ケッショウー奴が再来するー#5

ザーーーザーーー………………

リーグス「…………何の真似だ?


ーーーー青龍!」

重たくのしかかるような強い雨の降るビサイド・ステーションのホーム。
ラティスの魔法により頭が狂ってしまっているリーグスと復活した青龍が、お互いに睨み合っていた。

リーグス「式神風情がこんなところに何の用だ?大人しく街の警備でもしてろ!」
青龍「フン、そういうお前こそ、勇者のくせに雑魚の群れに発狂し、挙げ句の果てにはサイコパスに早変わり……その体たらくで何ができると言うのだ?」
リーグスと青龍は、今にも戦いを始めそうな程の険悪な雰囲気を醸し出している。

カジル「うわー、あいつレスバ(レスバトルの略)強くね?リーグスの痛いところ突いてるぞ。」
メーシャ「言ってる場合か!今すぐあいつを止めないと、駅が崩壊すんぞ!」

現代最強(笑)のリーグスの介護を務める勇者パーティーのメーシャとカジルは、頭のネジが外れているリーグスを止めるべく二人の元へ向かう。

リーグス「何が目的で俺の邪魔をする?お前らはトルバに勝てればそれで満足なんじゃないのか?」
青龍「フ、状況が変わった……ということさ。いや、正確には『宿主』が、かな?」
リーグス「何?」

魔王「リーグス、お前は、俺のことを理解していない……」
リーグス「!?」

リーグスの足元に腐敗して崩れ落ちてしまいそうな手が現れる。

魔王の手だ。

魔王「俺は……今までたくさんの魔物をこの手で生み出してきた……故に、お前ら人間の技、『式神召喚術』で作り出された『式神』を、再現して作り出すことなど容易い……」

リーグス「チ、なるほど……俺の火から身を守るために、水が使える青龍を作ったのか……」
リーグスは苛立ちを顕わにしながら今にもホームへ登ろうとしてくる魔王の腕を踏みつけた。
魔王「ぐっ……本当にそれだけだと思うのか?」
リーグス「あっ?」

魔王「お前を倒すために、俺が"それだけのこと"しかしていないと、そう思うのか……?」
リーグス「……!お前、まさか!」

カジル「リーグス〜!気をつけろ!」
カジルとメーシャがリーグスの元に駆け寄ってくる。
リーグス「お前ら!下がれ!今ここに来るのは」

メーシャ「敵が!複数体いる!!!」

リーグス「!!やはりか!」

玄武「気づいてももう遅い!」

ヒュン!
リーグス「ガッ!?」
リーグスの背後から楕円形の球体が飛んできた。リーグスはそれを咄嗟に盾で防ぐが、球体は激しく回転し、リーグスの盾をすり減らしている。

リーグス「こ、この"攻撃"はま」

ボカーーン!

その球体は急激に膨張し、リーグスを巻き込んで爆発した。

メーシャ「リーグスーーーー!」

カジル「ああっ、くそ!一手遅かったか……!」
リーグスの体が大きく吹き飛ばされ、ホームの床を転がる。

玄武「フンッ!いかに最強の勇者といえど、死角からの攻撃には対応しきれなかったようだな!」
柱の陰から尾が蛇の亀が姿を現す。
トルバの四神獣の式神の一人、玄武だ。

カジル「ちくしょう!甲羅を物陰から飛ばして爆発させたな!」
玄武「その通り!」

玄武の術式は"爆発する甲羅"を使った遠距離攻撃。
例え攻撃対象が防御したとしても、標的は甲羅の爆発で大きなダメージを負う。

リーグス「ちくしょう……ナメやがって……!」
正気を失っているリーグスは爆発に怯むどころか、むしろ闘志を燃やし、ボロボロの体を引きずりながら玄武に接近していく。

玄武「ほう、流石最強の勇者、タフだな。向かってくるのか。」

リーグス「フッ…………ナメた口きいてられるのも、今のうちだ!」
リーグスはよろよろとして倒れそうになりながらも、玄武に刃を向ける。

マーシャ「まずいぞ!あんな状態で玄武と戦ったら」
カジル「死ぬ!おいラティス!今すぐリーグスの体を回復しろーー!」

カジルは今まさにネジをリーグスの頭に戻そうとしているラティスに向かって叫ぶ。
ラティス「えっ!?いや、ダメです!今回復魔法を唱えたら、このネジに込めている魔力が全部チャラになります!あと数十秒で完成します!もう少しだけ待ってください!」

ラティスが使った頭のネジを外す魔法は、それを戻す魔法とセットになっている。
つまり戻す時は別の魔法を唱えなければならず、精密な全く逆の魔力操作を要求されるのだ。
そんな難易度の高い、ましてや完成しそうな技をみすみすキャンセルすれば、次がないかもしれない。

カジル「んなこたあ分かってる!でもやばいんだ!今唱えてくれなきゃあ、リーグスの命がいよいよ危うい!早くしてくれーー!」

メーシャ「おいリーグス!止まれ!止まらなきゃ死ぬぞ!!」

メーシャは後ろからリーグスを羽交い締めにして下がらせようとするが、ただの魔法使いではリーグスほど力のある人間を止めることはできない。

リーグス「止めるなメーシャ……こいつは、絶対にぶっ殺す!」

玄武「お、おう……これはやばい予感だ……(俺の方天戟をあと一振りでもしたら、間違いなくリーグスは叩けるだろう……ただ、こいつの今の捨て身の覚悟は尋常じゃない……何がこいつをそこまで駆り立てているんだ?不思議だ……そして困った。俺が、俺がこいつに攻撃を仕掛けたら、相打ちになるんじゃないのか?手負いとはいえ、こいつはそれだけのことができる男だぞ……ここは距離を取らせてもらうか……)」

