見出し画像

our home is queer community《Club with Sの日 第36回レポ》



カレンダーの最後のページをめくる。
そろそろあの時期がやってくるのかと思う。
気が重くなるのは、冬季うつのせいじゃない。

年末年始。
家族と過ごす時間。
一人暮らしの雑務から解放され、家事の負担が軽減されて体力的には楽だと感じる一方、精神的には大きな荷を背負ったみたいだ。
心がカサつくのは、冬の乾燥のせいじゃない。

一番身近な人の前で、“自分”でいることができない。
一番長く一緒に過ごしてきた人の前で、本音で話すことができない。
沈黙と引き換えに手にしたのは、わずかな平穏?
口を閉ざすことで築いた要塞は、一体何を守っている?
僕らは世界が終わることよりも、愛が終わることを恐れている。
世界がそれをまだ愛と呼んでくれないことも、わかっている。


2022年12月14日
Club with Sの日 第36回
年末スペシャル1回目
テーマ『ノンバイナリーが過ごす家族との時間とは?』

本題に入る前に、ノンバイナリー関連作品の紹介タイム。
今回は魅力たっぷりのバンドを語っていくよ。

まずは、THUS LOVE
米バーモントで誕生した3人組のポスト・パンクバンド。
メンバー:Echo Mars (she/her)、Lu Racine (he/him)、Nathaniel van Osdol (they/them)
なんと、3人ともトランスジェンダーなんだ!!
一度聴いたらクセになるボーカル、80sUKロックを感じさせる最新なのにどこか懐かしいサウンド(つまり、自分が一番好きなタイプの音楽だ!!)、楽曲からほとばしるQueerness、そして、製作スタイルが体現するDIY精神。
仲間と出会い、バンドを組み、生み出した音楽、コミュニティ。
抑圧と絶望を経験したからこそ手に入れたパワー、プライド。
「いつか愛がやってくるかもしれない」という希望ではなく、「自分たちで愛を掴みに行く」という意志。
10月にデビューアルバム『Memorial』がリリースされてから夢中になって聴きまくっているけど、2022年下半期出会ったバンドの中でベストと言ってもいい。
アルバムに収録されている曲『In Tandem』についてのコメント:
“Written in 12 hours of digestion of emotional turmoil, ‘In Tandem’ is a sonic promise to hold awareness of a fundamental truth: we are nothing but star-dust.” (感情の混乱を消化するために12時間かけて書いた "In Tandem "は、根本的な真実である "我々は星屑に過ぎない "という認識を持つための音の約束だ)
なんて、曲を聴く前から惹かれてしまわない!?
デビューしたばかりでまだ知っている人が少ないからこそ、今後有名になった時(絶対なります!!)、「自分は2022年からTHUS LOVEを推していたんだ!!」と誇ろう(笑)

もう一つのバンドは、Special Interest
ニューオーリンズの4ピース・ノーウェイブ・パンクバンド。
パンクと書いたけど、それは楽曲のメッセージ性の面であって、サウンドは、ポップ、ディスコ、ハウス、グラム・ロック……と様々なジャンルがミックスされている。
伝えておきたいことは、バンドメンバー全員がQueerってこと!!
ボーカルのAlli Logout (they/them)は、ジェンダー・ノンコンフォーミングのフィルムメーカーでアクティビスト。
人種、ジェンダー、セクシュアリティ。
マイノリティ性を守り、祝福するため、資本主義や権力への反抗を唄う彼ら。
アイデンティティ・ポリティクスがバチバチと火花を散らしている。
孤独な若者たちに捧げられた曲『Midnight Legend』は大のお気に入りだ。
最新アルバム『Endure』(タイトルがいかにも彼ららしい!!)の最後で彼らはこう締めくくる。
 “The end of the world is just a destination
I had to grow to love
Yes and now I know I’m not unworthy of love”
僕らは愛に値しない人間ではない。
Special Interestが起こす革命をリアルタイムで追いかけられる僕らはツイている。

Queer × Punk
最強 × 最愛 の組み合わせ。
ここで、PUNKミュージック大好き人間の自分から、オススメのプレイリストを贈ろう。

Buzzcocks『Singles Going Steady』(1979)

Soft Cell『Non-Stop Erotic Cabaret』(1981)

THUS LOVE『Memorial』(2022)

Special Interest『Endure』(2022)

Queerness全開のアルバムたちだ。
いつの時代も、Queerのアーティストたちは自身のリアルを表現しようと闘ってきた。
時代の価値観が変わるように、表現方法も進化していく。
こういうことを考えている時が一番楽しいんだな(笑)

