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もうひとつの物語の世界21,  マリーンとあんこう,2/5


マリーンとあんこう

 アンコウは、いまいましそうに話しだした。
「いいか、水族館と、海は全く違う世界なのだ。
 むかし、お前と同じように、水族館でそだてられたという子魚にあったことがある。
 子魚たちは、卵からかえって、海で暮らしていける大きさになると、何千、何万という仲間とともに、海に放されたといっておった。」
「知ってる。」
 マリーンは何度も海にかえすところをみていた。
「水族館の飼育員さんが、海の資源をまもるために、子どもたちをふ化させて、海にかえすんだっていってた。」
「だから、わしは、そいつらにいってやった。
 おまえたちは、海の怖さをしらん。
 たとえ何千、何万の子どもたちを海に放そうと、そのなかから大人の魚になれるのは、ほんの数匹だけだとな。」
「どうして、数匹しか生き残れないの?」
 マリーンのしっている海は、もっと大きく、すべてのものを受け入れてくれる、やさしい海のはずだった。
 しかし、アンコウは、ばかにしたように、
「だから、おまえは、なにもしらないというのだ。
 かんがえてみろ、数千、数万の魚が、みんながおとなになったとしたら、
それに、この自然の海のなかでくらす、ほかの魚たちが産んだ何千、何万の卵が、みんなかえっておとなになったとしたら。
 それこそ、海は魚だらけになってしまう。
 そいつらの食べ物はどうするんだ。
 海をきれいにする海藻は食べつくされ、海の水は汚れ、そのうちだれも住めない海になってしまう。
 いいか、自然のバランスがくずれてしまうと、海は死んでしまうのだぞ。」
「だったらどうして、一度にそんな多くのたまごを産むの?」
 アンコウは、あたりまえのようにいった。
「どうして?
 それが自然だからだ。
 大きいものが、小さいものを食べる。
 小さいものは、より小さいものを食べる。
 それが自然のいとなみだ。
 数千、数万の卵が生まれようと、おとなになるまでに、ほとんどのものが、ほかの生き物の餌として食われてしまう。
 あるものはとちゅうで死に絶え、最後におとなになるものは数匹しかいない。
 それが、海のいとなみの厳しさというものだ。
 食べるものと、食べられるもの、そして、死にゆくもの、そのあいだで、自然のバランスがたもたれているということだ。」
 マリーンは、おもわず目の前の海の中をみわたした。
 こんなに穏やかな、きれいな海なのに。
 太陽のひかりが、やさしく海の中までそそぎ、海藻がゆらめき、小魚が楽しそうにむれて泳いでいるのに。
 マリーンは、もう一度たずねた。
「水族館から放たれた子魚たちは、どうなったの?」
 アンコウは、とうぜんのようにいった。
「もちろん、わしが食ってやった。
それが海というものだ。」
 マリーンは、びっくり、
「ひょっとしたら、わたしもアンコウさんに食べられるの?」
「食べるかもしれん。」
 はじめてアンコウは、にやりとわらった。
 
 とつぜんアンコウがきいてきた。
「おまえは どうして、水族館からにげてきた。」
「ジンベイさんにたすけてもらったの。」
「ジンベイさん?ジンベイザメのことか?」
「そう、ジンベイさんが海に返されるときに、こっそりあたしに声をかけてくれたの。」
「なぜ、あの大きなジンベイザメが、おまえなんぞに声をかけるんだ。」
 アンコウは、ふしぎそうにたずねた。
 マリーンは、ここぞとばかりいいかえした。
「アンコウさんこそ、水族館のことは、なにもしらないのね。
 水族館では、みんな仲良しで、たすけあって生きているのよ。
 あたしは、生まれたときには、親がいなかったから、ちいさいころからよくジンベイさんの背中にのせてもらって、あそんでいたの。」
 アンコウは、あきれていった。
「ジンベイザメの背中にのってあそんでいたって。なんてことだ。」
「あたしがこうして海に、にげてこれたのも、ジンベイさんのおかげよ。」
「ほう、どうやって海ににげてきた?」
「ジンベイさんが、海に返されるとなったとき、こっそりあたしに声をかけてくれたの。『マリーン、いまでもまだ海にあこがれているのか?もしそうなら、わしがこっそり海につれていってやる。』って。
 それで、わたしはジンベイさんの口の中にかくれて、ジンベイさんの餌をわけてもらいながらがまんして、やっと海にくることができたの。」
 アンコウは、かんしんして、
「どうやら、おまえは、わしらとはちがう生き方をしてきたみたいだな。
 おまえは、水族館で育てられたから、そうやって、助けてくれるなかまができたのだな。
 自然の海は、そんなにあまくないぞ。」
 アンコウは、不思議な生き物をみるように、マリーンをみていた。

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