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令和の前に、平成の時やりたかったこと

Google日本語入力で「令和」が自動変換されなかったので、まだちょっと令和遠いんだな、と思う、今日は4月28日。

平成元年に生まれて、令和元年の来月、三十歳になる。
平成でしか暮らしてこなかったので、元号が変わる、と言われてもいまいちピンとこない。「平成」は履歴書からなにからたくさん書いたが、「令和」はボールペンや筆で書くということはほとんどないだろう。紙の書類を書くことが少なくなったのもあるが、発表された日に筆ペンで「令和」を書いてみたがバランスの取りづらいこと。新元号を決めたひとたちはきっと筆で文字を書くということをあまりしないのだろうと思った。


noteのお題は、「令和でやりたいこと」だった。
でも、令和でやりたいことに手をつける前に、ケリをつけるべきは平成でやり残したこと、ではなかろうか?
平成を清算せねばならぬ。
平成にすっぽり収まる、自分の人生ごと。

その時々によって、私のやりたいことは違った。
平成の一桁頃のお話。幼稚園の私は、ケーキ屋さんになりたかった。ケーキが好きだったんだろう。友達と「ショーケースに幾らかかるから…」といったような生々しい話をしていたと、母から聞いた。
それと……これは自分の記憶のような気がするのだが、幼い頃、「ママが死んだらやだから、大きくなったら不老不死の薬を作ってあげるね」と言っていた。まさかの科学者志望である。

ケーキ屋さんで働く夢は、その後ちょっとだけ叶った。一か月だけれど、洋菓子店で働かせてもらったのだ。体質のせいでダウンしてしまったけれど、お菓子を包んだり売ったり、業務自体はとても楽しかった。不老不死の薬を作る科学者というのは、まあ私は不老不死の夢自体は捨てきっていないのだが(大富豪かよ)、自分が今後科学者になることはないだろうと思う。ごめんね小さい自分。

小学生の自分は、…あまり夢ややりたいことというのは覚えていない。毎日友達と遊んでいれば楽しかった。充実していた。ポケモンやたまごっちを買ってもらった。家にやってきたパソコンで、コナンのタイピングソフトで遊んだ。ポストペットにメールを運んでもらった。版画や絵で賞をとった。目の前のことに夢中になっていた時代だ。

中学高校の私は、……多分、色々なものに目移りしていた。得意教科は数学で、部活は吹奏楽部で、ライトノベルを読むのが好きな学生だった。作家になってみたいし漫画も描いてみたいし編集者にもなりたいし、数学が得意なのに文系…と思いつつ、理系でやりたいことはなかったので文系に行った。本当は音大に行きたかったが、親の圧力に勝てなかった。でも、自分の人生に対して苦しみや喜びを与えてくれるのは音楽であるという確信は、きちんとあったように思う。

音大に行かなかったので――上京してピアノが連れていけなかったので、大学時代は本軸が音楽からずれた。でも、やりたかったことをいっぱいした。初めてアルバイトをして、サークルに入って、小説を書いたり漫画を描いたり、挙句の果てにバンドを組んだりした(文芸サークルなのに)。勉強はなるべくした。授業は面白かった。ただ、一人暮らしとバイトと寄る辺なさで自堕落に病んだ。今でもたびたび病んではいるが、あの頃の精神は足下に底なしの暗闇が広がっているような不穏だった。大学4年に上がる時に東日本大震災が起きて、メンタルに止めが刺された。

そのあと、自分がピアノが弾きたいのがわかったので、好きにピアノを弾くために瀬戸内海の島に引っ越した。ピアノをひとからいただいて、無事にピアノが弾けるようになった。
料理が上手くなった。人と関わることに慣れた。
島から札幌の実家に戻ったけれど、ちゃんとピアノは弾けている。


ああ、よかった。
大体やりたいことはやってきたんじゃん、自分、と思う。褒めてあげたい。
やらなかったことは忘れているのかもしれないけれど、それでも、結構やった。えらい。

……でも。
ピアノが弾きたい、というのは前提条件であって、ピアノが弾けるようになったというのはやっと土俵に上がれたというだけのことであって、私は私の求めるレベルに全く達していないのだ。

令和が来る前に、
私はピアノで食っていなければならなかった。
私は私の尊敬する音楽家たちと同じレベルに達していなければならなかった。
私は私の敬愛する音楽家たちと演奏していなければならなかった。
私は私の理想とする人たちと音楽がしたかった。

ミシェル・ルグランが死んだ。キース・ジャレットが危ない。アラン・メンケンもいいお歳だ。
腕を伸ばして、届かない。全力で追えてるわけじゃない。全力がうまく出せないのだ。不甲斐ないことこの上ない。どうするべきかも全然わからないけれど、知恵をつけて、どうにか、努力をする努力をしている。


時代を跨いでしまった悔しさに、言い訳はきかない。
でも、区切りがあるからこそ、人はやり切れなかったことを後悔できる。
私はしっかりと平成を後悔する。
後悔している。
後悔し終わってから、呼吸を整えて、令和のことを考えようと思う。

ありがとう平成。またね。

おこづかいちょーだい!