玄武は自身の方天戟に目を向けながら、少しでも距離を取ろうと思った。しかし気づいた。メーシャがリーグスを止めるのをやめ、何かを唱え始めている。
呪文でこちらに攻撃しようとしているらしい。
玄武「おっと……どちらにしろやばいか……ならば!」
玄武は覚悟を決めてリーグスに特攻し、一人で全ての敵を制圧しようとした。

青龍「待てーい!それは違うぞ玄武!
リーグスはこの俺が!!」
突如青龍は乗っていた自身の使い魔から飛び降り、上空からリーグスに向かって急降下してきた。
青龍「ここで倒す!そしてお前が、メーシャを叩けば済む話なのだーーー!」

リーグス「……!」
メーシャ「やばい!」
メーシャは魔法を中断しようとするが、既に多くの魔力をその魔法に突っ込んでしまったため、すぐにキャンセルができない。

カジル「させるか!」
カジルはリーグスの身代わりになる覚悟で走り出そうとするが、足がどういうわけか、何をしても動かない。

カジル「な、何だってんだこんな時に……!?」
カジルが足元を見ると、床とカジルの足が完全に凍結していた。

???「厄災操術 アイスアース……地面をお前の足ごと凍らせ、固定させた……!」

カジル「て、てめえ……その憎たらしい声は!」

白虎「氷の使い手にして第三の刺客、白虎……」

カジル「お前……第三にしてそんなに強くもない、『奴は四天王の中でも最弱……!』的なポジションの奴だろ?前線にいつも出てるし頭悪いし……
そんな奴にそんな名乗りが許されるとでも思ってんのかよ!?」

白虎「おいやめろ!傷つくだろうが!というか会って早々指摘するのそこなのかよ!?」

青龍「トドメだくらえ!ウルトラスーパーミラクルボンバーパーンチ!」
白虎がカジルの足を凍らせている間にも、青龍は急降下の勢いをそのままにリーグスに向かってパンチを繰り出そうとしている。
カジル「あーあーあー!まずいぞ!本気でやばくなってきたぞこれは!ラティスは蘇生させる魔法が使えないし、ここでリーグスが倒れたら取り返しがつかねえぞー!」
白虎「ハーッハッハッハッハ!見ろ!あのお方が!お前ら人間の最高戦力を葬り去ってくれるのだ!」
カジル「いやだからお前そういうこと言える立場にいないだろ。」

白虎「ひどいや!!!!」

白虎にセリフが与えられないことはさておき、カジルたちは今相当追い込まれていた。
カジル(このままだとまずいぞ、何か!何か手はないのか!メーシャは魔法を唱えられないし!俺は動けないし!くそ!完全に詰みだ!)

「ああもう!何で俺って奴は白兵戦以外にできることがないんだーー!」

ラティス「!!できました!ネジが戻ります!」

この土壇場に来て、遂にラティスの魔法が発動し、見えないネジがリーグスの頭に向かって飛んでいく。

リーグス「!」

リーグスの頭が正常に戻った。
青龍「終わったーー!これで決勝だーー!」
しかし、時既に遅く、青龍のパンチがリーグスを貫くーー

はずだった。

青龍「なっ!?」
青龍は急にリーグスを見失った。
青龍「どこだ!奴はどこに……はっ!」
青龍は宙を舞いながら見た。
リーグスがメーシャに向かって土下座をしている姿を。
リーグス「ごめんなさーーーい!」

青龍「な、何だとおーー!?」

ゴンッ!

青龍「痛ったあああああい!」

青龍は勢い余って近くの柱にパンチを当ててしまい、拳を痛めてしまった。

白虎「おい嘘だろ!?あんな勝ち確な状態で外すのか!?」

カジル「そ、それもそうだが、リーグス、正気に戻ったんだよな?あ、あいつって、土下座するのーー!?」

そう、この行動はリーグスのことをよく知っているカジルにも予想できなかった。
リーグスが本気で謝る場面など、今まで見たことがなかったのだ。

当然それはメーシャも同じだった。

メーシャ「う、うわ……こいつ、正気で土下座するのかよ……ちょっと引いたわ。」

リーグス「ど、どうしてだよ!?こんなに誠意を示しているというのに!?」

メーシャ「そういうことじゃねえよ!今までの行動を通してみると、すげえ情緒不安定で危険な人間な感じしかしねえんだよ!!」

リーグス「あ、そ、そうだったね。それもそうだ……トルバみたいになるところだった。」
リーグスは土下座を止めて立ち上がると、カジルの方に目をやった。
リーグス「お、おい!何だいありゃあ?カジルの足が凍ってしまっているじゃないか!助けないと!」
メーシャ「え?お、おい!待てよ!今のその体じゃあ!」

メーシャが止める間もなくリーグスは走り出し、すぐにカジルを救出しようとする。

白虎「そうはさせるか、食らえ!」
白虎は走ってくるリーグスとの間合いを詰め、鋭い爪をリーグスに突き立てようとした。
しかし、

スカッ!

