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【ホラー小説】黒衣聖母の棺(11)

(同一テーマで、ミステリ仕立てにした小説を公開中です。「【密室殺人】黒衣の聖母」) 

(あらすじ)豊後の国が大友氏の領地だった時代、沖にある馬飼い島(魔界島)に、異国の難破船が漂着する。島に立ち寄っていた十兵衛は、血抜きされたような異様な乗組員の遺体を検分した。
 そのころ島の娘、いさなは自分だけが知っていた洞窟で、異人の男に出会い、その男が守っていた棺のなかに、黒衣の少女を見た。
 府内で宣教師に育てられ、受洗してジョアンという名を授かった久次郎は、浜長(はまおさ)のトヨに呼び出された。トヨは秘かに生き残りの異人を匿っていた。彼女は難病の孫を救うため、異人の信仰する異教にすがろうとし、久次郎に助力を求めた。
 トヨに呼び出されて、その屋敷に参じる久次郎と十兵衛は、扉に心張り棒を噛ましてあった蔵の中で、こときれているトヨを発見した。
 府内から破船の検分のため、代官田原宗悦らの一行が島に到着した。
 久次郎や十兵衛も駆り出され難破船に乗り込んだ結果、生き残りはいなかった。十兵衛は船内で、黒い聖母の異様な気配を感じ取った。
 代官田原宗悦は、抜け穴の存在を知っていた仙吉をトヨ殺しの下手人として牢に繋いだ。十兵衛はトヨの邪教の根を探るため、招福寺を訪ねて白蓮の弟である義圓に出会う。
 台風が迫るなか、白蓮は浜長の屋敷から黒衣聖母の棺を強奪し、島の山頂にある城跡に運んで調伏の儀式を始める。白蓮は逆に、聖母に取り憑いた魔物の餌食になる。聖水の力でなんとか魔物を退けた十兵衛と久次郎。
 翌朝、難破船の帆柱が折れるのを見張りが目撃する。十兵衛を入れた一行が難破船の検分を行い、帆柱に白蓮の遺骸が吊されているのを確認した。
 島人を扇動して浜長の屋敷に押しかけた義圓を、検分吏は武力で鎮圧する。
 いっぽう十兵衛は、さるふぃあが処方した薬は阿片であることを見抜き、いっとき快癒した茂作が急逝した理由を解き明かしてみせた。
 義圓にそそのかされた村人たちが、異人の引き渡しを求めて浜長の屋敷に押し寄せてきた。異人はすでに脱出していたため、引き渡しを拒む検分吏ら屋敷内の人々と、村人の争乱に発展する。
 村人が使う弩弓によって籠城した人々は窮地に立つが、牢抜けをした仙吉によって助けられる。さらに十兵衛が種子島筒(鉄砲)により、首謀者の義圓を狙撃したため、村人勢は崩れ去った。
 さるふぃが短艇で破船に向かったのを見た久次郎と十兵衛は、再び破船に乗り込む。短艇を漕いでいたのはいさなで、破船にしのび込んでいた義圓に毒剣で刺されてしまう。
 さるふぃは義圓を葬り、残っていた火薬を使って破船もろとも海に沈んだ。
 瀕死のいさなを、久次郎の教会へ運び込んだ十兵衛は、彼女から混血であるという秘密を聞く。混血児のいさなを、十兵衛は美しいと言った。

(見出し画像は、José Manuel de LaáによるPixabayからの画像)

(承前)
ふと阿片の薬包が懐にあるのに気づいた。
 せめて、この痛みを除いてやれたら。そう思い、懐紙に阿片の粉を巻いて火を付けた。
 煙があがり、うっすらと気が散じるような思いがする。いさなを見ると目を閉じ、苦痛に耐えているように見えた。

 昼間というのに、部屋が薄暗い。風雨の音が遠ざかってゆく。
 おかしい。
 そう思ったとき、片隅にぼんやりと浮かぶ影に気づいた。これは。阿片が見せる幻か?

