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身長の低い男性は攻撃的なのか?

はじめに

インターネット男女論を見ていると、次のような意見を目にすることがある。


https://x.com/NwxKsJPHOzJ0vPW/status/1671108979332890632?s=20より


https://x.com/neko_no_geboku_/status/1770218844889788643?s=20より


https://x.com/tenshicos/status/1692483097361781237?s=20より


そう。「身長の低い男性は攻撃的」という意見である。ことインターネット男女論においては、身長の低い男性は攻撃的であり、それゆえにモテない・・・などと言われたりしている。

最も、「身長の低い男性は攻撃的」という考え方はインターネット男女論においてのみ言われているわけではない。こうした考えは「ナポレオン・コンプレックス」と呼ばれ、心理学でも検討されている。

では、本当に身長が低い男性は攻撃的なのだろうか?



「身長が低い男性は攻撃的」説の根拠

恐らくそれなりにインターネット男女論をたしなんでいる方であれば、「身長が低い男性は攻撃的」というのは根拠がある話であり、偏見ではない!というかもしれない。


https://x.com/terrakei07/status/1617316245736677377?s=20


https://x.com/mmvipjapan/status/1731937591858254325?s=20


どうやら「身長が低い男性は攻撃的」という話は一応研究による裏付けがあるということがインターネット男女論では知られているようだ。



「身長が低い男性は攻撃的」説を紹介するインターネット記事

実際、複数のインターネットサイトで「身長が低い男性は攻撃的」であるという説が紹介されている。例えば次のようなものだ。


この他にも同様のことを紹介する記事や動画は検索すると色々出てくるが、そうしたメディアは往々にして「身長が低い男性は攻撃的」といったことをタイトルで提示し、内容を詳しく見なくても「なるほど、身長が低い男性は攻撃的なのだな」という印象を読者(や視聴者)に持たせるような形になっている。そして、Xで色々な人が言うように、このような考えは研究の裏付けがあるようだ。



根拠となっている研究

さて、一部メディアでは明記されているが、上記のネットメディアなどで「低身長男性攻撃的説」の根拠として引用されているのはアムステルダム自由大学のKnapenらが行った次の研究である。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0956797618772822


やはり科学的根拠はあった、身長の低い男性は攻撃的というのは事実なのだ・・・。そう考える方もいるだろう。しかし、こういう話は中身をしっかり読むことが重要だ。特に「攻撃性」といったワードを聞いたときには、何をもって「攻撃」と定義しているのかを明確にした方が良い。一言で「攻撃性」と言っても、直接的な攻撃性(例:人を殴る)もあれば間接的な攻撃性(例:誰かの悪い噂を流す)もあるためだ。「身長の低い男性は攻撃的」という言葉だけでは、どのような意味で「攻撃的」なのかは分からないだろう。

それでは、Knapenらが行ったこの研究では、どのようなことが分かったのだろうか。簡単にまとめると次の通りである。

・独裁者ゲームや最後通牒ゲームにおいて、身長が低い男性は(身長が高い男性と比べ)より多くの資源を自分に配分し、ゲームの相手に配分しない傾向があった。ただし最後通牒ゲームで「平均以上の身長の男性」が相手だった場合はこうした傾向は見られなかった。

・相手にホットソース(辛いソース)を飲ませる課題では、低身長男性と高身長男性とで飲ませる量に差はなく、身長と直接的な攻撃性との間に有意な関係は見られなかった。

※独裁者ゲームや最後通牒ゲームについては下記の記事を参照


要するに低身長男性は、自分の取り分を優先し相手に配分しないという「間接的な攻撃性」は高身長男性よりも高いものの、平均身長より上の男性にはあまりそうした攻撃性を向けないということになる。また、辛いソースを飲ませるといった身体的攻撃性については低身長男性と高身長男性との間に差はない。



