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黄昏のアポカリプス プロローグ



はじめに

この作品は、フランス語学校に通っていた際の課題として提出した小説に
加筆修正を加えたものです。ご興味がありましたら、ぜひ。
(詳しくはこちらの記事をどうぞ。→ノートに書かれた言葉は消えない。)

あらすじ

2030年以降、先進諸国では人体へのマイクロチップの挿入が法律により義務付けられていた。
犯罪率の激減、豊かで便利な生活。一見すると完璧なシステムに見えた。
しかし2050年、アポカリプスと呼ばれるコンピューターウィルスが発生し、
世界中がその脅威に晒されることになる。
片桐あきらは叔母の住むフランスに避難することになる。
フランスでの美しい生活と、日本に残した両親への想いで少年の心は揺れるのだが…。


本編 プロローグ



Chapter 1.  

プロローグ 

 2046年 東京
 直径2mm、長さ12mmの円筒形をした小さな物体。米粒よりすこし大きいくらいで、バイオポリマーというプラスチックに似た天然素材で包まれている。シリアルナンバーはAK.198420380219。それが生後まもなくあきらの手の甲に埋め込まれたマイクロチップだった。
 マイクロチップはありとあらゆる情報を瞬時に記憶し、最新のデータがあきらの脳に転送される。たとえば今、彼の目の前に父親が立っているとする。すると父親に関する情報があきらの瞳に映し出される。まるでパソコンのスクリーンを眺めているみたいに。

  •  氏名 : 片桐正人かたぎりまさと

  •  生年月日 : 2008年11月24日

  •  血液型 :A型

  •  視力 : 左 1.0 / 右 0.8

  •  職業 : エンジニア

といった具合だ。

 データの操作はリモートコントローラーで手動で行うことも可能だ。手のひらにすっぽりおさまるサイズのそれは、過去のデータの検索、スローモーション再生、一時停止、さらには録画を可能にしてくれた。子ども向けに難解な用語をわかりやすい言葉に変換してくれる機能があり、視聴覚の不自由な人には字幕や点字機能をオプションとして選択することができた。8歳のあきらは、すでにマイクロチップを器用に使いこなすことができた。


「ぼく、トシくんっていうともだちができたんだ。ぼくの目玉の横っちょに、『はせべ としゆき』って名前が出てくるから、先生が教えてくれる前にすぐわかっちゃった」
ある日小学校ではじめてのクラス替えが行われ、いくぶん興奮気味で帰宅した少年はそう言った。
「うん。でもね、あきら。人間の躰は本来そのようにデザインされていないんだよ」と父親は言った。
「わたしたちの躰がこうなったのは、マイクロチップのせいなの」と母親が口を添えた。
両親はすこし困惑した様子で、微笑んでいるのか泣きたいのかよくわからないような顔をしていた。



 けれどそのように生まれ育ったあきらには、そうでないからだというものがよくわからなかった。そこで彼は近所の図書館に行って調べることにした。紙の本を読む人間なんてよほどの変わり者くらいしかおらず、図書館は閉館寸前だった。しかしあきらは誰もいない図書館でひっそりと時間を過ごすのが好きだった。絵本のつるつるした手触りや、ページをめくるたびに鳴るかすかな紙の音は、黄金色こがねいろのひかりが降り注ぐ秋の森を思わせた。

 少年は『マイクロチップのひみつ』という本を見つけた。それは色とりどりのイラストと大きな文字で構成された子ども向けの本だった。あきらは宇宙の神秘をひもとく天文学者みたいに、胸をときめかせながらページをめくった。
「2015年、スウェーデンを中心ちゅうしんに マイクロチップが ひろがりまりました」

あきらは声に出して読んだ。誰もいない図書館に自分の声がこだまするのが気恥ずかしく、彼はスウェーデン、スウェーデンと小さな声で繰り返した。それにしてもスウェーデンってどこだっけと少年は思った。するとマイクロチップにその疑問が伝達され、彼の脳内に世界地図が繰り広げられた。そのバーチャルマップの上に赤い矢印が現れ、スウェーデンの位置を示した。少年は満足して本の続きに戻った。



「その当時とうじ、スウェーデンでは トランスヒューマニズムというかんがかたが さかんでした。
 トランスヒューマニズムってっているかな?かんたんにうと、『人間にんげんのからだをよりよくデザインし、どんどん改良かいりょうしていこう』というかんがかたのことだよ」

これがもしかしたらお父さんとお母さんの言っていたことかもしれないとあきらは思った。とすると、ぼくたちのからだは元々誰がデザインしたんだろう。神様じゃないのかな?思考は空に浮かぶちぎれ雲みたいに、あちこちに浮遊する。けれど少年の考えを読み取ったマイクロチップが神についての情報を提供しそうになったので、あきらは慌ててリモコンの一時停止ボタンを押し、本の続きに戻った。

 その本によって少年が学んだのは、おおよそ次のような内容だった。
 
 2015年スウェーデンを中心に普及しはじめたマイクロチップの人体への挿入は、世界中で爆発的に広まった。「人類を超えよう」というスローガンの元に、アメリカ合衆国をはじめとする欧米諸国では2030年にマイクロチップの装着が法律によって義務付けられた。つづいてその波はアジア先進国にも訪れた。日本も例外ではなかった。

 2035年のマイクロチップ挿入義務化を皮切りに、日本国民の生活は一変した。氏名、生年月日、年齢、性別、職業といった個人情報はもちろん、銀行口座の番号から犯罪歴の有無に至るまで、すべてのデータがマイクロチップに書き込まれる仕組みになっていた。おまけにデータは日々自動的にアップデートされる。マイクロチップはまた、世界中のインターネット回線に接続されているため、必要な情報をすばやく検索・取得することが可能である。さらに各々のマイクロチップはキャッシュカードとしての機能も果たしている。スーパーマーケットやレストランでの会計、交通機関の利用、オートロックシステムの解錠、空港やホテルでのチェックイン。ありとあらゆる場面でマイクロチップが活躍した。セキュリティは飛躍的に向上し、日本のみならず世界各国で犯罪率が激減した。

『どう?マイクロチップのすごさが わかったかな?
 きみの おじいちゃんや おばあちゃんは マイクロチップのない時代じだいまれてきたんだ。 
 それに くらべると、なかは ずいぶん かわったね。
 きみは すばらしい時代じだいまれてきたんだよ』

そのような言葉で本は締めくくられていた。あきらはすこしくすぐったいような気分だった。
でも、と少年はふと思った。マイクロチップがこんなにいいことだらけなら、どうしてお父さんもお母さんも悲しそうな顔をするんだろう。ふたりとも、新しいデザインが気に入らなかったのかな。
 あきらが答えを得たのは、それから4年後のことだった。

Vol1 アポカリプスの到来へ続く。



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