「何をしに参られた? 聖母殿。そも汝は先ほどさるふぃと共に沈んだのではなかったか」
「我が子よ」
 黒衣の聖母が言った。異国の言葉だったが、意味は頭に入ってきた。
「ぬしが我を願ったであろうに」

 かつて、十兵衛はいさなに語ったことがある。「何のために、我らは遺骸を埋葬するのか?」
 土葬の場合は四肢を括り、動けぬようにするのはなぜか?
 いにしえ西行法師ですら犯した、死者を蘇らせたいとの愚。死が身近だった昔の人々は、魂の抜けた人の殻が闇の眷属に利用されやすいことを知っていた。

「サルフィアが妻女、ロザリアの姿を借りたのは、魂が抜けたその亡骸を宿り木としたがため。我らは本来汝らが知らぬ異形のもの。
 かりそめに、なじみあるこの姿をとりましたが、依り代なき今この姿でいられるのは短い時間でしかありませぬ」

 依り代がなくば、長く人の形を保っていることができぬ、という。
「城跡(ぐすく)では世話になった」
 十兵衛が答える。
「あの場での野蛮なふるまいは詫びましょう。依り代に憑いているときは、より多くの生き血が必要なので、獣の性が強く出てしまうのです」

 十兵衛は死に瀕しているいさなを指して言った。
「この者の血をくれてやろう。汝らの一族に加えてやって欲しい」
 瀕死のいさなを救うには、これしかなかった。
「抜け目のない男。我が眷属になればどうなるか知っているのですか?」
 十兵衛は苦渋の表情を見せる。

「陽の下にて、人として生きる道はなくなります」
 承知!
 十兵衛はいさなが首につけたくるすをはぎ取った。

 半刻ほどののち、礼拝堂に戻った久次郎は、聖母の棺にいさなを収める十兵衛を見た。
「亡くなられたのか?」
 十兵衛はあいまいに頷いた。

「いさなは我が信者じゃ。戻しの儀(葬儀)を行わねば」
 無用じゃ。十兵衛は断った。
 いぶかしげな顔をする久次郎に、府内に縁者がおるらしい。そちらに亡骸を送るように言われた。当人の意思じゃ。と告げる。
 なおも不審な表情をする久次郎に、十兵衛は信者の手を借りたい、と頼んだ。
 脳裏には、聖母とのやりとりが浮かんでいた。

「必ず蘇るとは限りませぬぞえ」
 聖母の姿をした異形は、口を血で染めたまま言った。
「そのときは諦めよう。よくぞ我が願いを聞き入れてくれた」
「高くつきますよ」

 聖母は悪意ある笑みを浮かべた。
「この命でよければくれてやろう」
「そなたを害するつもりはありませぬ。そなたの願いを聞いた代わりに、我が望みを聴いてたも」
「意外なことを。儂ごときが汝の願いを叶えることができようかの?」

「我は憎き仇を探して参りました」
 仇? 十兵衛は反芻した。
 この魔物に仇なす者がいたということか?
 その者は法皇たる地位の家系にありながら、我を罠に掛け、我が魔力にて死後に生まれ変わることを望んだのです。

「その者をば、見つけ出して欲しい」
「南蛮の公卿の魂が、この日の本の國にて蘇ると申すか?」
 十兵衛は驚いた。
「闇の眷属を手玉に取るとは、その者たいしたものじゃな」
 突然、あたりが闇に閉ざされ、獣の咆吼が響いた様に感じた。人外のものに怒りのような感情があるとすれば、このようになるのか?

「蘇ったその者を探し出して、いかがいたす?」
「その者は今生の定めの埒外の者。疾く殺めて欲しいのじゃ」
「何故、自らやらぬ?」
「我ら闇の眷属は、陽が射すうちは隠れておらねばならず」
n行動が限られるという。
 さらに粘り着くような感情の一端を現し、「我らが直截手を下さば、その魂は切れ切れになってしまいます。その者の魂には、永遠に続く苦しみを与えねば気がすみませぬ」

「よほど、その者に怨嗟があるようじゃな」
 十兵衛は、魔物にも人と似たような感情があることにおかしみを覚えた。
「どうやって、その者を探し出す?」
「人の本性は変わらぬもの。転生したその者は、前世と同じ生き様を繰り返すでしょう。それを見極めて欲しいのじゃ」

