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短編:幻想物語「魂の真実」

✒【陽春に輝ける葉の開くさま舞鶴の如し野の草よ】

前世とか輪廻、生まれ変わりなど魂に関して様々な話が有ります。
信じる信じないは別として不思議な巡り合わせの話も多々有ります。

今回は、幕末か明治の初めを思い浮かべて、其れより500年も遡った時代の東欧辺りの地域での民族紛争や内乱、親族間の争いに翻弄されたロマの恋人達が激しく愛し合いながらも成り行きで命を奪われ世紀を越えて遠く離れた先の時代に大和の国で甦り、更に此の世で幸せを全うすること無く来世に魂を預け短い時を生きた恋人たちの切ない話を創作しました。

舞鶴草の花

時代は何時頃の話でしょうか、明治の始め頃にも思えますが、日本の北部地域に突如、現れた近隣の街に溶け込みながらも明らかに一風変わった一つの集落が有りました。

不思議な事に地域の住民は、其れを訝しくも感じず以前から存在していたかのように当た前に行き来しております。
周りには田園風景が広がり中心部には全体的に小奇麗な建物が並んだ街並みです。小高い山手には御屋敷街と呼ばれる貴族や手広く商売で身代を築いた大商人の邸宅が大きな敷地に居住しておりました。

街の入り口から少し入った所に[黒猫亭]と言う料亭と宿屋を兼ねた店が有りました。
[黒猫亭]の前には何処にでもいるような風体の若者達がたむろして一人が三味線を巧みに弾き熟しながら歌を唄って居ります。仲間は手拍子や合いの手を入れながら陽気なものです。
歌の旋律は、いわゆる日本民謡では無く東欧や西班牙スペインなどロマの旋律を思わせます。

若者達、大人ぶった様子でいても未だ少年の域を出ていません。少し悪を演じたり偶に隣村の悪ガキと乱闘騒ぎを起こす程度で今のように刃傷沙汰で人の命を奪う事もなくエネルギーの発散と父親の拳骨を浴びる位です。

若者達に交じって年の頃12、3歳の目鼻立ちのハッキリした少女がいました。大きな黒い瞳は一度見ると忘れられないような光を放っています。
三味線で弾き語りをしていた若者とは仲が良いらしく少女が寄って行くと「オウ、舞ちゃん、何か歌えよ」と言って三味線を掻き鳴らしました。

若者は宿屋[黒猫亭]の次男坊で名は清二、兄弟の中では、はみ出し者で歳は16歳。親の憂いを気にするでもなく板場見習いの合間に三味線を覚えて客に披露したり気儘な様子です。生まれつき舌の感覚が優れて料理に関してセンスも良く腕も中々のもので重宝されています。

当時、170cmを越える身長は珍しく面長で目鼻立ちの整った良い男、気っ風もよく喧嘩は負け知らずと来れば当然の事でしょうが、近隣の若者達のリーダー格であり少女達からはスター扱いです。

舞は、清二の宿屋[黒猫亭]から3軒ほど隣の竹細工商の娘だったが、本当の娘では無く10数年前の晩秋も冬に掛かろうかという冷え込みの強い朝、絹の産着に真綿入りのおくるみに包まれた女の赤子が籠に入れられて店の裏口に置かれていたのです。

近隣を訪ねるも心当たりはなく、竹細工商の夫婦が引き取り育てました。器用な子で、夫婦の仕事を見よう見真似で技術を身に付け奇麗な竹籠は見る者の心を惹き付け買い求めた人は、その日から憂い事が無くなる不思議な竹籠でした。

【思い合う二人を分ける運命に前世の誓い何処に向かう】

清二と舞は、前世からの約束でも有ったかのように幼い時から仲良く、成長するに従い将来を誓い合う仲となっておりました。
然し、運命の道は方角が其れてしまいました。

舞が13歳になって間もない日、家紋付きの馬車が竹細工商の店先に止まり立派な身なりの名家の貴族が降りて来たのです。舞は其の貴族の娘と心ならずも村に短期逗留した何処の国にも存在するような大道芸人との間に出来た娘だった。
 
世間に疎い名家の姫君が街中に供も連れずに迷い出せば間違いも。無頼の輩から危うい所を助けられ其れとは知らずにハンサムな若者の言葉巧みな甘い誘惑に迷わされ一夜を共に. . .。狼の口から狐の手に落ちたように...

置いてきぼりにされた挙句、家臣に見付けられ屋敷に帰ったものの暫くすると...月満ちて舞を産み落とし産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。困った貴族は孫娘を密かに連れ出し竹細工商の裏口に置いてこさせたのです。
 
【大道芸人の中には祖先を辿って行くと、飛んでもなく離れた地球の裏側から流れ流れて血は辿って来た土地、土地の異性と混ざり合い元のジプシーの血統は薄くなって行きますが、突然、濃く出る場合が有ります。舞も清二も300年程前に南の地から北へ移動してきて其の地域に根を下ろした民衆が一つの集落を作り助け合い生き残りを図った民族の子孫のようです】

話しを戻します。貴族には勿論、血を引く後継者が居りましたが流行り病や事故で最後の男子も絶えてしまい、唯一人の血縁として娘が産んだ望まぬ子、然し自分の直系の血を引く舞を跡取りとして引き取る事にしたのです。
 
