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富裕層とうまく付き合えないADHD 【ADHDは荒野を目指す】

 8-18.

 ADHDであるために、日本の社会になじめなかった僕は。

 バックパッカーとして二十代を過ごした後、台湾人女性と結婚したのを機に台北に移住、日本人向け学習塾を開業。
 その後十年近くの間、順調に黒字を上げ続けます。

 しかし、台湾人妻と離婚することになり。
 さらにその数年後、自己管理の出来なさの為に、部下によって三千万円を超える資産や、会社の権利等、全ての物を奪われてしまう。

 それでも、親からの借金を元手に、どうにか生活を立て直し。
 大手塾に裏切られたり、不法就労中に調査員に踏み込まれたりなどの紆余曲折はありましたが。
 一年半後には新たな塾を創設、軌道に乗せることが出来ました。

 元妻の家族相手の裁判は、会社ごと奪い取られてしまっていたため必要な証拠全てを相手に握られてしまっていたこともあって、第一審では完全な敗北を喫します。

 それまでかなりのお金と労力を費やしてしまっていたこと、新しい会社が順調であることなどから、それ以上の戦いを諦めることに。

 折しも、父の死という出来事もあり。
 心機一転、新しい生活を始めようと決め。

 仕事の休みを増やし、二泊三日で中国各地に旅に出る、という暮らしに。

 バックパッカーだった二十代に戻ったような感覚で、楽しく日々を過ごします。

 そんな折。

 僕の会社で教室を間借りしている英会話講師のアマンダが、仕事を辞めてアメリカに帰る、と言い出したのです。

 アマンダは、三十代の、綺麗な白人女性です。


 アマンダの教室に通っているのは、主に幼稚園から小学校低学年年代の子供達です。
 その殆どが、台北アメリカンスクールに入学することを希望している、台湾人や韓国人の、超富裕層の家庭の子供です。

 そもそも、台北アメリカンスクールは、台北日本人学校のすぐ向かいにあるのですが。

 台湾基準で言えば相当な富裕層が集まっている、日本人学校の生徒達と比べても、そこはまるで別世界の学校で。

 日本人学校の場合、ほぼ全ての生徒が、徒歩で登下校をしますが。
 アメリカンスクールの場合、下校時刻になると、すぐ前の大通りが、巨大な車の集団で塞がれてしまう――運転手は保護者ではなく、使用人で。

 日本人学校の生徒達は、勿論自分達で教室掃除をしますが。
 アメリカンスクールでは、業者がそれを行います。

 日本人学校の夏祭りは、校庭に地味な屋台が並ぶ程度のもので、主に生徒の保護者が来るだけですが。
 アメリカンスクールのそれには、業者が入るもっと本格的なものとなっており、有名芸能人だって顔を出したりする。

 
 そんな、別世界の学校ですが。

 日本のインタナショナルスクール同様、通っているのは、アメリカ人ばかりではない。
 英語教育を受けさせたい台湾人も多いし。
 韓国人もまた、韓国人学校はあっても日本人学校のような大きなものではないこともあり、アメリカンスクール進学を希望する家庭が多い。


 ただし。
 アメリカ国籍を持たない子供がそこに入学するためには、ただ親がお金を持っているだけでは駄目で、一定以上の社会的ステータスがなければなりません。

 そして勿論、かなり高度な英語力が必要不可欠です。

 ちなみに、日本人駐在員の家庭でも、英語での教育を受けさせたいと考えた親が、アメリカンスクールへの進学を計画しながらも、それらの条件で果たせず。
 ヨーロピアンスクール、ドミニカンスクールなどに進んだ生徒も、大勢います。


 そして、そんなアメリカンスクールに合格する為の学習場所として、アマンダの英会話教室はかなり評判であるらしく。
 超富裕層の台湾人・韓国人生徒で、常に、定員オーバーの状態。

 紹介事案でもない新規問い合わせには、アマンダに話を回す前に、全て断るようお願いされています。


 しかし。
 この子供達が、本当に厄介で。

 そもそも、アメリカンスクールを含むインターナショナルスクールというのは、例外なく、個性を伸ばすことを最も重視しています。
 自己主張することを、全面的に評価しています。

 それはそれで、勿論素晴らしいことなのです。
 僕のような、人の話が聞けない発達障害者が、曲がりなりにもそれなりの学歴を得られたのも、灘校という非常に自由な空間で育つことが出来たから。

