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Back to the world_016/3mの大魚

 純はこの日のベンチでのやりとりをまたいつか思い出すのだろうと思いながら喋り出した。
「それで…やっぱり同じ頃だったと思うんだけど、こっちに遊びに来てた時にさ、俺、でかい魚を見たんだよ。
それ、父親と車で走っててなんか偶然みつけた池なんだよね。
市内だと思うんだけどさ、そういうトコ聞いたことない?池か堤かーー?でかいのが泳いでるの、何匹か」

「なんだろう?それってどのくらい大きいのかな?」
「3…いや、4mぐらいかな?」
「4mぅ?!」
「うん、1mとかじゃなくて3、4mってのがすごく不思議なんだよ。何だったのかな、あれ」

「飼われてたのかな?」
「わからない、池っぽいところにいた」
「俺が前に別府で見たピラルクはでかかったよ」
「いや、普通のコイみたいな、普通の魚の形なんだよ、黒っぽいかな。それに俺、ピラルクはディズニーのドキュメンタリーで見て、絶対違うと思ったんだよ。
もしかしたら俺がちっちゃかったから大きく見えたってのはあると思う。でも3mぐらいかな?」
「九州でチョウザメの養殖が始まったって新聞に出てたけど、あれは特徴的な魚だもんね」
「3m…3mっていうとなあ。やっぱりちびっこから見たでかいコイなんじゃないの?」
「コイ…ああ、いやあ…」
純はそうじゃない、と思いながらもだんだん自分の中で勢いが弱くなって行くのを感じた。

「3mかあ…3mねえ…」
佐内には『3m』という響きがリアリティを損なって聞こえたらしい。瞬く間に興味を失っていき、立ち上がって伸びをした。
「缶コーヒー買おっかな」

「タキタロウみたいな未知の魚だったらいいよね」
「そうなんだよ!俺、そう思ってんだよね」

「ああ、『釣りキチ三平』ね、あの回おもろかったね」
佐内は振り向いてそう言うと、壁際にある自販機へ向かって行った。

「うーん、不確かな記憶だからなあ。俺、夢とごっちゃになったのかも、うん。
まあ、それについては夢でも記憶違いでもいいんだ。もしかしたらなんか情報がないかなと思ってさ」
「なるほど」
ショーグンは穏やかに純をみつめていたが、表情を変えずに言葉を継いだ。
「実際あった記録か、あるいは真実に基づいた世の中の記録とつながった瞬間なのかーー」

「え」
純が聞き返した時、戻って来た佐内が大きな動きでベンチに腰を下ろすと、缶コーヒーを開けてそのプルタブを小指に通した。
「ふうーー」
すでに集中力が切れたらしくだるそうに缶コーヒーを飲みながら、自販機の奥にいた商業高校の女子たちを目で追っている。
純は今日一番のメインディッシュに据えたつもりの話が空中分解したようで少し残念に思った。

 ちょうどその時坂下と、隣のクラスの高堀たち数人が騒がしく純たちのそばを通り過ぎた。商業の女子たちを意識しつつ、わざと下品に笑いながらトイレへ連れ立って行く。何やら面白い事をやってやったぜ、とでも言っているようだった。

「甘い!」
コーヒーを飲み干した佐内が小指のプルトップを外してちゃりん、と缶の中に落とした。■


とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。