さて、ジャンルに捉われず、新たな音楽シーンを確立していこうとするアーティストの自由な生き方に触れられたところで、本題へ。

Queerの若者なら、一度は家族との関係について悩んだ経験があるかもしれない。
友人や付き合う人は選べるけど、家族だとそうはいかないから。
あまり関係がよくなくて一人暮らしをしていても、年末年始くらいは実家に帰る、みたいな人は結構いるのではないだろうか。
家族間の様々な課題については今後ミーティングで特集を組み、じっくり語る予定だが、今回は緊急性の高い問題についてぜひ相談しておきたいと思い、このテーマを選んだ。

前半は実家で過ごす時の悩みや不安について。
家族はもちろん、年末年始は親戚との付き合いがあったり、地元で久しぶりに同級生と再会したり。
普段ほとんど関わらない人たちと会ったとき、どんな言動が飛び出してくるかわからない。

①ミスジェンダリング

自身のジェンダー・アイデンティティをカミングアウトしていなければ、確実にやってくるこの問題。
たとえ家族の一人には伝えてある場合でも、別の人には伝えてないから、かえって状況がややこしくなることも。
僕らは誰かの息子 or 娘、兄・弟 or 姉・妹を演じる。
「(女の子なんだから)家事手伝って」
「(男の子なんだから)重い物運んで」
期待されたジェンダー規範に沿う振る舞いをする。
24時間ずっと別の誰かになりきるというのは、なかなかのストレスだ。
せっかくのホリデー・シーズンなのに。

②アンコンシャス・バイアス

「彼氏/彼女はできた?」
「結婚しないの?」
リビングでさりげなく放たれる異性愛規範、恋愛至上主義。
「ゲイの人ってみんな〇〇なのかな?」
「トランスジェンダーの人っていつもあんな感じだよね」
テレビのバラエティ番組を見ながら飛び出す偏見。
特定のマイノリティ集団に対して、存在しない前提で話すこと、あるいは一括りにして語ることはマイクロアグレッションだ。
ミスジェンダリングは自分がカミングアウトしていないから仕方ないと(本当はそうじゃないんだけど)割り切れても、Queerコミュニティへの偏見は無視できない。
個人ではなく、コミュニティ全体に向けられた見えにくい嫌悪感は、確実に社会に影響を与えるから。
同じマイノリティ性を持つ仲間に危機をもたらすかもしれないというのに、それでも今、ここで本音を押し殺さないといけないのだろうか……?

③多様なマイノリティへの差別的言動

容姿をネタにすること。
年齢をネタにすること。
ミックスルーツの人の日本語をネタにすること。
マイノリティや何か周りと違った特性を持つ人に対して、強い拒否感を示す人たちはいる。
日本社会にそういう風潮がある。
自身の不安や恐怖を隠したいのか、もしくはただ無知を証明したいだけなのか、アイデンティティをネタとして消費するような光景には度々遭遇して、拭えない違和感だけが残る。
そして、そんな瞬間はたいてい自然な形でやってくるから、とっさの反応ができず、何も指摘できなかった罪悪感だけが残る。
穏やかに過ごしたかった年末。
前向きな気分で迎えたかった新年。
家族の幸せな雰囲気を壊したくないと沈黙を貫いた結果、自分の心には小さなヒビが入った。

後半はメンタルヘルスケアについて。
抑圧的な環境で過ごせば、誰だってストレスが溜まる。
上手に解消できる方法を共有していこう。

①本音を吐き出せる場所を用意しておく

本当は直接相手に言いたかった、でもいろんな理由で言えなかったこと、一つ一つ溜め込んでいたら破裂してしまう。
だから、キャパオーバーになる前に吐き出す必要がある。
・日記やスマホのメモ帳に書き出す (自分は“ジャーナリング”という言葉を最近知りました)
・信頼できる人に話す
・安全なQueerコミュニティで語る
それぞれに合った方法でOK。
とにかく負の感情をこれ以上増幅させないことが大切だ。

②即効性のあるアイテムを持ち歩く

メンタルヘルスケアって時間をかけて自分のペースで行いたいものだけど、常に家族や親戚がいる状況ではなかなか難しいよね。
そこで、すぐにできる、いわば応急処置的な方法を準備しておこう。
・音楽
→できれば音楽プレイヤーを使って聴いてほしいけど、頭の中で再生するだけでもいい。自分は「不安を感じたらこれ」「鬱っぽくなったらこれ」「絶望的な気分ならこれ」……と落ち込みレベルに合わせたプレイリストを作ってある。
・詩
→好きな小説や詩集のお気に入りの表現をメモしておこう。暗記できる人は頭の中の引き出しにしまっておいてもいい。イマジナリーフレンドに話しかけてもらうような感覚で、頭の中で唱えたら落ち着くはず。自分の場合、サルトルやヴァージニア・ウルフがよく語りかけてくれます(笑)
・画像
→視覚的なものの方がリラックスできる人もいるかな? そんな人は景色やアート、推しの写真なんかをフォルダに保存しておいて、パニックになったら見て冷静さを取り戻そう。
・薬
→キツくなったら、医療に頼ろう。不安なら、外出するときは病院で処方された薬をお守り代わりに持ち歩くといい。自分も必ず精神安定剤をバッグに入れているよ。

