め込んだ想いの全てです。味だけではなく、言葉や想いも創作に盛り込むことの難しさと楽しさを学びました。尚、コンペの結果は、書類審査は突破したものの、最終審査では入賞は叶わずでした。記念受験の感覚でトライしましたが、なんだかんだで一生懸命挑んだので悔しい気持ちもありました。しかし、自分の名刺代わりになるカクテルができた喜びも強く、そしてなによりも、コンペのことを気にしてくださったり、結果を楽しみにしてくださったお客様が、このコンペのテーマである「笑顔」だったことがなにより嬉しく感じ、コンペにでてよかったと心底思いました。最後に、コンペに提出した創作意図と、本番の演技の動画を貼っておきます。

創作意図
世界中で自由が制限された2020年。
人々が、また自由に街に出るようになり、自然と笑顔になる瞬間。
それは、大切な人たちとお酒を飲みながら過ごす時間。
軽やかに歩き出すその先に。
CAMPA Libre。
自由との再会に乾杯。


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