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明るく楽しい在宅介護しています

成り行きで、遷延性意識障害の義息子(ともくん)の在宅介護を始めて、3年が経ちました。そんな日々のこと、あれこれ、ぽちぽち記していけたらなと、noteを始めてみようと思い立ちました。

記していくことで、少しずつ、快方に向かっていけるんじゃないかなと。何の根拠もないけど、ふとそう思って。

発症時、何もわからず、困って、情報を求めて、一生懸命だったなと思います。いつか、どこかで、誰かのお役に少しでも立つことができたら、うれしいなという想いも込めて。


2019年5月2日、約8ヶ月の入院生活を経て、在宅介護を始めました。

そのとき、ふっと、「楽しい」ということばがやってきました。楽しい⁈自分でもびっくり。どうなっていくんだろうと、不安もいっぱいだったから。

せっかくやってきてくれたことば、大事にしよう。
「楽しい在宅介護生活始めます」と。
そしたら、「明るく」もプラスしてねと、メッセージをいただきました。
なので、

じゃじゃーん!

「明るく楽しい在宅介護生活始めます!」


ある日突然に

2018年9月7日3時、滋賀にいる娘から、ともくんがしばらく入院になりましたと連絡あり。

息が荒いのが凄いからと、22時ごろに自分で運転して、病院に。
人工呼吸器を着ける一歩手前くらいの肺炎で、腎臓も悪くなってると、病院から電話あり。

「観念して、ゆっくり治してもらわな、ね。」
「何か手伝うことあったら、言ってね。」
「はい、まったくやわ ありがとー」

まさかね、こんなことになるとは思いもしなかった。

5時、娘から、電話。
「心肺停止したって、病院に来れる?」

薄暗い中、高速を走らせながら、トラックとすれ違うたびに、「ありがとうございます」と呟いていた。
「生きて!」と願いながら。

「あかんかもしれへんって」
「どうしたらいい?」


肺は真っ白、腎臓がまったく機能していなくて、浮腫んで、体重が100キロくらいに。

心肺停止からの低酸素脳症。
意識なし。
気管切開。
胃ろう。
左腕には、透析のためのシャントを増設。

社会復帰はできない
介護が必要です


今日のともくん


気管切開のあとのテープかぶれ?
数日前から赤くなってたけど、赤みがひいてきたから、もう大丈夫かな。

お昼の注入のとき、あれ?涙⁈
どうしたん?悲しいことあった?
どっか痛かった?
ごめん、ごめん!

首がいい感じ!
横に傾かずに、頭をもたげてる!
わ!
目線を上に、それに合わせて、頭も上がってる!
すごいやん!

うふふっ
今日もいい日



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