白虎「何ぃ!?」

白虎も青龍のようにリーグスを急に見失う。

白虎「ま、まただ!今度は、今度はどこに行った!?」
リーグス「う、うぐ……」
リーグスは、白虎の足元で倒れていた。
既に爆発で重傷だというのに思いっきり走ってしまったためだ。

リーグス「あ、足がもつれて……床コンクリートなのに……」
白虎「あ、そこにいたのかリーグス!この俺の渾身の一撃を避けやがって!許さねえからな!」
白虎は再び鋭い爪を立て、リーグスをズタズタに引き裂こうとする。

白虎「くらえーーーー!」

ズバッ!
肉を包丁で切った時のような鈍い音が響いた。

白虎「うっ……うっ……!」

カジル「渾身の一撃を食らったのは……お前の方だったな。

白虎!」

白虎の背中を白銀の剣が大きく切り裂いた。
白虎はおおきな傷を負い、その場に死んだように倒れ込む。

カジル「白兵戦は、得意なんだぜ〜。リーグスを倒すために、俺の攻撃が届く距離まで距離を詰めちまったのが悪かったな。さーて、あとは」
玄武「くっ!」
カジルの足元の氷が消え、カジルはゆっくりと青龍と玄武に向かって歩き出す。
カジル「お前と青龍だけだな。そうだな?玄武。」
玄武「ぐぬぬ……まずい、追い込まれてしまった……」
メーシャ「へへ、私もいるぞ。もう魔法は中断したからな〜。」
玄武の背後には魔法を使えるようになったメーシャが立ち、完全にはさみ撃ちにされた形だ。
玄武「ど、どうする?状況は2対2とはいえ、リーグスが回復し、ラティスまで参戦したら!軍配が上がるのはあの二人だぞ青龍!」
青龍「ん?……いや、安心しろ。戦況は以前こちらが有利だ。」
青龍は拳を気にしながらもカジルの方を見て不敵に笑っている。
玄武「……なるほど。確かにその通りだな、青龍。」
それに気づいた玄武も勝利への希望が見えたらしく、落ち着きを取り戻した。

カジル「な、何だあいつら?何で、追い詰められているのに、笑っているんだ……?お、俺を?俺を笑っているのか?」

青龍「ん?うーん、半分当たりだなー。確かに笑えるぞー、未だ俺たちが何を見て有利だと感じているのか、それに気付けないんだからなー……ところでさっき、柱にぶつけた拳がジンジンして、とっても痛いんだ……まるで"燃えてしまった"ようになあ。」
青龍は意味ありげに笑いながら本当に痛そうにしている。

カジル「な、何の話だ?一体何が言いたい!?」

玄武「ククク、気づかないのか?青龍の拳をよく見ろ?」

青龍「そう、ほら……"燃えるように"……"赤い"……」

"燃えるように赤い"。それは南で火災を起こした、あの式神を連想させる。

カジル「お、おい……まさか!」
カジルは後ろを振り向く。
するとやはりいた。
背中を切られた白虎に生命の羽を与え、傷を回復している者が。
カジル「す、朱雀だとーー!?」
メーシャ「何!?」
カジルは走ってリーグスの倒れている場所まで行き、リーグスを守る体勢に入る。

朱雀「おや、気づかれたようですよ?白虎?」
白虎「フン、遅いぜ。もうすっかり元気だ!」

傷が完全に回復した白虎は立ち上がり、朱雀と共に厄災操術を発動する。
朱雀・白虎「厄災操術」

白虎「クルエルニードル」

朱雀「フレインフェザー」

バンバンバンバンバン!

白虎の手から大量の氷柱が生まれ、カジルに向かって飛んでくる。
カジル「まずい!」

カジルは飛んできた氷柱を華麗な剣さばきで全て斬り伏せるが、続けざまに朱雀の燃え上がる羽が飛んでくる。
カジル「だ、ダメだ!受けきれねえ!」
カジルは盾を構え、せめてダメージを最小限に抑えようと試みた。
無論フレインフェザーの羽根からは相当な熱が出ているため、当たれば金属製の盾であろうが溶けてしまう。故にその後に飛んでくる高温の羽で大ダメージは避けられない。
カジル「くそ!頼む!何とか耐えきってくれーー!」
カジルはそれでも後ろのリーグスを守るために全てを受け止める覚悟でいた。

リーグス「そんな無茶までして……少しは自分のことも考えなよ、カジル。」

カジル「へ?」

倒れていたはずの背後のリーグスが急に立ち上がり、カジルに声をかける。
リーグス「厄災操術 フレインフェザー 反転 エオスフィーター」

リーグスは朱雀の術を反転させた魔法を唱え、水のオーラを纏う羽を朱雀の羽にぶつけて攻撃を相殺した。

朱雀「ほう……もう復活していたのか……」

カジル「リ、リーグス?もう、体は大丈夫なのか!?」

リーグス「ああ。ラティスは優秀だよ。俺のネジを戻す魔法が完成した時点で、もう回復のための準備を始めていた。おかげで攻撃されるよりも少し早く全回復できた。ただ……」

リーグスはラティスがいる駅の柱に視線をやった。
目線の先にいるラティスはかなりの回転率で魔法を使ったためか、疲弊しているように見える。
リーグス「ラティスがあの様子だと、しばらくは怪我しても治してもらえないな……ここからが正念場だ。気を張れよ、カジル。」
カジル「お、おう!」
カジルは再び白虎らを警戒し、盾を構えて二人を見据える。
一方のリーグスは玄武と青龍の二人に視線を向けた。

青龍「ほう、あっちもラティス以外は戦えるらしいな。ところで、奴が来たということは、もうあっちの回復は済んでいるということだろう。おい爺さん!!」

青龍はホームに登らずに隠れている魔王だったアンデッドを大声で呼ぶ。

青龍「あんたも戦え!また『土壇場で強い技使われたらマジでどうしよう』とか考えて隠れている暇あったら、手を動かすんだよ!」

魔王「ギクッーーー!」
情けない話ではあるが図星である!

