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【エッセイ】マジシャンはミステリーと相性がいい!

 手先が不器用な私ですが、技術を伴わないマジック、誰でもできるような簡単なトリックは大好きです。
 エンターテインメント作品には、マジック・手品のトリックをうまく取り込んだ作品があります。映画や小説で、そうした趣向がどのように取り入れられているか、ご紹介していきます。
 本筋のネタばれはしないよう心がけましたが、小技の部分で少し内容にも立ち入ってますので、ご容赦ください。

映画「グランドイリュージョン」の冒頭にびっくり!

  2013年の米国映画「グランド・イリュージョン」は、マジックのテイストがふんだんに取り入れられたミステリ映画。

 四人の売れないストリート・マジシャンが、伝説の存在「アイ」の導きによって、テレポーテーションなどを使った不可能犯罪に挑む。
 それを追うFBI捜査官との闘い、という構図だ。

 冒頭、主人公のアトラスが見せるストリート・マジックが見物。
 お客さんに向かってトランプをぱらぱらとめくって見せ、一枚覚えてください、と言う。
 カメラがお客さんの視点になるので、観客自身がカードを選ぶような目線になる。
 そしてアトラスが、「あなたが覚えたカードを当てて見せよう」と言うとバックのビルの窓の灯りが、カードの数字になるという趣向。

 私が驚いたのは、そこに映し出されたカードが、まさに自分自身が心の中で選んだ数字だったからだ。
 数字当てには選んだカードに目印を付ける方法と、「フォース」という方法がある。フォースとは、観客が自由意志で選んだように思わせて、実は強制的に特定のカードを選ばせるトリック。
 トリックは簡単(手技は超難しい)だけど自分自身が映画に参加し、幻惑されるようなこの演出は、巧みだと思った。格闘シーンにも工夫があり、また他のマジックもトリックに取り入れられている。

 インターポール捜査官役のメラニー・ロランがキュートで、一見の価値あり。U-NEXTの配信や、TSUTAYAのDVDレンタルで見ることができる。

J・D・カーのために古書巡り

 日本のミステリ作家にも、「霊媒探偵・城塚翡翠」の相沢 沙呼や直木賞作家の泡坂妻夫のような、プロはだしのマジシャンがいる。
 しかし世界に目を向けると、なんと言っても不可能犯罪、密室トリックの大御所ジョン・ディクスン・カーでしょう。

 今でこそカーの作品は文庫でもたやすく入手できるようになった。しかしかつては版権をもっていたハヤカワのミステリシリーズ、銀背といわれた一群の傑作が、絶版のため入手困難の見本だった。
 私など学生時代、京都の古書店街に足を運んでカーの「ユダの窓」を見つけたときは、気絶しそうになったものだ。

 短編でも「新透明人間」(不可能犯罪捜査課 創元推理文庫―カー短編全集 1)に使われるトリックは、先のグランド・イリュージョンにも登場する。
 リアリティ派には好かれないかもしれないが、ある意味バカげたトリックに大まじめに取り組むセンスは、嫌いじゃない。

 マジックのトリックはミステリ小説と相性がいいようだ。

海外ドラマ「メンタリスト」

 メンタリストというと、日本ではちょっとお騒がせのDaiGoのことだが、彼のパフォーマンスはメンタル・トリックというより手品寄り。

 紹介するのは、米国CBSで2008~2015年に放映されていた、犯罪捜査ドラマ。
 CBI(カリフォルニア州捜査局:この名前の組織は実在するがフィクションとは異なる)の捜査コンサルタントであるパトリック・ジェーン(サイモン・ベーカー)が主人公。
 元インチキ霊能者のジェーンが、メンタル・トリックを駆使してさまざまな犯罪者をあぶり出す。軽妙なテイストだが、ジェーンにはかつて連続殺人鬼レッド・ジョンを挑発して家族を惨殺された、という重い過去もあって物語の縦軸になっている。