舞が身に付けていた花紋付の産着や包まれていた真綿のおくるみなど夫婦が保管していた品により殿様の娘と証明され、育ての親には手の打ちようが有りません。

「何で、今更!酷い話じゃ有りませんか」と夫婦は嘆き、今迄の養育費と言う名目で相当な金子を置いて行かれましたが、愛おしんで育てた舞に変わるものでは有りません。
2、3日後、舞は付き人として遣わされた女官から今迄、見た事も無いような装束に着付けを施され、皆が呆気に取られている中、茫然として馬車に乗せられ連れて行かれたのです。
 
舞は、屋敷で姫君としての行儀作法から教養に至るまで教育掛かりから仕込まれて行きました。自由に育った舞には大層窮屈な辛い生活です。舞の顔から笑顔が消え何時も溜息をつき生気が無くなって行きました。
同い年位の気を許せる世話係も居りません。楽しみも無く...
 
ある日、清二が森へ行くと何時の間にか舞が傍にいるでは有りませんか。
驚いて「舞、良く屋敷から抜け出せたね。皆が心配していないかい」と聞く清二。 
「大丈夫、此の時間は、自由にして良いの」小半時、清二と近況を語り合い2人で草笛の合奏をしたり時間を過ごすと舞の顔に生気が戻り「又ね、明日もね」と走り去りました。

2頭の可愛いツマグロキチョウ。

✒【春の野に二頭のてふの戯れて草笛の音懐かしき哉】

その様にして3年の月日が流れ、美しく成長した舞の元へ次々と縁談が持ち上がり多くの候補者の中から婿が選ばれ祝言の日も迫って来ました。
 
舞は無性に清二に逢いたいという彼への思いは募り、式の前日でした舞は眠りに就けず、清二に逢う為に屋敷を抜け出し[黒猫亭]に向かいました。
丁度、仲間と寄り合いに行こうと出て来た清二に出会い「舞じゃないか!どうした?」「清さんに、逢いたい一心で」と言い胸に飛び込む舞。

清二は竹細工商の夫婦の所へ舞を連れて行き、婿取りの話を聞いたのです。その夜、舞は懐かしい夫婦の家で清二と長く話をして別れ際に
「清さん、もう二度と逢えない気がするけど、必ず逢えるから。例え此の世で駄目でもね。必ずね」
「舞、何を言ってるんだ。屋敷へなど帰らなくて良い。此処で一緒になろう」そう言いながら抱き寄せ其れが此の世で最後になるとも知らずに共寝の夜を過ごしたのです。
 
翌朝、清二が目覚めると舞の姿は無く、清二は昨夜の舞の哀しそうな顔を思い浮かべ「アァ~、舞!何故?何故、帰ってしまったのか」と嘆き貴族の館まで様子を見に行ったが、祝い事が行われる家にしては妙な雰囲気を感じ訝しんで開いていた門から忍込み様子を伺った。屋内では慌ただしい動きが察せられたが、其れ以上は判らない儘引き返した。
 
貴族の館では夜中に舞の姿が見当らない事で大騒ぎに成った。父親が使用人に命じて行方を探させている所へ未明の月明りの中を舞が帰って来た。
 
其の姿を見ると全てを察した父親は怒り心頭の形相で舞を捕まえ
「母親と同じく身持ちの悪さを受け継いだか。何処の男に抱かれて来たか」と張り飛ばし逃れようとする舞を捕まえ前後の見境も無く首に手を回すと家臣が止める間もなく絞め殺してしまった。
成り行きとは言え名家の血筋は此れで途絶えてしまい茫然自失の父親。
 
数日後、宿屋[黒猫亭]の前の通りを集落の外れの墓地に向う棺を乗せた馬車が通り掛かりました。
舞の棺が載せられているとは知らない清二でしたが葬列を見送ろうと立っている前で、急に馬が動きを止め進もうとしません。清二は棺の中の遺体は舞だと悟り馬車に近付きました。
 
すると棺の蓋が少し持ち上がり白い手が出て清二を招きます。清二は其の手を取り胸に押し抱き「来世は終生を共に」と言いながら竹細工師の作った竹鈴の根付けを棺に入れました。
舞の手は棺の中へ蓋は閉まり、再び馬車は動きだし銀の鈴の音が微かに響いて聞こえました。

余りにも悲惨な最期を迎えた舞でしたが、清二に抱かれてひと時でも幸せに包まれ眠りに就けた夜が救いです。
 その日から每日のように舞の墓に参る清二の姿が見掛けられましたが、暫くすると何処へとも告げずに姿を消しました。

後に清二らしき若者を見掛けた人々の話では、彼の傍には舞の影が寄り添い何処までも付いて行く様子が見えたと申します。2人を見た者は必ず小さな澄んだ鈴の音が聞こえたとか。
 
清二と舞がおりました集落は、ある日突然、出現した如く跡形もなく消え去り誰の記憶にも存在せず広い草原が広がり、証として残るは舞の墓石だけ。季節になると其の墓石の周りには一面に舞鶴草が可憐な花を咲かせ秋には赤い実が付くそうです。  (終)

4月から5月に又は6,7月に花を咲かせる舞鶴草。
舞鶴草美しい赤い実

✒【春の野に咲く花白き舞鶴草秋は深紅の実の輝いて】

バコパ・ステラ・スコピア

何時も、拙い作品に御目通し頂き有り難う御座います💗