こうして、式神に逆に使われる運命となった魔王と、5対3でつまり勝ちだと思っている式神一行、そしてリーグスのチームである勇者隊特別隊員たちの、熾烈な戦いがその火蓋を切ろうとしていた!

青龍「俺達の戦いはここからだ!!」

???「お〜い!皆〜!」

式神一行「!?」

まさにここからが勝負だ。そう思っていた式神たちの束の間の時間が終わりを告げる。
青龍は水を頭から被ったかのように、冷や汗を体からダラダラと流し始め、朱雀の燃えるような赤いオーラはフッと消え失せ、白虎の掌の氷は彼の下から離れてパラパラと地面に落ち、玄武の蛇は少しでもその体を守ろうとしているのか、とぐろを巻き始めている。

"元の宿主"の声に、その場の式神全員が絶望した。

カジル「トルバだ!!」
メーシャ「よし!勝った!」
ラティス「やりました!もう誰も怪我しなくて済む!」
リーグス「よかった!やっと来てくれたー!」
一方リーグスたちは打って変わってトルバに一筋の希望を見出す。
戦況は逆転した。

トルバ「駅から火が出てると思ったら、急に駅の周りに雨が降って鎮火したからさ〜、何事かと思って見に来たんだけど…………えっと、何これ、お取り込み中だった?」

リーグス「え?ああ、あの時のか……」

遡ること約10分前。リーグスは葬儀屋の話を何の脈絡もなく持ち出して、ホーム一帯を火の海にした。
あの時の余波がこんなところで、思わぬ形となって現れたのである。

青龍「爺さん、俺達の戦いはこれからだ。だから撤退しよう。」

魔王「え?」

朱雀「魔王様、羽休めも必要ですよ?お体もボロボロですし、今日は帰りましょう。」

魔王「え?いや……さっき君に回復してもらったから普通に戦えるけど……てか、ボロボロなのは元からなんだけど!!」(アンデッド化により、体が若干腐敗している。)

白虎「いや〜いっけね!俺としたことが、頭を冷やすのを忘れてたぜ!ここは一旦退いて帰らねえとなあ!」

魔王「頭冷やすって……今頭に氷当てればよくない??」

玄武「爺さんトルバには勝てん諦めよう(早口)」

魔王「いやトラックにまで轢かれてきたから大丈夫だって!!」

トルバ「えっ……そんなことしてたの……?」
トルバは謎の魔物の謎の執着に若干引いた。

青龍「と、とにかく俺たちは帰る!俺たちは二度目の生涯をこんなところで終えたくはないんだ!例えあんたがどれだけ強かろうと、俺たちは逃げるぜ!申し訳ない!じゃあな!」
魔王「あ!ちょっとー!」
青龍達は階段を登って駅の方へ逃げていった。

リーグス「トルバ、あいつらに何したの?」

トルバ「ああ…………あいつらはね、俺の大事なフィーバースロットを壊したからね。殺したよ、一回。」

カジル「えっ!?」
メーシャ「嘘だろ!?あいつら相当な強敵だぞ!?」
トルバ「俺のフィーバースロット俺のフィーバースロット俺のフィーバースロット殺す殺す殺す殺す殺す…………」
メーシャ「うわダメだ、こいつまたセルフで狂ってやがる……」
トルバは何が起こったか、またしても気を病んでいる様子。
自分の技がなくなり、"勇者"でいられなくなることを恐れているのであろうが、何故そこまでして今更それを欲しがるのか、メーシャには理解できなかった。

ラティス「どうします?またネジ抜きます?」
メーシャ「抜かなくてよろしい!!またおかしくなったらどうするつもりだよ!!」

リーグス「ねえ、そんなに技大事?もうそんなものなくたって、トルバにはトルバの良いところがあるし、今の仕事だってあるだろ?」
トルバ「いや……俺にも分からないんだ……どうしても、勇者か勇者に準ずる者というポジションにいないとって……そ、そんな気がするんだ。」
リーグス「ええ?何勇者に準ずる者って?何か怖いね。」
メーシャが感じた疑問はリーグス、引いてはトルバ自身にも分からない。
ただ一つ言えることは、人の心の曇りというものは、そう簡単には晴れないということである。
カジル「全く、本人は元気ねえわ、式神は元気ありすぎだわで、一体どうなってんだお前の頭の中?」

魔王「ひ、ひどい状況だ……4対1だと?流石にきついでしょ……というか無理でしょ……てかあの人たち何なの?式神って戦闘に問答無用で呼び出せる、便利な奴じゃなかったっけ……何であんな自我強いの?使いにくいじゃんどう考えても……」
一方の魔王も急な圧倒的劣勢を前にブツブツと愚痴を溢し、完全に戦意を喪失していた。
カジル「あっちはあっちで、もうメンタル的にダメみたいだな〜。」
ラティス「しょうがないでしょう。ここのところ失う物が多すぎて、ストレスも限界超えてそうですし。」
メーシャ「ま、相手が勝手に戦うの止めてくれれば、こっちとしてはそれでいいしな。さ、行こうぜ、リーグス。」
リーグス「う、うん……」

