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【小説】陽羽の夢見るコトモノは

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ある日突然自宅が神殿になってしまったら。いつも通りアルバイトに行くしかないじゃないの。神さまとの、穏やかな日常生活のお話、なのかな?
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【新連載】陽羽の夢見るコトモノは(1)

【新連載】陽羽の夢見るコトモノは(1)

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陽羽はこの日も機嫌がいい。たまたま入ったモスで注文したポテトSサイズの中に、陽羽の中指より長い一本が入っていた。それだけではない。オニポテの衣が、実に絶妙な揚げ加減だった。

中指より長いポテトを一口食べる。まだ三分の二くらい残っている。それだけで、陽羽の心の中に埋め込まれたセンサーは、喜びを表すごとく七色に輝く。

陽羽はモスのガラス窓から外を見る。口もとをもぐもぐさせた自分が映って、思

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陽羽の夢見るコトモノは(2)

陽羽の夢見るコトモノは(2)

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(2)ブレックファースト突如現れた少女は、伊織の携えていたエコバッグの中の菓子パンに興味を示した。

「おなか、すいてるの?」

エリーゼが問うと、少女はこくんと頷いた。

「だってさ。そのパン、くれない?」

遠慮というものをまるで知らないエリーゼに気圧されて、伊織はおずおずとエコバッグを渡した。菓子パンを手にした少女は「ありがと、いおり」と礼を述べた。

(……って、ええっ?

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陽羽の夢見るコトモノは(3)

陽羽の夢見るコトモノは(3)

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(3)公園伊織が暮らすのは一人暮らし用のアパートなので、この同居が大家さんにばれたら追い出されるかもしれない、という危惧があった。

朝、ゴミ出しに行くときもエリーゼは、バリバリのパンクスタイルにピンクヘアをばっちりきめるものだから、目立つなというほうが難しかった。

「あいさつ? しといたよ」

あっけらかんとエリーゼが言う。聞けば、ゴミ置き場を掃除していた大家の遠藤洋

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陽羽の夢見るコトモノは(4)

陽羽の夢見るコトモノは(4)

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(4)差し入れ季節は夏へとまっすぐに向かっているようで、日照時間も日に日に延びていっている。初夏の新緑が徐々に濃さを増し、力強い季節へと成長しているかのようだった。

晴れたら、窓を全開にして風を入れる。まだエアコンを稼働させなくてもしのげる気候だ。ちょうど筆が乗ってきたところで、万年筆のインクが切れてしまった。伊織は「あー」と呟くと、途中まで執筆していた原稿用紙をくしゃ

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陽羽の夢見るコトモノは(5)

陽羽の夢見るコトモノは(5)

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(5)夏祭りその日、夕方から駅前の大きめの公園で夏祭りが開かれるという。当然、陽羽は「いおりと行く」と言ってきかなかった。エリーゼはカバンから財布を取り出し、千円札を伊織に手渡した。

「買い食いは、1000円まででお願い」
「ヨーヨー釣りは? 金魚すくいは?」

せがむような表情の陽羽に対し、エリーゼは首をぶんぶんと横に振った。

「含むわよ」
「ええー」
「陽羽、エリ

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陽羽の夢見るコトモノは(6)

陽羽の夢見るコトモノは(6)

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(6)再会伊織は両親の職業のことをあまり知らない。祖母に尋ねたこともあったが、よくわらない、とのことだった。何かしらの研究事業に携わっており、そのために北欧に拠点を構える機構に所属していることだけは、かろうじて知っていた。

伊織が両親の仕事についてあまり知らないことに同期するかのように、両親もまた伊織が何を目指してどのような生活を送っているかについては、無関心のようであ

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陽羽の夢見るコトモノは(7)

陽羽の夢見るコトモノは(7)

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(7)困惑喫茶店にいた客の視線が、エリーゼに集中する。エリーゼは気まずそうに、「ふん」と吐き捨てるように言った。

「ごごう……?」

陽羽が不思議そうな顔でエリーゼを見る。エリーゼは、「なんでもない」と陽羽に言い聞かせるように言ったきり、黙ってしまった。その場に、ぎくしゃくとした空気が流れる。

「そう。今は名前があるのね」

沈黙を破ったのは、伊織の母親だった。伊織は

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陽羽の夢見るコトモノは(8)

陽羽の夢見るコトモノは(8)

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(8)おまけ最寄り駅の改札まで着いたところで、陽羽は伊織のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。

「遠くへ、って言ったけど、わたし、やっぱり家に帰る」
「陽羽、私には状況が全くわからないんです。私の親と陽羽は、知り合いなんですか?」

陽羽は、めずらしく目を伏せた。電車がホームに進入する音が聞こえてくる。

「どうせ逃げ切れない。だったら、一秒でも長く、いおりのことを覚えていたい

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陽羽の夢見るコトモノは(9)

陽羽の夢見るコトモノは(9)

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(9)プロジェクト・パラケルスス伊織は買い物に行くと偽って、両親の泊まっているビジネスホテルを訪ねた。ビジネスホテルといっても広めのロビーがあったので、フロントに呼び出してもらい、伊織は硬めのソファに腰かけた。

時刻にして午後十時過ぎ、街はすっかり寝支度に入る頃合いである。

「伊織、来てくれたのね」

母親が、やってくるなり嬉しそうに言った。

「日本は、ロビーじゃタ

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陽羽の夢見るコトモノは(10)

陽羽の夢見るコトモノは(10)

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(10)ごめんなさい「いおり、すきなことは、続けたほうがいいよ」
「陽羽、どうしたんですか」
「すき、な、ことは、つづけ、たほう、が――」

やがて陽羽は口をぱくぱくとさせて、そのまま黙ってしまった。

「エリーゼ、何があったんですか」

伊織の問いかけに、しかしエリーゼは答えない。遠藤さんが、温めたタオルで陽羽の頬を拭いてやると、「可哀想に」と言った。

「陽羽ちゃんは

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陽羽の夢見るコトモノは(11)

陽羽の夢見るコトモノは(11)

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(11)宝石まだ、なんとなくなんだけれど、それでもわかったことがある。わかったというより、痛感したことというべきか。

どうでもいいこととそうではない大切なことを、私はちゃんと仕分けておく必要があるということ。

「Project Paracelsus」から届いた封書を確認して、つくづくそう考えさせられた。内容の趣旨は、私をパラケルスス機構のメンバーに招待したい、というも

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陽羽の夢見るコトモノは(12)

陽羽の夢見るコトモノは(12)

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(12)リメンバー過思考症候群<overthinking syndrome>
DSM-13に初出。その症状を発見或いは定義したのはスイス人の医師、ハンス・フォン・ホーエンハイムである。不安神経症の一種に位置付けられ、症例の多くは投薬による「思考抑制」により改善可能。早期発見が重要なのは他の疾病と同様であるが、医療的介入が遅れた場合(しばしば高齢者である)、徹底した管理下に置

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