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理系女と文系男/第9話;理系の文筆部員

ピー先生に【正真正銘のバカ】と言われたその日は、塾のある日だった。
塾帰り、私はいつも通りケイと夕飯を共にする。この時期になると月見バーガーが出始めるからか、マクドナルドに入った。二人とも月見バーガーセットを注文した。
商品が用意されて、自分たちの番号が呼ばれるのを待っている間、ケイが私に問い掛けてきた。

「今日は口数が少ないな。どうしたよ?」

いつも饒舌な私が、ずっとムスッとした顔で黙っているので、ケイも気になったようだ。私はムスッとした顔のまま答える。

「ピー先生に【正真正銘のバカ】って言われた」

簡潔すぎる私の回答は、ケイを困惑させた。当然だろう。
ピー先生は普段、私を【バカ女】と呼んでる。それはケイもよく知っている。「何を今更?」と思うに決まっている。補足説明が必要だった。

「来年の文理選択、どっちにするか訊かれてさ……」

私は職員室で話した内容をケイに語った。
語り終わる頃に、私たちの番号が呼ばれた。私たちは商品を受け取って、空いていた壁際のカウンター席に陣取った。


月見バーガーセットを食べながら、私は愚痴った。

「酷くない? こっちもいろいろ事情があるのに…。まあ、私は法学部に行っても構わないんだけど。比較されるのが嫌とか、お姉ちゃんが気にしてることの意味が解らん」

ケイは商品待ちの時からほぼ聞き役に徹していたけど、このタイミングでようやく自分の意見を言った。

「まりかは法学部に向いてないな。校則破ってスカート短くしてる奴が法律を学ぶなんて」

ケイが述べたのはアドバイスなどではなく、ふざけた発言だった。私は苛立ち、それまで俯けていた顔を上げて、ケイの方を見た。

「はぁ? 先生に口答えしてばっかの人に、スカートがどうこう言われたくないんですけど!」

当然、私はこう言う。
文筆部の顧問の先生との顔合わせの時、先生の方を見ずに私の足ばっか見てて先生を怒らせたような奴が、何を言うか!?
だけど、ケイはこういう屁理屈の応酬には滅法強かった。

「スカート丈は校則で規定されている。しかし、教師に口答えするなとは校則に書いてない。お前は校則違反だけど、俺は校則に反していない」

私は堪らずケイから目を逸らして、「ウザっ!」と漏らした。そして苛立ちに任せて、バーガーに噛り付く。
ところでケイだが、勿論ただ私を苛つかせるのが目的ではなかったようだ。私とは対照的に静かにバーガーを食べながら、淡々と語り始めた。

「ピーさんの真意を断言することはできんが…。多分、まりか自身の意志が全く無くて、両親とか姉さんに言われるのに流されてるのが、気になったんだろうな」

ケイが急に真面目になったので、私はケイの方を向いた。ケイは壁の方を向いたまま、割と長く喋った。

「進路の話、前にカブトさんと話してな。父親の会社かその関連会社か、どっちかに入るんだろうって話したんだけど…」

ここで明かすが、ケイのお父様は社長だ。お父様が経営されている会社は、それなりに大きな企業の下請け会社だ。ケイは西野家の長男で、父親を継いで次期社長になることが半ば決まっているようなものだった。

ケイは進路に関して悩む必要の無い人かと思われたが、そんなケイに非常勤講師のカブト先生はこう話したらしい。

「あんまり “ 親が言ったから ” っていうのを前面に出さず、自分の選択なんだと強く思えと。じゃないとその進路で失敗した場合、“親が言ったせいだ”と変な逃げ道を作って、堕落するかもしれないから。自分で決めた道だったら、上手く行かなかったとしても、“自分で決めたんだから”と思って踏ん張れる…。そう言ってたな」

ケイを介して、私はカブト先生の話を聞いた。納得できる内容だった。

(そうだね。今のままだったら私、法学部に行って失敗したら “ 親が決めたから ” って言って、理系に行って失敗したら “ お姉ちゃんに言われたから ” って言うよね。どっちを選ぶにせよ、自分で選んだって形にしないとね)

私に【正真正銘のバカ】と言ったピー先生の真意が、なんとなく解かった気がした。ケイのお蔭で、憂鬱な気持ちが少し晴れた。
そしてケイは、更に問い掛けてきた。

「お前、演劇部を辞めて文筆部に入ったの、俺に言われたからか?」

私はこの問い掛けに対して首を横に振り、「私の意志だよ」と返す。
それを受けてケイは頷いた。

「だよな。声を掛けたのは俺だけど、決断したのはお前の意志だ。自分の意志だから、一生懸命やってくれたんだろ。俺を副部長から降ろしてまでして」

いろいろとツッコミたいことはあるけど、例示としては適切だった。
もしかすると、文理選択も部活の乗換えと同じような話なのかもしれない。これまで私の脳内に立ち込めていた霧が、なんだか晴れていくように思えてきた。

「声を掛けたのはケイじゃなくてシュー君だよ」

私はそう前置きしておいてから、ケイに微笑みかけた。

「だけど、ありがとう。なんか理解できた気がする。上手く説明出ないけど」

私の言葉を受けて、ケイは安堵したように笑いながら頷いた。

「明日、文筆部のミーティングだからな。その顔で臨んでくれ」

思わず「先生かよ」ってツッコミたくなるような言葉だった。

だけどケイとこの会話をしていたなかったら、私は翌日に開かれる文筆部のミーティングに、落ち込んだまま臨んでいた。
私は珍しく、ケイに礼を述べた。もしかしたら、これが初めてだったかもしれない。
ケイに「ありがとう」と言ったのは。


