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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第14話

前回の話(第13話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


作中作:『こんな時間にあーでもない!』-1

~(ハ)速きこと、ハチドリの如し~
『メタファーとしてのハチドリ』(作:鳥曾我部 鳥子)より

 世間から身を隠し、ホテル暮らしを続ける八鳥六郎(はちどり ろくろう)が昼寝から目を醒ますと、すでに夜の7時半を回っていた。
 八鳥がテレビを点けると、人気討論番組の『こんな時間にあーでもない!』が放送されていた。

 そして、画面右上にテロップで映し出された討論の議題を見て、八鳥は驚愕した。

『どうする八鳥問題?! 質問されぬ眠った雛にメスを入れる! ピヲピヲ!』


※※※※※

 建前上、『こんな時間にあーでもない!』は、70歳にも差し掛かろうかという鳥越 権平太(とりごえ ごんぺいた)という男性総合司会者が仕切る討論番組となっている。
 毎回、クセの強いパネリストたちがスタジオに集められ、決められたテーマについて喧々諤々の議論を繰り広げるのが同番組の見どころである。

 八鳥は、総合司会者である鳥越の仕切りというのが、どうも好きになれなかった。
 最近は頭の回転が衰え始め、ところどころ的外れな総括をすることがあると感じてもいたが、それよりも気になっているのが、司会者であるにもかかわらず、ときに熱くなって一方のパネリストに肩入れすることであった。
  要するに司会者としての「公平性」というものに欠けるのだ。
 年を経るごとに、鳥越のそのような傾向にますます拍車が掛かってきたように八鳥は感じていた。
 
 番組の制作側もそれに気付いてるのかどうか、近年はトリニダード敦子(あつこ)という局のアナウンサーを女性アシスタントに登用し、専ら彼女にメインの仕切りを任せていた。

 トリニダード敦子は海外の有名な大学を卒業し、帰国子女で英語もペラペラというエリート的なキャラクターであった。
 数年前、どこだかの外国の年齢の離れた男性と国際結婚をしたのだが……どこの誰だっけ?
 八鳥は詳しく思い出せなかった。

 トリニダード敦子は最近、子育てに関する講演にも呼ばれ、人気上昇中であり、そんな彼女が仕切る場面が増えたせいか、『こんな時間にあーでもない!』は今年に入って、またちょっとしたブームになっていた。

 実際、同番組においてもトリニダード敦子の頭のキレはよく、彼女の仕切りは、視聴者からも一定の評価を得ているようだ。

 総合司会者である鳥越も、今やトリニダード敦子に進行の大半を任せ、ときおりパネリストたちの意見を総括したり、面白そうな意見を言いそうな人物に発言を促したり、討論を面白い方向に展開させることにエネルギーの大半を注いでいた。

 八鳥は今回の討論の議題にショックを受けたことは事実だが、同時に大きな期待を抱き始めてもいた。
 スタジオには毎回、経歴や思想の異なる複数のパネリストが集められ、必ずと言っていいほど意見の食い違いが発生する。
 ときにパネリスト間の激しい議論は、暴言に近い罵り合いに発展することもあり、その過激さがフラストレーションを抱えた視聴者たちの人気を維持してもいた。
 要するに、それだけ考え方の異なるパネリストが集まれば、中には今回の一連の(八鳥)問題のバカバカしさを真っ向から糾弾してくれるような意見も出るに違いない。
 八鳥は、状況が彼にとって少しでも良い方向に向かってくれそうな意見が出ることを期待し、テレビ画面に集中した。

※※※※※
 
 人気討論番組『こんな時間にあーでもない!』は、すでに中盤に差し掛かっていたが、途中から番組を見始めた視聴者を意識してか、トリニダード敦子が討論の流れを仕切り直しているところだった。

「えー、今回の条例の対象とされる八鳥六郎ですが、こちらの八鳥というのは例の人気SNS『ピーチク・パーチク』で使用されるピチカーネームでして、本名を蜂通 五郎(はちどおり ごろう)というようです。ただ今回のディスカッションのメインテーマが『八鳥条例』の是非ということでもあり、本番組での彼の呼び名はピチカーネームの八鳥で統一しています……」

 八鳥は後頭部を殴られたようなショックを受けた。
 ついにテレビで俺の本名まで晒されたのか……。
 そして、八鳥は自分の名前が呼び捨てであることにも改めて大きなショックを受けた。
 これでは、まるで犯罪者扱いではないか!