もはや魔王としての風格も感じられない魔物のことは放っておき、リーグス達は街に残るミイラの討伐に向かうことにした。

キーーーーーーン…………

リーグス「ん?」

聞こえるはずのない音が聞こえた。
いつも聞いている、日常のほんの一コマでしかない音。
リーグス「気の……せいか?」
リーグスは音が聞こえた一番ホームの方を見る。
そこには何と電車が止まっていた。

運転士「臨時列車でーす!どなたかいらっしゃいますかーー!?」

リーグス「あ!電車が来てる!」

トルバ「え!?」

カジル「何!?本当か!?」

リーグス「ああ、止まってるよ!電車を止められるってことは、もうミイラが収まって人の救助に動き始めてるってことだ!僕たちは駅の中にいたから分からなかったんだよ!」

トルバ「や、やった!収まったのか!」
メーシャ「ま、これは全て私の魔法のおかげだな。」
ラティス「いや、何か最近、公務員専門の高等学校か何かができたらしいので、そこの学生さんが頑張ってくれたんじゃないんですか?我々はトルバさんの式神と戦ってただけですし。」

トルバ「面目ない……」

電車内 2号車

カジル「……思ったんだけどよ。トルバの式神って、今魔王が主導権握ってるわけだよな……」
蛍光灯の白い光と、僅かに窓から漏れる朝日が照らす電車内。
ちょうどトルバの隣に座っていたカジルが、何の前触れもなくトルバに話しかけた。
トルバ「ん?うん、多分、そうだけど……」
カジル「そうか……じゃあお前、『逮捕』されないで済むかもな。」
トルバ「えっ?どうして?」
犯罪を取り締まる側のカジルから出る『逮捕』という言葉に、トルバは動揺する。
リーグス「これを見て欲しい。」
リーグスはスマホで閲覧していたネット記事をトルバに見せる。

トルバ「『家が焼かれる 民間業者らが杜撰な警備で甚大な被害』……ん?あれ、この写真に写ってるのって……」

次の瞬間、トルバは目を大きく見開いた。
そのネット記事の写真に写っていたのは、何と自身の式神である四神獣たちだったのだ!
トルバ「これ、どういうこと!?」
メーシャ「ああ……つまりな、この四神獣たちは今回の騒ぎの警備のために呼ばれたんだが……ミイラ倒すのに夢中になるあまりやりすぎちゃったらしく、民間人や家屋に重大な被害を与えちまったってわけだ。」
トルバ「ええ!?そんな!?」
ラティス「被害の方は心配しないでいいです。近頃優秀な人材が現れたらしく、街や人は全て元通りになるみたいなので。ただ……」
ラティスはトルバを気遣ってか、そこまで言って言葉を濁す。
リーグスはそれを察し、ラティスの言葉に続けてこう言った。

リーグス「トルバ、君は狙ってこの式神たちを出せるわけでもないし、一度精神が死んでしまったから、もう彼らを操作することができるわけでもない。しかし、この被害が生まれた第一の要因は、君なんだトルバ。」

トルバの顔から血の気が引いていった。
善良な人間であれば、リーグスが次に何を言い出すかくらい優に想像できる。

リーグス「だからもし、この式神たちが被害が出ると分かっていたのにも関わらず、ここまで派手に暴れていたのであれば、それは罪に問われる可能性がある。そして、その罪は君が背負うことになるんだよ、トルバ。」

トルバは今にも泣き出しそうな程、目に涙を溜めて俯いた。
言葉は出なかった。
その後に残るのはいつだって激しい後悔である。

カジル「まあ、安心しろって!傍から見れば、今式神の主導権を握っているあいつが犯人に見えるんだからよ〜!真実を知ってるのは俺達だけなんだし……」

カジルはそこまで言って黙り込んだ。
いくらトルバがリーグスの友達だとは言っても、罪を犯していることには変わりない。
しかも味方によっては麻薬をやっているようにも見える。
このままこの件についても目を瞑るということは、どうしてもできなかった。

リーグス「……心苦しいけど、僕らは犯罪者を見逃がすわけには行かないんだ。例え友達でもね。だから……」
リーグスは決して受けいれられない親友の逮捕を心で拒みながらも、彼の手に手錠をかけようとした。

トルバ「いいんだ、これは紛れもない罪だ……すべて受け入れる。だから、君は全うしてくれ。俺に背負うことが叶わなかった、その使命を……」
トルバは涙を1年前にリーグスからプレゼントされた、紺色のズボンに零しながら、静かに両手を差し出した。



ガラガラガラッ

2号車のドアが開き、何者かが入ってきた。

???「失礼。お取り込み中邪魔するよ。」
見知らぬ男が今まさにトルバに手錠をかけようとしているリーグスを横目に、トルバの方を見る。
トルバ「あっ……!」

リーグス「え、あっ、すみません。今、ちょっとした事情で……関係者以外にはこういうの見せたくないんですけど」

???「ほう、私が関係者ではないとでも?」

リーグス「えっ………!?」

不思議なことが起こった。
いつの間にか、リーグスの手には手錠がかけられていた。そして、それをやったのはトルバであった。

トルバ「なっ…………!?」

カジル「ト、トルバ!てめえ!」

リーグス「違う!!トルバじゃない!!」
リーグスは隣に座る見知らぬ男を睨みつける。
リーグス「やったのは……お前だろう!!」
???「ククク、どうして、どうしてそう思うんだい?」
見知らぬ男は不気味な笑みを浮かべながらリーグスに問う。

