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病院通いが好きなわけ。

病院に行った時のこと。

診察を終えてる会計をしようと受付近くで待機していたら、受付のおば嬢は電話を受けたところだった。

電話が終わるまで少し待とうとしていたら、悪気なく会話を聞いてしまうことになる。

「うん、どうした⁉️うん、うん、」と受付おば嬢。

コロナ禍から掛かっている病院なので、その受付おば嬢は目元しか知らない。普通ならばちょっとキツい目だけれど、私が困っている風に受付前にいると、さっきの電話の時の様に「どうした❓」と言う感じの優しい目になる。

電話をかけて来たのが、自分の子供だったのか、スタッフの子供だったのか、子供の患者だったのか、老いて子供に戻ってしまった患者だったのかは分からないけど、私が困ってる悩んでる時の眼差しの優しい感じだったので、キツ目の目をしてる彼女は自分の子供にはこんな優しい声で話すんだろうと電話が終わるのを待ちながら感じてた。

「毒親」な私の母は、道で私と出会っても目を逸らした。家に電話した時に母親が出て、名乗らずに放し始めたら「あんた、誰⁉️」と言った。改めて名乗って要件を話すと、黙って電話を切られた。

ガチャって音の冷たかったこと。

たぶん、たぶんだけど、ほぼ世の中の母親は自分の子供の味方だと思う。間違った方向へ行ったとしたら厳しさの中に優しさを秘めて、正しい方向へ導こうとすると思う。

バイト先のスーパーで、母子を見るだけで、胸が痛くなる。

私の母は、ただただ冷たかった。

キツい目をした受付おば嬢は、時どき本当に冷たい目をしてるけど、肝心な時には優しい目をしてくれる。

甘え足りないまま大人になってしまった私は、そんな母親の優しい目をして見てくれることに飢えている。

優しい目で見つめられている人に嫉妬する。苦しいってば。





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