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仕事はどうする? ◇うつ闘病記 その5◇

人事部に相談したところ、状況を理解してくれて、休職の話が出た。
たしかにこの状態では、しばらく休むに越したことはない。
電車に乗っていても、会社にいても、不安と恐怖でいてもたってもいられない状態なのだから。

とはいえ、休職には強いためらいがあった。当時(2019年春)の私は契約社員として働いており、翌年に正社員登用のチャンスを控えていた。

この大事な時期に休職したら、どうなる?
どれぐらいの期間、休むことになるだろう?
そもそも休職すればうつは良くなるの?

一寸先は闇。そんな気持ちだった。

◆◆◆

その時点まで、私は正社員として働いたことがなかった。
それにはある個人的事情も大きく関わっている。

幼少期から吃音(きつおん、どもり)がある私にとって、会社員として業務を遂行するために当然のごとく必要とされる流暢な話し方というのは、人生を通して、どうあがいても手に入れることができない能力である。場面によっては、自分の名前を言うのでさえ、今でも四苦八苦だ。

それもあって正社員として働くことは難しく、翻訳の仕事に少々携わりながら、どもることが問題とならないデータ入力業務などの非正規の仕事をして、30代を過ごした。

そんな私の事情を理解し、受け入れてくれたのが現在の会社である。
最初はアルバイトとして入社し、まもなく契約社員となり、電話での顧客対応はしなくてOKという配慮をしてもらって仕事を続けてきた。
そんな中、ついに正社員登用のチャンスが巡ってきたのだ。

もし休職を経て、会社に復帰できずに退職することになれば、また職探しから始めなければならない。コミュニケーション能力重視が叫ばれる厳しいこの社会で、吃音に理解を示してくれる職場に再び巡り合えるだろうか。
そう思うと、気が遠くなった。

◆◆◆

やはりこのタイミングで休職することはできない。
そこでまずは3か月間、10時から16時までの時短勤務にしてもらい、様子を見ることにした。

通勤電車に乗っている間も不安で心がつぶれそうだった。
「この電車1本に、この1車両に、メンタル疾患に苦しみながら必死に会社へ向かっている人はどれぐらいいるのだろう」
そう想像すると、自分だけではないのだと思い、かすかに気持ちが落ちついた。

◆◆◆

オフィスに到着してパソコンの前に座ると、マウスに手を置いたまま、動けなくなった。毎日当たり前に使用していたパソコンのシステム画面を見ても、使い方も、何のために使うのかも、わからなくなってしまっていた。
茫然としながらしばらく画面を見つめ、少し手を動かしてみて、とりあえず仕事らしきことを始めてみる。

うつ病のせいで、記憶力、認知力が急激に衰えているのだろうか。
怖くなって、会社の人たちの名前を席順に心の中で挙げていった。
○○さん、○○さん、○○さん。
で、あの子は・・・誰だっけ?たびたび楽しくおしゃべりしていた若い女性社員の名前がどうしても出てこず、愕然とした。
そしてあっちにいるあの人は・・・誰・・・?

◆◆◆

オフィスでは抗不安薬と漢方薬を飲んでしのごうとしたが、苦しさが和らぐのはほんの一瞬だった。薬の効果はすぐに切れてくる。次の服薬まで数時間置かなければならない。
叫び出してしまいそうになるのを必死で抑えながら、16時になるまで耐えた。

◆◆◆

ようやく終業時刻を迎えて帰宅すると、ソファーに倒れこむ。
家までたどりつけたことにひとまず安堵し、それから何時間も放心状態が続く。


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