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ぼくのヒーローはコンビニのおばちゃん

コンビニのおばちゃんって偉大だ。少なくともぼくにとっては。


毎朝行くコンビニがあった。仕事を始めてから毎日のように行っていたが時間帯は決まっておらず、8時の日もあれば11時の日もあったし、18時のときも24時のときもあった。

深夜~早朝にかけていつもいるおばちゃん。
割腹が良くて、めちゃめちゃ髪の毛が長くて、不愛想で、ちょっとぶっきらぼうな女性。

「毎日夜勤だし、わけありっぽそうだな~~」
なんて思ってた。
完全な偏見である。

ぼくが働いていた場所は都内の中心の方で、世間でいうオフィス街にあった。周りの飲食店はだいたい20時前後で閉まってしまう。
24時間営業のドラッグストアとなか卯とおばちゃんがいるコンビニだけがぼくの夜中のよりどころだった。

1年ぐらい通っていただろうか。
おばちゃんとぼくは
「すいません、レジお願いします」
「はい、どうぞ」
という会話をするくらいまで距離が近づいていた。どっからどうみても仲良く会話をするのは時間の問題だ。

深夜25時
もう外なんて誰も歩いていない。寝静まったオフィス街。
ぼくはひとりでカフェラテを買うか悩んでいた。もうこんな時間だ。仕事だって早々に切り上げたい。カフェラテを買ったらのんびりと仕事をしてしまって結局3時とかになるんだ。それなら水でも買ってササっと仕事を片付けて帰ってゲームした方がいいジャン。
そんなことをぼんやり考えて突っ立っていたら、後ろから声をかけられた。


「うちのラテの牛乳は、会社が牧場を買い取って育ててる牛からとれてるんだよ」

・・・!?お、おばちゃん!?
おばちゃんに話しかけられたことにも驚いたし、その謎の知識にも驚いた。

その日は気分がよかったのかなんなのかわからない。気まぐれだったのかもしれないけど、その日ぼくに向けられたおばちゃんの表情はまるでわが子を見るような瞳だったのを今でも覚えている。

そこからはおばちゃんは頻繁に話しかけてくれるようになった。
「これ入荷したよ」「これおいしいわよね」「新商品どう?」
他愛もないことばかり、会計時に一言二言交わすだけの関係性。10日に1回くらいの会話。それがぼくにとっては心地よかった。店員と常連客。おばちゃんがレジではなく品出ししているときは会話をすることもない関係性。

仕事でもうだめだった日があった。辟易していたし、どうしようもない悩み事もあったしプライベートでもうまくいってなかった日。
でもそんな日1年間で数えてられないくらいたくさんあるわけだし、ぼくだけじゃないし、みんな毎日そんな日常を頑張って生きている。
そう思っているから、自分でも自分の精神状況に無頓着であったし、実際その方が生きる上でらくちんだ。

その日もいつもと同じように0時をまわったあたりで夕飯を買いに行ってたと思う。今日も疲れたな~社会人ってしんどいんだな~頑張らないとな~そんなことをぼけーと考えながらレジへ。

レジにはおばちゃん。
「久しぶり」なんて心の中で思いながら黙ってお金を財布から出して会計をする。
商品を受け取っていつも通り「ありがとうございます」と礼をぼそぼそ言って帰ろうとしたときだった。

「元気?」

えっ…と声に出したか出してないか記憶していない。
いつも通り不愛想な顔だが心配そうな瞳をしてぼくを見てくるおばちゃん。


「ちゃんと寝てるの?」


おばちゃんがぼくの個人的な体調を気遣ってくれたこと、突然話しかけられたことに動揺しまくった結果、笑顔で「大丈夫デス」と微妙にカタコトで返して店を出てしまった。


ぼくはこの日家に帰って泣いた。
劇場版のクレヨンしんちゃんでしか泣かないぼくが、だ。

涙の理由は当時はわからなかったが、今思うとおばちゃんが本心で心配してくれたということを身をもって感じられたからかもしれない。
社会人になると褒められることも心配されることもほとんどない。だからこそ沁みた。
声をかけられた一瞬で、うれしくてぼくは5歳児に戻ってしまったのかもしれない。
だれかに気づいてほしくて、でもだれにも言えなかった、自分の努力。
あのおばちゃんはぼくの職業も、年齢も何も知らない。なのに自分でも無自覚だった場所に来てくれたのだ。


コンビニで働いている謎のおばちゃんを侮るなかれ。


ちなみにぼくは数週間後に意図せず会社を辞めることになるのだが、おばちゃんと別れの挨拶はできていないままでいる。
ぼくはあのおばちゃんの顔を忘れても存在は忘れないだろう。
友達でもなく恋人でも家族でもない、だけどぼくの心の深くを見たおばちゃん。すごい能力だ。
月並みなことを言ってしまうけど、この世界では必ずどこかで自分のことをちゃんと見てくれている人がいるんだなって本気で思った。


あのおばちゃんがどういう人か知る由もないけど、幸せに暮らしているといいなあと思う。