ご褒美でやる気を出させることが無意味どころか有害である理由

自分のモチベーションを高めたいとき、あるいは子どもや部下などのやる気を出させたいとき、ご褒美をちらつかせることでやる気にさせようとしていませんか?

頑張った自分にご褒美を買うとか、テストでいい成績を採ったり試験に合格したら何か買ってあげるとか、プロジェクトを成功させたら昇給や昇進させるといったご褒美を目的に設定させてしまうことが、その人(あるいは自分自身)の成長を阻害する行為だということに早く気づかなければいけません。

アル・ゴア元副大統領の首席スピーチライターを務めたアメリカ人作家のダニエル・ピンクは、著書『モチベーション3.0』(Drive: The Surprising Truth About What Motivates Us)で、人間のモチベーションには3段階あると定義しました。

(1)生存を目的とするモチベーション

(2)アメとムチ=信賞必罰に基づく、外部から与えられた動機づけによるモチベーション

(3)自分の内面から湧き出る「やる気」に基づくモチベーション

まず、1つ目の生存を目的とするモチベーションは、やりたいかやりたくないかに関わらずどうしてもやらなければ生きていけないという本能を発端とするものです。これには例えば、狩猟採集の時代で言えば食糧を手に入れること、寝床を確保することなど、生存していくために絶対に必要な要素のことを指します。現代で言えば、家賃や食費を稼ぐために嫌でも働かなければ生活していけないという状況がそれに近いでしょう。

次に、2つ目の信賞必罰に基づくモチベーションは、例えば成績がよければご褒美を与え、成績が悪ければ遊ぶことを禁止するといったアメとムチの指導のことです。農業の発明、そして産業革命以降の工業社会では長い間この動機づけによって支配者層は労働者たちを管理してきました。働けば食糧を与え、働けば給料を与え、サボれば鞭で打ち、サボれば減給もしくはクビというシンプルな仕組みです。現代社会ではこのシステムが採用されて久しいので、誰もがそれを当たり前の構造だと思い込んでいます。

しかし、ダニエル・ピンクや『マインドセット ─「やればできる!」の研究』(Mindset: The New Psychology of Success)の著者であるスタンフォード大学の心理学教授キャロル・S・ドゥエックを初めとして、この仕組みこそが人々を疲弊させてきたことに気づき始めた人たちがいます。労働制により庶民の生活は安定しましたが、それと反比例するように、彼らの生き甲斐は失われていきました。やりたくないけどお金のために我慢して働く。やりたくないけど自分の時間を権力者に売る。自分の作ったモノを誰が使うのかもわからずに作っている。そんなことに本当に価値があるでしょうか? 人生において一番大切なものは時間であり、あなたの生まれてから死ぬまでの時間は有限です。

そこで必要となってくるのが、第3段階のモチベーション形態です。それは自分の心の奥底からやりたいと思っていることをやるということです。お金を大前提として始めないことが重要です。やりたいことをやってあなたにしか作れない何かを作り、それをSNSやウェブサイトなどを使って世に公開してください。それが他の誰かにとって価値のあるものなら、必然的にお金はあとから結果的についてきます。あなたの今やっている仕事はお金をもらえないとしてもやりたいことですか? それに即座にYesと答えられないとしたらその仕事に本質的な価値はないと私は考えます。

ひとつやふたつ「作品」を公開したところで世の中から反応がなかったとしても諦めてはいけません。才能がないと思う必要もありません。作り続けることに意味があります。作り続けることであなたの「作品」はより洗練され、作り続けることで世の人々の目に触れる機会が増えていきます。やりたくてやっていることですから、何も苦しいことではないでしょう。イマジネーションとクリエイティヴィティを存分に発揮して、楽しんで活動を続けるだけです。いつか思いがけない出会いが生まれ、あなたの人生が想像もつかなかったステージに進んでいくかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?