リーグス「僕の推理にはなるが、君はおそらくトルバに薬を売った売人だろう。トルバは薬の力で、『パラドックス』という技を使っていたが、その時に魔力の気配は全く感じなかった。そう、今のと同じようにな……だが!トルバは今薬を使っていない!!そんな状況でこんな事ができる可能性がある人物は!たった今入ってきたお前しかいない!つまりお前は、トルバと関係があり、トルバと同じ能力が使える……麻薬の売人としか考えられない!!」

メーシャ「何だと!?本当かトルバ!」
トルバ「うん。麻薬かどうかは分からないけど、この人は俺に『ケッショウ』をくれた!」
ラティス「じゃ、じゃあやっぱり!」

???「フフッ、察しが良いな青年。」

麻薬の売人はポリポリと頭を掻きつつ立ち上がり、その正体を認める。

クデラ「自己紹介が遅れてすまんね。私はクデラ。別の時間軸でとある会社に務めている、会社員って奴さ。」

トルバ「!?」
カジル「何!?」
メーシャ「なっ……!?」
ラティス「別の、時間軸……!」

麻薬の売人のまさかの正体に一同は驚愕する。
リーグス「……そうか、繋がったぞ!この世界にない薬物を売っていたから……情報が全くなかったのか!!」

クデラ「ご名答。しかし、一つ間違いがある。このケッショウは、カテゴリーで言うと、『産業廃棄物』だ。あとついでに言うと無料です。」

ラティス「『産業廃棄物』……」(それって一体どんな産業を?)

クデラ「今『それって一体どんな産業を?』って思ったね?」

ラティス「へ!?」
クデラはラティスの思考を完全に読んで見せた。
カジル「なっ……こいつ思考を読んだ!?」
クデラ「君たちの考えることなんて、簡単に読めるよ。」

リーグス「くっ……まずいな……本当はお前を取り締まらなければいけないんだが……勝てるビジョンが全く浮かばない……」
リーグスはクデラを睨みつけながら、思わず苦笑いをした。

クデラ「そうかっかするなよ〜。私はトルバというゴミ箱さえ機能しててくれれば、それで良いんだからさ〜。」
カジル「お、お前何てことを!!」

リーグス「待て!カジル!一旦落ち着くんだ!落ち着いて話を聞こう!」

リーグスはクデラに掴みかかろうとするカジルを止めた。
カジル「で、でも……」

リーグス「いいんだ……今はいい……恐らく今の俺たちじゃあ、手を上げただけ軽く捻り潰されるだけだ……勝てもしない勝負を挑むのは意味がない……」

カジル「そ、そうか……わかった。」
カジルはリーグスの言葉を聞きいれ、大人しく引き下がった。
リーグス「話を、続けてくれ……」

クデラ「いいだろう。
先程の何の産業をしているのかという問いの答えは……『とあるゲームの運営』だ。」
ラティス「ゲーム……?」
クデラ「そう、ゲーム。
といっても単純なものさ。世界を渡り歩いて旅行感覚で楽しむ……まあ色々あって、上が方向性変えちゃったんだけどね〜。」
クデラは何かを思い出したのか、少し寂しそうな表情を浮かべる。
リーグス「なるほど。つまりお前は、何らかの方法で並行世界を移動し、トルバに接触したというわけか。」
クデラ「そういうことさ。このゴミを捨てないと、活動に支障が出るからね〜。いや〜、本当トルバ君にはお世話になってるよ〜。」
トルバ「さっきからゴミゴミ言ってるあたりもう隠す気さえないんだなという気がしてクッソ腹立つんだよね、うん。」

リーグス「分かった。それで?そのゴミはどういう過程で生まれるんだ?運営にそんなもの、普通は関係ないだろ?」
クデラとトルバと喧嘩をしている場合ではなく、リーグスは次の質問に移る。

クデラ「あ、それはね〜。このゲームを題材にしたアニメをどっかの世界で放映してバズりたいっていう上の意向でね〜。
ちょっと他人のサーバーに上がり込んで、様子を撮影してるんだよね。でもさ、その撮った様子はアニメにして、人に放送するものなのね。だから〜、できる限り見栄えの良いものにしたいわけよ。というわけで!そんな感じで色んなことやってたら、このゴミが生まれたってわけ。」

カジル「全然わからないんだけど!」

クデラ「あっ、大丈夫。この『ケッショウ』薬として作られてないんで、麻薬の作用はありません。マジで特技作るだけです。まあトルバ以外が食べると深刻な健康被害が発生するのでやめたほうがいいと思いますけど。」
メーシャ「おい!やっぱ危険じゃねえか!!」
クデラ「トルバ君が食べることについては問題ないです。これはこちらで調査した結果分かってます。」
ラティス「それってどこ調べですか!?何を根拠にそんなことを言ってるんですか!?」
クデラ「人工知能が他の世界の情報を取り寄せて判断してくれましたので、大丈夫だと思います。」
リーグス「そのAIどこのだよ?」
クデラ「ん〜〜、私たちの?」