「儂はその者を知らぬぞ」
 言葉が終わらぬうちに、ひとつの記憶のようなものが頭の中に忍び込んできた。

 華やかな楽の音。葡萄酒の香。絹の光沢。宝石の煌めき。贅を尽くした装飾を施された大広間の正面には、赤い牛の紋章。
 異国の美しき品々に囲まれて美麗な椅子に座るひとりの老人。すべてを手に入れた者特有の予習ある笑みに包まれた僧侶の王。

 しかしそれよりもなお華やかなのは、中央で舞う男女。彼の美しき息子と娘。
 周囲のささやき声、異国の言葉 ――しかし意味はわかる―― が耳朶を打つ。
 彼のバレンシア公は、本来の継承者である実の弟を害して、武門の地位を手に入れ、美貌の妹を政略の具としてのし上がった男だ。

 別の声が囁く。
 彼の軍は、常の兵と異なり、略奪を行わず軍律に厳しい。彼の軍門に降ったのはむしろ幸いであったわ。
 さらに別の声が言う。
 その性冷酷にして非情。秘薬カンタレッラと謀略によって敵をなきものにし、父君である異端の法皇の魔術で皆を惑わしている。
 そも法皇の庶子とはなんぞ。ありえぬ。悪魔の子よ。

 彼こそは兵制の改革者にして社会を変えし者。
 その性、残酷にして慈悲深く、略奪が常なるに兵に私略を赦さず民に平和をもたらした指導者。

 広間に展示された、セサル・ボレハ(チェーザレ・ボルジア(Cesare Borgia))とその美しき妹、ルクレッツァ・ボレハ(ルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia))のプレートの入った彫刻。その彫刻よりも実物は一段と美しい。

 不意に怒りの奔流が回りを包む。
 約に背いて魂を差し出さず、逆に我を罠に嵌めて転生の儀式を行いし者よ。
 いかに転生を繰り返そうとも、必ずや見つけ出してみせようぞ。我を欺いたことを後悔させてやろうぞ。

 十兵衛は身震いした。
「これは・・・・・・」記憶はまだ生々しく脳裏に留まっている。「これは、異国にて実際にあったことなのじゃな」
 聖母は人の仕草で頷いた。
「ぼるじあ、とは南蛮の僧侶、武将にして公卿の家系か?」

 見たこともない華やかな色彩の宮殿や衣装に圧倒されていた。
 しかしそれ以上に美しく気品がある冷酷なる魔王のごとき武将、美貌の姫君に心を奪われていた。
 この家系に連なる者が汝を罠に掛け、魔力を利用して死後の転生を為した。
 その生まれ変わりが本朝にて出現する。その者はまた同じ生き様を繰り返す。

「それを儂が見出し、天誅を下せ、と申さるるか?」
「ただで、とは申しませぬ。汝の願いも叶えてしんぜましょう」
 十兵衛は考えた。
 そも、己の願いは何か? 仕官すること。そして己が家を再興する。いや、そのようなちっぽけな器ではないぞ。

 十兵衛は自戒する。これは黒衣聖母の罠だ。
 いや、南蛮の公卿はこの魔物を利用したというではないか。己が器量ならば、これを逆手にとって利用することができよう。
 そう考えること自体、すでに相手の術中にあることに彼は気づかない

「天下が欲しいのう」
 聖母の赤い唇から、甘い吐息が十兵衛の顔にかかる。
 指先を切り、それを聖母の赤い口元に差し出す。
「血盟じゃ」
 黒き聖母はそれを嘗めた。

「そなたは、天下をその手に治めるでしょう」限りなき慈悲と悪意を含んだ微笑を浮かべながら囁く。「明智十兵衛光秀殿」

 翌日、村からふたりのよそ者が廻船に乗って姿を消した。

 十兵衛光秀はいさなを治めた棺を久次郎の信者に運んでもらい、廻船に持ち込んだ。
 ぱーどれ、久次郎自身も同じ廻船で府内へと向かった。

 ふらんしす上人こと、フランシスコ・ザビエルの遺骸は保存処置がされ、左腕はローマの教会で見ることができる。誰がその術を施したのか、公開されている宗門の記録においてもつまびらかにされていない。

 名もなき乗組員が書き留めた航海日誌、最後の頁

 ああ、かみさま
 地獄のほのおが見える


次回完結

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