誇張された「低身長男性=攻撃的」説

インターネット男女論における「身長が低い男性は攻撃的説」の根拠となる研究は確かにあり、そこでは「ナポレオン・コンプレックス」を予備的に支持する結果が得られているようだ。そのため、やはり身長の低い男性は攻撃的ということは科学的に証明された事実である・・・と、果たして考えてよいものだろうか。確かに「自己の利益を優先し相手に利益を分け与えない」という形での「間接的な攻撃性」については確認されているものの、これは単に「ケチ」なだけだと考えることもできるだろう(実際、この点はKnapenらも指摘している)。また、Knapenらの研究では「低身長男性は身体的攻撃性は高くない」ことが示唆されているため、先に引用したツイートで書かれていたような「気性が荒い」「過度に攻撃的で支配的」というようなことが本当に低身長男性にあてはまるのかと言われると疑問が残る。

上記の研究結果を踏まえると、正直ネットメディアのタイトルやインターネット男女論で書かれているようなことは誇張されているのではないかと感じてしまう。実際、論文内でKnapenらは、身長と直接的な攻撃性との間に有意な関係は見られなかったことから「身長の低い男性は一般的に攻撃的というわけではない」と付け加えている。従って、「身長の低い男性は攻撃的」という言葉に踊らされることなく、「攻撃性」の中身の部分まで検討することが重要なのではないだろうか。

とは言え、一つの研究結果のみをもって「身長が低い男性は攻撃的というのはウソ」というのもそれはそれで誇張だろうしフェアではないだろう。実際、身体にダメージを与えるような直接的な攻撃性についても、「辛いソースを飲ませるという特殊な課題だったために、本来持っている攻撃性が表れなかった」という指摘もあり得るだろう(ただし、一応辛いソースを飲ませる課題の結果は他の攻撃性尺度とも有意な相関を示してはいる)。

そのため、次章では身長と直接的な攻撃性との関係についての研究を紹介し、より広い視点から「低身長男性=攻撃的」説について検討していこう。



身長が低い男性は気性が荒く暴力的なのか?

前章では、インターネット男女論やネットメディアなどで「身長が低い男性は攻撃的説」の根拠となる研究を紹介した。それによれば、身長が低い男性はそうでない男性と比べ、自己の利益を優先し相手に利益を分け与えないという「間接的な攻撃性」を発揮しやすいことが分かった。一方で相手の身体にダメージを与えるような「直接的な攻撃性」については低身長男性と高身長男性で有意な差は確認されず、低身長男性が「一般的な攻撃性」を有しているとは必ずしも言えないことが示唆された。そのため、身長と攻撃性との関係について明らかにするためには、他の研究結果も踏まえて検討する必要がありそうである。

身長と暴力

低身長の子どもと平均身長の子どもの身体的・心理社会的発達について調査したウェセックス成長研究(The Wessex Grouth Study)では、性別や社会経済的地位の影響をコントロールした上で、身長と人格や日常生活の側面との関係について調査している。

調査の結果、18~20歳の時点で、重大な暴力や薬物使用などの高リスク行動を含む人格機能や日常生活の側面における身長の影響は確認されなかった。



身長と「怒りっぽさ」

ナポレオン・コンプレックスの検証をメインに行った研究ではないが、SellとTooby、Cosmidesの研究では、身長や筋力と「怒りっぽさ」などとの関係性について検証している。
(余談だが、ToobyとCosmidesは夫婦で、進化心理学のパイオニアでもある。)

研究の結果は興味深いものであった。研究によれば、上半身の筋力が強い男性ほど怒りっぽく、身体的な衝突の経験が多く、攻撃の有用性を信じる傾向が強いことが分かった。一方、身長が低い男性がこうした攻撃的な傾向を有しているという根拠はほとんど確認されなかった。Sellらはこの結果について「ナポレオン・コンプレックスの考え方と完全に矛盾する」としている。

(余談だが、この研究は先に「低身長男性=攻撃的」説を裏付ける研究として紹介したKnapenらの研究より前に行われており、KnapenらはSellの他の研究は引用しているにも関わらず、この研究は引用されていないのは少し気になるところである。)


まとめ

これらの研究を踏まえると、身長が低い男性は、身体的な暴力や怒りっぽさといった傾向は(身長が高い男性よりも)強いとは言えなさそうである。こうしたことは、先に紹介したKnapenらの研究における「身体的攻撃性と身長との関係は確認できなかった」という知見とも一致する。また、筋力が強い男性ほど怒りっぽさや身体的な衝突の経験が多いという知見も得られているが、これは冒頭で紹介したツイートにもあるような「低身長男性は弱いと思われないために攻撃的にふるまう/本気を出せば力で制圧できるので気性を荒げる必要がない」という説に疑問を投げかけるものだろう。実際には身体的に強い男性ほど気性を荒げたり身体的攻撃を行ったりといった傾向が強いようだ。