リーグス「逮捕。」

クデラ「いや待って待って待って!?株主がいる株式会社だからそんなに黒いことできませんって!?」
メーシャ「産業廃棄物人に食わせといて何言ってんだ!!」

クデラの言っていることに不信感がのある4人は、ついに勝てそうもないクデラを逮捕しようとする。そんな中、今まで発言をあまりしてこなかったトルバが口を開く。

トルバ「あ、あの、ちょっと思ったんだけどさ……質問してもいいかな、クデラ。」
クデラ「ん?何ゴミ箱?」
トルバ「何でクデラは俺の逮捕を止めたの?俺のことゴミ箱としか思ってないんだったら、別に逮捕されてもよくない?お前、どこにでもいけるみたいだし……」

クデラ「……フッ、簡単なことさーー


今さっき私も刑務所に入りかけたから、もしまた『ケッショウ』届ける時に、そのこといちいち思い出したら嫌だなーと思いまして。」

トルバ「え?」

クデラ「え?」

リーグス「え?」

メーシャ「クデラ…………お前…………


普通に逃亡犯じゃねえかーー!?」

ラティス「逮捕ーー!」
クデラ「違う違う違う!未遂!ムショ行きは未遂に終わったの!」
カジル「いーや!どうせ脱法だからこの薬品の取り締まりは無理とか何とか言って!裁判で争ってたんじゃねえの!?」
クデラ「違うよ!横領!普通に横領の罪だよ!!」
トルバ「結局犯罪じゃん!!」
リーグス「いや、皆一旦落ち着こう。今逮捕しようとしたところで逃げられるかもしれない。ここは取り敢えず引き下がって、後で捕まえる方法を皆で考えよう。」

クデラ「せっかく会社に訴えられないで済んだのにこれ以上追わないでくれる!?」


クデラ「まあ『ケッショウ』の方は取り敢えず大丈夫です。今のところ肝心のトルバさんは至って元気なわけですし。」
メーシャ「いつまで続くか分かんねえけどな。」
メーシャはサラッと恐ろしいことを口にする。
トルバはいつも『ケッショウ』を食べると体がグニャングニャンになる。しばらく経つと元に戻るが、突然元に戻らなくなってそのまま死ぬことも有り得なくはない。
クデラ「は、はい、あと、トルバさんの式神たちは勝手に住民登録をして、ビサイド・ビーチの市民になったみたいなので、普通に一市民として彼らは罪に問われると思いますよ。」

トルバ「えっ!?あいつらって『市民』なの!?」
ついでと言わんばかりに付け加えられた情報にトルバは驚かされる。

トルバ(あれ、でも、今は魔物の式神だから実質魔物なのか?)

リーグス「なるほど。そう考えるとあいつらが店舗を構えられたのも納得がいく。
家や店を建てる際は、必ず役所で登録しなきゃいけないからな。」
カジル「ええ?じゃあ、何?役員は使用禁止にされている式神を住人として採用しちゃったってこと?」
リーグス「うん。普通に業務も頼んでるあたり、多分市は彼らの容姿とか知らないんだよ。何かの民族だと勘違いしている。」
市の役員に登録してくる人間を一人一人細かく調べる時間などおそらくない。目立った様子もなければ、すぐに手続きを済ませてしまうのだろう。
こう守りが手薄だと、いつか国家転覆でもされるのではと心配になってくる。

クデラ「ま、そういうわけなんで、私はこれで。HEYトルバ!」

トルバ「ん?」

ポイッ

トルバ「!?」
トルバの口の中にクデラは何かを放り込んだ。
トルバ「なにほれ!?」

クデラ「『ケッショウ』。」

トルバ「ん!?」
リーグス「何!?」

ゴクッ

気づいたときには時既に遅し。
いきなり放り込まれたのでトルバはもう飲み込んでしまっていた。

トルバ「うわ〜〜〜?やっぱりこれ違法ド◯ッグかも〜〜〜!?」

バタッ

カジル「お、おい、トルバ!?トルバーーー!」

トルバは体がグニャングニャンになった後、死んだように座席からずり落ち、床に仰向けに倒れてしまった。

クデラ「おーい?ほら、ゴミ箱の底力出せー。」

クデラは自分でトルバを気絶させておきながら、肩を叩いて耳元で呼びかける。

カジル「てめえ!自分でやっといて何だその言い草は!?」

カジルはクデラの胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。

カジル「てめえのせいで俺らのうち誰か一人でも死んだら!許さないからな!」

クデラ「……手を放したまえ。
放さなければ、君は死ぬことになる。
このスーツは10万円するんだ。」
クデラは特に謝るわけでもなく、逆にカジルに高圧的な態度をとった。
これぞ逆ギレである!