 海外ドラマは第1話か、パイロット・フィルムに力を入れてエッセンスを閉じ込めているので、自分と相性がいいかどうかも1話目をみればわかる。
 ジェーンは捜査にもメンタル・トリックや催眠術やマジックを使うが、注目するのは1話のラスト。

 ジェーンの活躍で犯人は捕まるが、捜査チームは彼のスタンド・プレーに翻弄された形で、皆カンカン。
 特に上司である女刑事テレサ・リズボンは、怒ってつっけんどんな対応をとる。ジェーンは彼女に謝って、その机の上にプレゼント!とカエルの折り紙を置く。
「なにこれ、こんなモノでごまかされないわよ!」
 次の瞬間、折り紙のカエルが跳ねてリズボンが思わず悲鳴を上げ、苦笑いとともにエンディングといった運び。

 他愛のないエピソードだが、実はこのような折り紙は実在しない(段ボールと輪ゴムで似たようなのは作れる)。
 器用でガジェット好きな日本人なら、このような折り方を開発しててもおかしくない、という思い込みを利用した、これまたメンタル・マジックなのだ。

 やんちゃな弟と面倒見のいいお姉さんといった関係性だった、ジェーンとリズボンの仲がどうなるか、も見所。
 ハピエン厨は、シリーズ・ラストに感涙もの。Netflixの配信またはTSUTAYAのDVDレンタルでどうぞ。

叙述のマジック、レイ・ブラッドベリ

 最後は叙述のマジック、レイ・ブラッドベリのショートショートをご紹介(ネタバレなし、と言いましたが、これは奇抜なオチが味わいどころではないので、ラストにも触れます)。
 叙述のトリックと言えば、一時期流行ったミステリの手法だが、これはまた別。

「ある恋の話」(「とうに夜半を過ぎて」河出文庫)
 米国のとある田舎町の中学校に、若い女の先生が赴任してくる。主人公のボブは14歳で、この学校のやんちゃな生徒。
 女性教師アンの描写は、小笠原豊樹さんの訳ではこんな感じ「・・・冬の雪の中に置かれた夏の桃であり、六月上旬の蒸し暑い朝、オートミールにかける冷たいミルクだった。」

 そう、これは男の子と女先生の淡い初恋譚。と言っても、ただ1回ピクニックに行くだけ。それきりボブは引っ越して、故郷の町に帰ってくるのは一六年後に妻を伴って、のことだ。
 ボブは妻をホテルに残して、初恋の先生の消息を尋ねるが、彼女はボブが町を離れてからすぐに亡くなっていた。彼女の墓前で、ボブはこう話しかける。「先生、ぼくのほうが年上になりましたね」

 そのあとに、ボブが伴った奥さんの描写が出てくるのだが、これが巧みな表現で、冒頭のアン先生の描写と重なるのだ。
 理詰めに考えれば、少年が初恋の先生と離れたのち成人し、かつての先生に似た女性と結婚した。ただそれだけの事。
 だから、この話の初訳は「よくある話」だったと思う。
 ただ描写の巧みさと、短いストーリーにちりばめられた伏線の効果で、まるで先生が転生したかのような錯覚に陥ってしまう。

 今流行りの転生譚なのだが、言葉やセリフで説明するのではなく、描写だけでここまで読者を操るのは、マジックの領域だ。


 むかしはパソコンなどはなく、文章は20×20の原稿用紙に手書きで書いていました。
 大きな修正は効かないし、指や手首が痛くなったものです。

 20×20だと、実際に本などの文字組と異なるので違和感があります。
 そこで私は、このブラッドベリの小話をなんども原稿用紙に書き写して、エピソードの間合いのようなものを勉強したことがあります。
 それによって、文章がうまくなったわけではないですけどね。

#エッセイ #マジック #グランドイリュージョン #メンタリスト #レイブラッドベリ

 

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