③一人になれる時間を確保する

実家に帰省し、精神的にぐったりして戻ってきた後、またすぐに学校や仕事となると、体がもたない。
忙しい日々が始まる前に、落ち着いて過ごせる時間を意識してつくろう。
そこでは趣味や好きなことに時間を費やしたり、リラックスできる場所に気分転換しに行ったり、ただぼーっと過ごすのでもいい。
散乱した思考に引きずられずに済むように、一度、頭の中をリセットできるような工夫をしよう。
特に今の季節は寒いから、室内にいる時でも体を温めることを忘れないでね。

ミーティング中、メンバーの方と実家あるあるを共有したり、おすすめのメンタルヘルスケア法を紹介し合うことで、心が軽くなったみたいだ。
おかげで、今年の年末はいつもより帰省へのプレッシャーが減った気がする。
印象的だったのは、メンバーの方がご家族との何気ない会話について話されていた時。
体験の内容そのものより、その思い出に向けるまなざし、その瞬間に光を当てる様子。
相手にどの程度の偏見があるか分からないから他者への観察力が増すのだけど、Queerゆえに勝手に育ってしまったその能力を、相手との些細なエピソードを大切にする理由として上手に扱っているメンバーの方、素敵すぎます……!!
聴いていて、こちらまでほっこりしたよ。

Queerの若者にとって、家族は大きな存在であり、だからこそ悩みの種にもなりうる。
カミングアウトしていてもしていなくても、難しい関係性だ。
自分が絶対にできないな、と思うのはおばあちゃんとジェンダー・アイデンティティの話をすること。
親にLGBTQ+の話をしたら発狂されるだけで済むかもしれないけど、おばあちゃんに「ノンバイナリーだ」と伝えでもしたら、親から殴られるんじゃないかって思うよ。文字通り。
相手の心を掻き乱すようなことが許せない人たちなんだ。
もうすでに、精神疾患がある、ということだけで家族の笑いものにされているし、「これ以上迷惑かけるな!!」って怒鳴られる光景が目に浮かぶ。
でも、これは特別なことじゃなくて、保守的な田舎では割とよくある話だとも思っているんだ。
そうじゃなかったら、もっとたくさんQueerの若者と出会っているはずだし、差別発言をしたLGBTQ+嫌悪の政治家が当選し続けたりしないはずだよ。

自身の現実に落胆しながら、同時に、彼らに思いを馳せる。
様々な理由で実家に帰れない人たちだ。
Queerであることを隠しきれず、家を追い出されてしまった人。
暴力を受ける危険があるから、家に戻れない人。
“ホーム”と呼べる場所がない人。
家に帰ることが許されている自分はまだラッキーな方かもしれない。
彼らはクリスマスカラーに色づいた街を遠目に眺めながら、何を思っているのだろう。

ミーティングの前日、YUNGBLUDの音楽をランダム再生していると、久しぶりに聴いたある曲が引っかかる。
YUNGBLUDはQueerのポップ・パンクアーティストであり、LGBTQ+コミュニティの若者たちを全力でサポートする、自分にとっては語り尽くせないほど特別な存在だ。
『Parents』
若い世代の一人として、親世代へ向けた怒りや反抗を歌ったこの曲は、今回のミーティングのテーマにぴったりな気がした。
曲全体を通して過激な表現が並び、とてもじゃないが直訳はここには書けない(笑)
歌詞の中では多様なセクシュアリティについて理解のない親を批判し、考え方が古くて分かり合えないと言い放つ。
そして最後にこんなメッセージを投げる。

My high hopes are getting low
But I know I'll never be alone
It's alright, we'll survive
'Cause parents ain't always right

これ、疲れている時なんかに聴くと、泣きそうになるんだよな。
混乱した時代に生まれてしまったせいで、希望も消えそうだけど、それでも大丈夫だ。
僕らは生き延びる。
だって、親たちがいつも正しいとは限らないから。


最後に、ロック好きにはたまらない映画『School of Rock』(2003)から、お気に入りのセリフを。

「君たちは焦って大切なことを忘ている。
“音楽”ってやつさ」

今後、家族との関係でパニックになったり、全てを投げ出したくなるほど苦痛を感じることがあるかもしれない。
そんなときは、思い出してほしい。
何があっても、Queerの音楽は君の味方だ。



読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは【Club with S】運営メンバーがジェンダー論を学ぶ学費(主に書籍代)に使わせていただきます。