ラティス「トルバさん!トルバさん!起きて!トルバさん!」
リーグス「頼む!起きてくれトルバ!起きて!!」
メーシャ「しっかりしろ!無事に帰るまでが任務達成って言うだろ!しっかりしろ!!」

カジル以外の3人はトルバに戻ってくるように強く訴えかえる。
すると、

トルバ「プハーー!?はぁ、はぁ、も、元に戻った。」

リーグス「トルバ!!」
ラティス「トルバさん!意識が!」

トルバが意識を取り戻し、呼吸を整えて自力で体を起こした。

カジル「!!トルバ!無事か!?」

トルバ「え?うん……何ともないけど。」

カジル「はあ……よかった……ったく、びっくりさせるなよ〜。」
カジルはひとまず安堵してその場にへたり込んだ。

クデラ「ね?大丈夫でしょ?だから私の会社のAIは完璧なんですって」

一同「大丈夫じゃないだろ!!」

メーシャ「今のどこを見てそう思った!」
リーグス「一瞬死の寸前まで行ってたじゃないか!!」
ラティス「どう見ても安全じゃないですよ!!普通急に意識失ったりしませんって!!」
カジル「今のマグレなんじゃねえのか!?ワンチャン死ぬんじゃないのか!?なあ!!」

疑いが晴れるかと思いきや、リーグスたちは一層不信感を募らせ、クデラに詰め寄ってくる。
クデラ「あ、いや、あのそのえっと、こ、これはですね、別に、ちょっとなんですよ。ちょっと体がショックを受けるみたいで、こうなっちゃうみたいなんですが、何故かすぐに戻ってくるので大丈夫なんですよ。」
メーシャ「根拠は!その根拠はどこにあるんだ!!もしも、万が一のことがないと言い切れるのか!?」
クデラ「言い切れるよ!!うちの会社のAIは、普通に優秀なんだよ!!」
カジル「だから!お前んとこのAIは信用できねえって言ってんだよ!いくらでもお前が都合の良いこと言わせられるだろうが!」
クデラ「言わせねえよ!?寂しい奴か私は!!」
リーグス「とにかく!こんな危険な薬物を持ってる君は!すぐに逮捕する!言っておくけど、持ってるだけで法に触れるからね!いいね!?」
クデラ「うるさーい!!てめえら話を聞けーーー!!」

トルバ「う、うわぁ、どうしよう、俺のせいで皆、パニックになっちゃってる……」
先程までの様子が嘘のように至って元気なトルバは、自分のせいで起こした騒ぎに肩身が狭い思いをしていた。

クデラ「く、くそーー!こうなったら!」
トルバ「ん?」
トルバがどうしようかと思いながらあたふたしていると、皆に問い詰められていたクデラが、嫌になってしまったのか突然地面にしゃがみ込んだ。
そして、そのしゃがみ込んだ勢いのまま飛び上がると、電車の強化ガラスを突き破って外に飛び出していった。

リーグス「は!?」
カジル「何!?」
メーシャ「嘘だろ!?外は大分高低差があるぞ!」

メーシャは割れた窓ガラスから外を覗き込む。
鉄道橋と地面とではビルの3階ほどの高さはあり、例えクデラでもあの状態から落ちて助かるとは思えない。
しかし斜め下の方を見ると、そこにいるはずのクデラがもう影も形もなかった。
メーシャ「あ、あいつ……どうやって姿を消したんだ……?」

メーシャは、あの彼がまさか簡単に死んではいないだろうとは思いつつも、もう見えなくなったあの朝焼けに照らされた地面の景色に、何とも後味の悪い気分を覚えた。


トルバ「…………ただいまー…………」

時は多少飛んでトルバの家。
時刻は丑三つ時を少し過ぎて午前4時頃。
リビングに行くと、そこにトルバ以外の人影はなく、それにトルバは少しホッとする。

トルバ「よかった……イロハにバレずに済んだ……」

もしもここにイロハがいたら、怒られるどころかもっと恐ろしいことが起こりそうだ。
そう思うと、トルバの背中に寒気が走った。

トルバは自分の部屋に行って着替えを始め、今日のことについて考える。

トルバ「……皆、心配してくれてたなー。」

あの後、トルバはリーグスたちからそれはそれは心配され、リーグスからは一緒に帰ろうかとまで言われた。

トルバ「ごめんよ皆……でも、『ケッショウ』はやめないよ。
『フィーバースロット』の一件でわかった。
失うっていうのはどんなに強い心を持ってしても、恐ろしいことだって。
もうあんな思いはできればしたくない。もらえるというのなら、できればもらっておきたい……フフ、確かに、あれは麻薬で間違ってなかったのかも。」
トルバは自分の心に芽生えた感情に苦笑いしつつ、床に脱ぎ捨てていたパジャマを体に通し終え、こっそりとイロハの部屋に戻ろうと後ろを振り返ろうとした。

バッ

急に目の前が真っ暗になり、温かい温もりがまぶたを包み込む。

???「だ〜れだ?」

可愛らしい声が耳を触り、トルバの全身に温もりと幸せな気分が広がる。

トルバ「……いたのか、イロハ。」

トルバは観念したかのように深いため息をついた。
イロハ「もう!そっちがいなくなってるのがおかしいんですって!」
イロハは愛らしい声でトルバに抗議する。

トルバ「はあ……ごめんねイロハ。外が色々大変なことになってたから、ちょっと見に行っちゃっててさ。ごめんよ?」

トルバは子どものように素直にイロハに謝る。
この瞬間だけは執着も、乾いた心も、非情な現実さえも忘れることができた。

イロハ「……いいですよ。それは仕方がないですもんね。お疲れ様です。」

イロハはトルバの元気がないことを察したのか、優しい笑みを浮かべてトルバの手を握る。

イロハ「それじゃあ寝ましょう?一緒に。」
トルバ「……うん。」

トルバとイロハは同じ布団の中に入り、お互いの顔を数秒見つめあい、クスリと笑った。





この番組は、株式会社ツブエスの提供で、お送りしました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?