翌日、文筆部のミーティングが開かれた。

文筆部はできたばかりで専用の部室が無かった。毎回、事前に申請を出して、「この教室を使っても良い」と先生に許可して貰わなければならなかった。
つまり文筆部は流浪の民で、毎週違う部屋でミーティングを行っていた。

この日のミーティングは、小さい補助教室で行われた。
部長のタケ君の司会で、議論は進行していく。

「文筆部の理念、“ 電子ではなく紙媒体の書籍の利点を推す ” の具体的な内容だけど。まず前のミーティングで、各部員お勧めの本を紹介する壁新聞を図書館に貼らせて貰って案が出たね。これについては、俺とまりかで図書館側に話をしに行く。で…」

こんな感じで、段々と活動内容が決まっていって、それぞれの役割分担が決まっていく。
ところでこの部活、元が友達グループだからか、割と盛んに意見が飛び交うことが多かった。

「図書館の壁新聞でお勧めの本も良いんだけど、ちょっと弱くない? 電子より紙の本がいいよっていうPRなんでしょ? お勧めした本を、電子書籍で読んだら駄目なの? とか言われそうじゃない?」

そう言いだしたのはシュー君。これを受けて、他の三人は唸る。

「電子書籍と紙の書籍を比較した論文的なものでも出されば良いかもな。で、その論文を機関誌に載せる。発表は来年の文化祭になるけど、それくらい長く考えて創ってもいいだろう」

このアイデアをケイが出した。このアイデアが更に膨らんで、四人がそれぞれ違う視点から『電子書籍に対して紙媒体の方が有利な点』について論文的なものを書く方向になったんだけど、これが少々難しかった。

「紙の方が有利なことって、本当にある? 電子の方がかさばらないし、資源も使わないし…。俺、電子の方が良いって方向になっちゃいそうな気がしてきた」

難しいというのは、シュー君が言った通り。紙の書籍の有利な点が、具体的に浮かばなかった。人を納得させられる、ちゃんとした理由を示して紙の書籍を推すことは、想像以上に難しかった。
私は黙って考えていた。

(どうだろうね? 電子の方が目に悪い。これはイケるね。目に悪いのは、スマホやPCの光が強いからだよね。光が強いってことは、電気を消費してるってことで…)

私は考えていたら、そのうち閃いた。

「ちょっと聞いて! 私、この方向で一つ書きたい!」

閃いた私は、そのまま黒板の方に走り、黒板に書きながら自分の考えを語った。

「電子書籍は紙を使わないから資源を浪費しないって言うけど、実は嘘だよね。見る度に電気を使うから。読む回数が増える程、それだけ多くの電気が必要で、その分の資源が浪費されてる。それに比べて、紙は一回刷っちゃえば、それ以上は資源を浪費しない」

この後、私が語った内容は長かったけど…。要するに言いたいことは、電子書籍を一回読むのに使う資源の量と、紙の書籍を一つ作る資源の量を比較するということ。
その為に、電気書籍を一回読むのに浪費する電気エネルギーを調べる。次に、紙の書籍をセルロースの塊と捉えて、その化学エネルギーを算出する。まずはこれで大小を比較する。
もし電子書籍を読むのに使われる電気エネルギーの方が小さい値になったら、何回読んだら紙の書籍が持つ化学エネルギーを上回るのかを示す。

という眠くなるような内容を、私は黒板も使いつつ三人に力説したんだけど…。

「ごめん。やりたい内容は解るけど、化学エネルギーとか言われても…」

男子三人は聞いていて疲れてしまったらしい。この頃の私の説明能力の低さが原因だ。

(悪くない案だと思ったんだけどなぁ…)

男子三人の反応に、私は肩を落とした。

なんだけど…。この話はここで謎の急展開を迎えた。

「何だ? バカ女がオタク仲間に補習でもしてやってんのか?」

たまたま近くを通ったピー先生が私たちの様子を見て、教室に入って来た。黒板の前で立っていた私はともかく、とても悪い姿勢で適当な席に座っていた男子三人は、慌てて姿勢を正した。
教室の空気は一気に変わり、堕落した雰囲気は消え去って緊張したものになった。
ピー先生は私が黒板に書いた内容を凝視して、うんうんと頷いていた。

「これ、お前が考えたのか? 文筆部として発表すんのか?」

ピー先生は私に近付きながら、そう訊ねてきた。私は「そうです」と囁くように答えた。
するとピー先生は、何処か不敵な笑みを浮かべながら言った。

「バカ女にしては、よく考えたな。面白ぇじゃねえか」

ビックリした。まさか、ピー先生に誉められるだなんて思ってなかったから。昨日、【正真正銘のバカ】とか言われた直後だったし。だけど、凄く嬉しかった。

それだけ言うとピー先生は教室を出ようとしたのだけど、出る寸前にふと足を止めて、また私の方を振り返った。

「いかにも理系だな」

ピー先生はその言葉を私に渡すと、踵を返してこの場を発った。
どういう風の吹き回しか、私はピー先生に認められた。

(もしかして私、文系よりも理系の方が向いてるのかな?)

ピー先生の一言のお蔭で、私はそう思えた。


という訳でこの日、私は二つのことを決めた。

一つは、文筆部の機関誌に載せる論文の内容。もう一つは文理選択。

私は理系に進むことにした。自分の意志で。
私は理系の文筆部員になった。

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