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〈34〉子どもを見きれなかったら支援員の力量不足②

放課後児童クラブや学童保育所は、保育園幼稚園ではありません。学校でもありません。もちろん託児所でもありません。存在意義が違います。

育成支援事業として存在しています。

そして育成支援なのに、支援員数が圧倒的に少ないです。

加配が必要なのに、職員がいないからと加配がつくわけでもない。

見逃せ、手を抜けと言われるが、それではいけないと、気持ちの切り替えの出来ない子どもには数十分前から時間ややることを時計やタイマー、ボードを用いて声かけ。

片付けの時間もそうです。片付けてと言ったところで片付けに切り替われない子ども達へ事前に、個別に、何度も声をかける。

一緒に遊んだのにやらない子どもへの促し。出した場所へ戻せない子どもへの声かけ。

二択すら選択できない子どもに手を変え品を変え提案し、待つ。

友達や支援員に対する高圧的な言葉遣い、行動への諭し。

叩く蹴る、つねる子どもへの制止。

宿題を白紙の状態で1から10まで全部わからないと聞いてくる子どもへのマンツーマン。

友達と遊べず支援員と遊ぶマンツーマン。

プライベートゾーンを触り合う子どもへの制止、声かけ。

教室から出ていく子ども。

物を投げる子ども。

自傷する子ども。

皆と同時に行動できない子ども。

親が迎えに来ても気持ちの切り替え出来ずに帰れない子ども。


手紙を読まない親。

声かけしても提出されない提出物。

出欠の連絡を入れない親。

準備物を準備しない親。

子どもに高圧的な親。無関心な親。


見逃せば、見てられますよ。

殴る蹴るの喧嘩が始まり、誰かが泣いてから、どっちが悪い、謝りなさいでいいなら見れますよ。

そんな子もいるよね、昔からそういう子いるよねと言っていいなら見れますよ。

でもそれじゃダメだから、情報収集してアセスメントそて、介入方法話し合って、トライ&エラーで工夫して、頑張って、頑張って。

発達支援のプロではないから、発達支援センターの力を借りたいのに。


一人ひとりの発達の凸凹はもちろん難しい。そういう子どもが何人もいる異年齢集団は本当に難しい。

親だって、親自身の発達特性などが影響しているのか社会通念すら危うい人もいて、介入が難しい。

難しいから助けてほしいのに。

放課後児童支援員のことは誰も助けてくれない。

本当に誰かが怪我をした、保護者が本当に接し方に困った、本当に誰が見ても明らかな問題行動を起こさないと、支援機関につなげてくれない。


そうならないために保育するんじゃないのですか。

そのために放課後児童支援員という資格ができたんじゃないのですか。

なぜ有資格者が必要だと言うものを無資格者が否定するのですか。

誰なら我々を助けてくれるのですか。

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