私見

ここまで、「身長が低い男性は攻撃的なのか」ということについて検討してきた。研究結果を踏まえると、身長が低い男性は攻撃的というのは全くのウソではない。ウソではないが、「攻撃的」の中身も含めて検討する必要があるだろう。身長が低い男性は怒りっぽく暴力的、というわけではなく、どちらかと言えば「利己的」という表現が妥当であるように思われる。そして、怒りっぽさや身体的衝突といった「直接的な攻撃性」はどちらかと言えば「マッチョ」な男性が有している特徴であり、「弱く見られないように攻撃的にふるまう」という説は少し疑わしいようだ。

さて、にも関わらず、インターネット男女論の世界では「身長が低い男性は攻撃的」という説が広く支持されており、「どういう意味での『攻撃性』なのだろうか」といった検討は十分になされていないように見える。そのため、「身長が低い男性は気性が荒い/過度に攻撃的」のような、明らかに誇張が入っている意見も特に疑問なく受け入れられてしまっている。これは一体なぜなのだろうか。

これはあくまで私見だが、インターネット男女論の人々は「低身長男性」を嗤うための理由を探しているのではないだろうか。現代社会は表向きは差別を否定する社会であるものの、ある属性を持つ人が「加害性」を持つ場合はその限りではない。そのため、「低身長男性は攻撃的」という情報があると、誇張であろうがごく一部の例であろうが食いついてしまう。要は「低身長男性は有害な存在であってほしい」という思いが先にあり、その状態で情報を選択してインプットしているというわけだ。

ちなみに、「攻撃的であること」が必ずしもバカにしたり批判する原因になるかというと、そういうわけでもない。先ほど紹介したSellらの研究では「上半身の筋力が強い男性は怒りっぽさなどの傾向が強い」ことが示されていたが、男性の筋力や筋肉質な体型は女性にとって性的に魅力的な特徴であることが示唆されている。

また、これは筋肉質な男性の攻撃性が認識されていないためではないかという指摘もあるかもしれないが、研究によれば、筋肉質な男性は(そうでない男性と比べ)女性から「怒りっぽい」と認識されることが分かっている。しかしその一方で、筋肉質な男性はそうでない男性よりも女性から性的魅力が高いと評価されている。


つまり、マッチョな男性はある種の攻撃性を有してはいるものの、女性からバカにされたり批判されたりすることはあまりなく、むしろ魅力的だと思われている。そうなると、マッチョな男性と比べ直接的な攻撃性はそこまで強くない低身長男性が「攻撃的!」と言われるのは、身体的威圧感もなくセクシーでもないため、言ってしまえば「ナめられている」ためではないだろうか?これは女性に限った話ではないが、低身長男性はどう扱ってもよい対象であると思われているために、「攻撃的」であるという誇張に満ちた烙印を押されているのではないか。昨今の低身長男性に対する扱いを見ると、どうしてもそう感じてしまう。


終わりに

ここまで、「身長が低い男性は攻撃的である」という考えについて検討してきた。ここで断っておきたいのだが、筆者は今回「身長が低い男性は攻撃的である」という考えに疑問を呈する形になったが、それは筆者が低身長であるためではない(筆者は高身長とは言えないものの、筋トレ習慣があるためどちらかと言えばマッチョの部類である)。そうではなく、インターネット男女論で低身長男性の扱いがあまりに雑で、かつそれが十分な根拠に基づいているわけではないと感じたためである。

「印象」や「極論」で相手の属性を決めつけ叩くというのは、インターネット男女論ではごく一般的に見られる光景であるし、それが明確に他者の権利を侵害するわけではないのであれば表現の自由の観点から容認されるべきとも思う。しかし、それとは別に、自分の主張は偏った根拠によるものかもしれない、見たい情報を見すぎているかもしれない、という視点は常に持つべきではないだろうか。





















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