「……んもういーんじゃないの? 八鳥で。誰も……その……何だか通りなんて名前、気にしてないでしょ」

 司会の鳥越が面倒くさそうに吐き捨てた。

 八鳥があれやこれやと思案している間に、テレビ画面に映し出されたスタジオでは、トリニダード敦子が勿体ぶった話し方で、元C地検刑事部長・現弁護士の鷹之目 吉三(たかのめ きちぞう)という男に意見を求めているところであった。

「先生、まずは今回の八鳥条例制定の流れを受け、国民……特にC県の住民が気を付けるべきは、どのようなことになりますでしょうか?」

「そうですね。まずはネットでも現実社会でもですね、この八鳥六郎という男にですね、決して…その……『質問』というものをですね……することは避けていただきたい……というのが大前提となります」
「今後、条例が制定された場合、少なくともC県では八鳥への質問そのものが……条例違反となるわけですよね?」
「仰るとおりです。まあ、取り敢えずはC県がイチ早く動き始めたかたちとなりますが、いずれ全国的に警戒感が広がると思われます。先ほどの重複となりますが、C県にお住まいの皆さんには、くれぐれも八鳥に対する『質問』というのは……これは控えていただく必要がある。これを肝に銘じていただきたい。私としては、これを強調したいと思います」

 トリニダード敦子は、ときおりわざとらしいほどに神妙な表情を作り、ところどころ間を空けた芝居じみた話し方で、深刻そうに鷹之目のさらなる発言を促す。

「……鷹之目先生、今回のC県条例化の流れを受け、社会全体に不安が広がっていると思うのですが……我々はやはり……この八鳥と……共存する方法はないのでしょうか?」

「これはですね。八鳥という、これまでの社会が想定してこなかったリスクが顕在化した問題だということを国民全体が認識することが大切なんですね。まあ、日本なので、この程度で済んでいますが、欧米であれば、八鳥はとっくに社会から抹殺されていてもおかしくない存在なわけですね。そういう意味でも、やはり日本は他の先進諸国から遅れを取っていると言わざるを得ないでしょうね」

鷹之目先生、ありがとうございます。これに対して、社会学者でおられる雀平先生は、どのようにお感じになりますでしょうか?」

 発言を求められた人物の前には「社会学者(現ピヲピヲ学習院大学 社会学部教授): 雀平 偉助(すずめだいら えらすけ)」と書かれたネームプレートが置いてある。

 八鳥は顔をしかめた。
 こいつは、頻繁にこの手の討論番組に引っ張り出されるが、何も面白いことも言っていないのに、話し終わりに意味もなく、やたらと下品に笑う男だったな……。
 そして、やたらと責任を特定の組織や人物になすり付けるというのが、この男の常套手段だ……。
 
 八鳥は、生理的に雀平の話し方を受け容れられず、また主張の展開の仕方にも納得がいかないことが多かった。

「私も概ね鷹之目先生のご意見に同意いたします。今や、これは八鳥六郎、彼個人の問題と言うより、ハチドリ全体の問題と捉え直した方が、より正確な全体像が見えてくるのではないかと思いますがねぇ、ガハハハ。……ただ、これまで八鳥のようなリスクに対して全く準備もせずに放置してきた『国』の責任も……私は、これ……否定できないんじゃないかと思いますけどねえ。エヘヘへへ」

 やはり雀平は想定していたとおりのコメントをしたものだ……とやり切れなさに首を小さく振った八鳥だったが、続いてテレビ画面に映った人物を見て驚いた。

(つづく)

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