「闇の守り人」感想文〜理想の父親。

「精霊の守り人」の続編である今作は、主人公バルサと、彼女の育ての親ジグロの故郷・カンバル王国を舞台にしている。卓越した武人であり、強靭な精神を持つ二人が生まれた国ってこうだよね、そうそう!めっちゃイメージできます!と頷きながら読んでしまうくらい、カンバルという国はリアリティを持っている。
厳しい寒さの北の山国。乾いた風と大地。そこに生活する九つの氏族。氏族の一員として短槍の腕をみがき、武人としての誇りを持ちながらも、貧しさに耐えるため冬には出稼ぎに行く男達。毛織物やヤギの乳絞りに精出す女達。
強さと慎ましさ、たくましさの感じられる国民性はカンバルの気候・環境に合わせ育まれたのだろう。
この物語に登場する人達はどこかストイックで矜持を感じさせる。
それは、過酷な運命に落とされながらも己を鍛え、淡々と用心棒稼業で生きてきたバルサにも通じる。
バルサが自分のルーツを目指すこの旅は、「守り人シリーズ」の中でも私が特に好きな物語だ。

王家の陰謀に巻き込まれた幼いバルサは、ジグロに連れられて国を出た。
ジグロは数年前に病で亡くなっている。
彼女は現在のカンバルの状況、自分とジグロの逃亡がどのように伝えられているかを知らないまま故郷に戻ってくる。自分の過去と向き合うために。
それはバルサの生命を救い、護り続けたジグロの人生に向き合うことだった。
ジグロという人物は、架空のキャラクターではあるが私の中で父の存在と重なる部分があり、特別な思い入れを抱いていた。彼は無口だがやさしく、百年に一人と言われる短槍遣いであり、親友の娘であるバルサを護るために国を出て流れ者となる。
そんな彼が現在のカンバルでは身勝手な大罪人として認知され、汚名を着せられていることが分かってくる。
バルサを護り立派な武人に育てたジグロだったが、討手となった八人の友人を殺している。彼の魂は深い闇を抱えたままカンバルの山の底に沈んでいるのだ。

私はジグロの強さとやさしさが分かるエピソードが好きだ。彼は私がかつて父へと抱いていたかっこいいイメージを大部分反映する、いわば理想の父親なのだ。
その為、バルサがジグロの魂に向き合う描写にふれると心を大きく揺さぶられる。ジグロを知る人々が真実を知り、彼の育て上げたバルサと穏やかな時間を過ごす場面にも、深く癒やされる。
そして何より、ジグロのようなある意味最強のキャラクターに、バルサが十分対峙できるという事実をとても嬉しく思い、爽快感を覚えながら読了した。
バルサは用心棒として生きている。知恵も経験も備わった三十過ぎの女性だ。
一つ一つの状況に適切に対応し、腹を据えて過去と向き合い、カンバルを浄化させていく姿は痛快だ。
バルサに迷いや弱さがない訳ではないが、安心して心を預けられる主人公が居る事は読者にとってこの上ない幸せであり、弱い部分を持つからこそ彼女を身近にも感じられる。
この小説は、人間の生活と心に寄り添って深く見つめ、人と人の絆を丁寧に描き出す上橋菜穂子さんの渾身の一作だと思う。
偉そうに語り申し訳ありません。
守り人シリーズへの愛情を込めて書かせていただきます。

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