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■仰々しい教授回診


今は昔、ドラマ「白い巨塔」で見るような「●●教授の総回診です」とアナウンスがあり、教授を先頭に医師たちが列をなして廊下を歩く――。

私は1型糖尿病で医学部2年生のときに大学病院に入院していたため、主治医や担当看護師から、「明日は教授回診だから、必ず13~14時はベッドにいて、すぐに診察できる状態でいてくださいね。ただ教授は忙しいから質問とかはしないでください」ときつく言われていた思い出があります。教授回診とは非常に大事なものだという思いが植えつけられていました。
だからいくつかの医局で、教授回診を撤廃して、もっと時間を有効に使いましょうなんて言う時代が来るとは思ってもいませんでした。もちろん入院患者のカンファレンスはするけれども、私の所属していた大学でも教授は隙間時間を利用して、病棟を1人もしくは病棟医長と回診しています。

今回は医局長とそんな教授回診の思い出のお話です。

■代返をする医局長


医局長は教授回診に代返していました。代返と言っても、学生時代の出席を稼ぐためのものではありません。教授回診で、ベッドに掲げられた名札を見て、教授が「青森先生(仮名)、この患者はどんな状態なんだい?」と言った時、主治医の青森先生もしくは青森先生のチームの医師がいなければ、教授回診は滞ってしまいます。教授回診にチームの誰かがいなければ絶対にNGなのですが、病棟や救急外来で呼び出されてしまい、チームのメンバーが誰もいない時がありました。

いえ、誰もいないということはありません。その当時、研修医だった私がいたのですから。しかし、私は研修医で、教授回診をしている教授に対して、答えられるわけもありません。どうしようかなと思っていると、しびれを切らした教授が再び質問をしてきます。

すると青森先生ではなく医局長がスルスルっと後ろから出てきて、「すみません。青森です。この患者の診断は○○です。治療方針は▽▽です。検査は◆◆です。昨日より軽快しています」とそれは流暢にプレゼンテーションします。

それからしばらくして、別の患者の所で教授が立ち止まり、
「これは、どうかね? 福島先生(仮名)」
と聞くと、今度は福島先生に扮した医局長がプレゼンテーションしたのです。

その医局長は病棟医長も兼ねていて、主治医にならない代わりに病棟のすべての患者さんの把握、当直医の選定、関連病院のスポット勤務の選定、そして外来から入院となった患者さんの主治医の割り振りを担当しています。まさに医局のマネジメント役。

チーム医療の上司の先生には散々怒鳴られてばかりでしたが、医局長にはいつも愚痴や、くだらない話も聞いてもらいました。このような医局長の存在は今でも感謝しかありません。やっぱり研修医といえど誰かに認められたい、話を聞いてほしいと思ってしまうものですから……。

■尊敬し目標になった医局長


あるとき私の担当していた患者さんが、急変したので急いで採血したのですが、上司に、「何でもっと経過をみなかったんだ。不要な検査で患者の負担を増やすんじゃない!」と、しこたま怒られたときがあります。医局長は上司に、「そんな、きつい言い方しない方がいいよ。そうじゃないと、次から秋谷先生が採血しないで指示待ち医師になっちゃうよ」と言ってくれたのです。上司は怒りを抑えて、医局長と何で私が採血したのか、それは必要だったのか、をその場で話し合い、検証してくれたのでした。

結局、医局長は「私の出産予定日は●月×日だから、私の指導はその2週間前までかな?」とギリギリまで勤務され、出産されてからは関連病院、そして開業されましたので、つながりはそこで切れてしまいました。ただ学会で姿を見かけたときには、声をかけるのですが、いつもたくさんの先生に囲まれています。

教授回診で、青山先生、福島先生の代返をしていた医局長は、飲み会で二人もしくはほかの医局員のものまねをします。普段から代返をしていただけあって、本物そっくりなのです。

私も指導医となり、若い先生に怒鳴りたくもなるので、上司の気持ちをもの凄くわかるようになったのですが、医局長の愛ある指導を思い出しては、こらえて時間をかけて諭すように、そして話も聞くようにしています。

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