 だから、個性重視と言うのは、本当に有難いのですが。

 ただ、その一方、台湾のインターナショナルスクールでは、『規律』というものが、非常に軽視されてるように思えます。

 僕の塾にも、アメリカンスクール、ヨーロピアンスクール等、インターナショナルスクールに在籍する日本人生徒が何人か通っているのですが。
 彼らの話を聞いていると、呆れかえることが多い。

 いわゆる学級崩壊になっているケースは多く、授業になっていないし。
 そのほかの時間も、穏やかには過ごせない。

 例えば、クラスで劇をする際には、女子生徒全員が、自分がヒロインになりたいと言って譲らず。
 いつまで経っても配役が決まらない。

 卒業式の際の出し物なんかでも、実現不可能なアイデアばかり出され、否定されても皆譲らず、収集がつかない。

 そして勿論、学力レベルも高くない。
 特に数学は酷い物で、単純な九九も出来ない高校年代の子供も多い。

 それらがそんな教育機関だからこそ、わざわざ僕の数学指導を受けにくる日本人生徒が大勢いるのであって、会社としては有難いことではあるのですが。
 また、複数の僕の生徒が、アメリカ数学オリンピックの台湾予選を簡単に勝ち抜いたりするのを見て、誇らしくなったりはするのですが。

 日本に比べて、まともな数学教育を受けられない生徒達が、本当に可哀想になってしまいます。


 そして。
 そんな学校に行こうとしているから、という訳ではないでしょうが。

 アマンダの教室に通っている子供達も、相当に厄介で。
 英会話が中心ですから、授業中に元気があるのは、まだ理解出来るのですが。

 授業前の待機時間、僕の塾の生徒達が自習している空間であっても、大声で叫びながら走り回ることも多く。
 事務のクオが不在の際に、事務デスクの中を荒らすようなことをしたりするのも、日常的。

 さらに言えば。
 その母親達も、厄介で。

 台湾に限らず、東アジア圏の大金持ちは、大概、代々の会社や不動産の所有者で、不労所得が有り余る状態であって。
 多くの日本の富裕層――灘校時代に大勢見てきましたが――とは違い、全面的に傲慢で、傍若無人であるケースが多く。

 子供達に負けない音量でおしゃべりし、僕の生徒達の自習が妨げられることも多い。 
 さらには、僕の会社の事務のクオに対して、まるで使用人のように、お茶くみ等の指示を平気で出してくる。


 そんな、非常に厄介な客層なのですが。
 アマンダは、彼らを非常にうまく操っている。

 子供達に、ある程度は言うことを聞かせることが出来るだけでなく。
 口やかましい母親達と、授業後何分でも何時間でも、笑顔を保ったまま立ち話をしている。

 かなり高い授業料を貰っており、大儲けしているのは確かですが。
 それだけで、ここまで出来るものではない。

 プロだなぁ、と。

 未だにうまく保護者と話せない、そして、相手がお金持ちであることは分かっていながらも、高い授業料を請求するときには未だに多少心を痛めてしまう自分と比較しながら、心底思っていたものです。
  

 そして、かつての僕の会社で、日本語教室部門の主任をしていた、小迫を思い出します。

 彼もまた、台湾人富裕層をうまく操っていました。

 こういう、コミュニケーション能力の高い人こそ、こういう仕事をやるべきであって。

 僕のような発達障害者は。
 箸すらちゃんと握れないような、不器用な人間は。l

 自分と似た存在である子供の扱い方はうまくとも。
 そもそものお金を出してくれる存在である保護者、こういう富裕層とは、全くうまくうやっていけない。

 だから僕は、本来、こういう営業仕事は本当に向いていないよなぁ、と。
 常々思い知らされていたものでした。


 そんな存在だったアマンダが、帰国すると言うのです。

 彼女には、台湾人の夫がおり。
 既に十年以上、台北で過ごし。
 収入も非常に安定しているのに。

 その台北を去ることを決めたという。

 勿論、それを止めようとは思わない。
 そもそも止める手段なんてない。

 だから、その言葉を問題なく受け入れたのですが。

 ただ、その理由を聞いて――僕もまた、深く考え込むことになるのです。

 僕もまた、このまま台北にいても良いのだろうか、と。

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