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木曜日のリン/ほつれたワンピースと花のしゅうまい

リンの家の最寄り駅には、徒歩一分で到着するスーパーがある。
そこは24時まで営業していて、食品も雑貨も充実している。
なによりリンが気に入っているのは洋服のお直し屋さんが入っていることだった。
リンは洋服を集めるのが好きだが、裁縫の腕はからきしダメだ。
特に古着を中心に買うことが多いリンにとって、お直しは重大なテーマである。
試しに、とファスナーが効かなくなったボリュームの大きいスカートも、店員さんは浅く掛けた眼鏡でさっと見て
「これはファスナーを上げるための布地が足りてないからすこし周りから集めてきてもいいかしら」
と冷静に判断して、もちろんとリンは返す。
「(こりゃスーパーの中だからってあなどれないぞ)」
シンプルだが体型に沿ったスマートな服を着ている店員さんはスカートを回収して一週間後の受け渡しを提示する。
一週間後に見事、直ったスカートを受け取ったときは、嬉しくてそのまま地下のお惣菜売り場でつまみを買ってお酒も一缶入れてちょっとしたパーティをしてしまったぐらいだった。

それからというもの、リンはその店を愛用している。
今日は最初に直して貰ったスカートを履いて新しく修理に出したワンピースを受け取りに行くところだった。

ボリュームのあるプリーツスカートで出来たワンピースは裾がほつれやすく、何度か断念しかけたが古着のなかでも結構な値段を出して買ったことを思い出すとなかなか捨てられない一点である。
なにより華やかなピンクや紫で描かれた大ぶりの花々は綺麗だったし、形も気に入っていた。
店員さんは相変わらず浅く眼鏡をかけて「ロックミシンをかけないといけないところだからねえ」と呟いて受け取ってくれた。『出来るけど』という自身の現われに安心感を覚えながらリンは一週間後の今日受け取りに来たのだった。

「すみません」
店頭に顔を出して伝票を差し出すよりも前に、店員さんはさっと店の中に戻り花柄のワンピースを取り出してくれる。
「じゃあここのね、前のほつれていたところ、留めておきましたから」
「ありがとうございます」
「……あなたって随分古い服着るのねえ」

はじめて、店員さんの方から話しかけられた瞬間にリンはぽかんとしてしまったが慌ててシナプスをつなげてこくこくと頷く。
「古着が好きなんです」
「そうなの。学生時代に縫った服みたいなのがどんどん来て楽しいわ」
またなんかあったらどうぞ、とスタンプカードに追加された星の形のスタンプにありがとうございますと礼を言って立ち去る。
リンの後ろにはサラリーマンと見える男性が待っていて、彼は何を頼んだろうかとぼんやりと考える。
ボタン付けから承っているこの店ならほぼなんでも対応して貰えるだろう。

困ったらいつでも来れる場所があるっていいことだ。
それがどんな場所だったとしても。

さて今日の晩ご飯の買い物をして帰ろう。
袋に服を詰め直したリンは意気揚々と食品売り場に向かった。

しいたけ、玉ねぎをみじん切りにして片栗粉をまぶす。むきえびは背わたを取り除いて粗いみじん切りにする。シューマイの皮は包丁でできるだけ細切りにする。

「(このむきえびの背わた取りってのがなんともめんどくさくてしみったれてていいんだよなあ)」
単純作業が嫌いじゃないリンは喜んで爪楊枝を使いながら背わたをぴぴっと取り除く。

ボウルにむきえびとひき肉、塩、こしょうを入れて粘りが出るまで練る。しいたけ、玉ねぎ、オイスターソースと醤油とごま油を小さじ1ずつ入れて更に練る。

6等分にして丸めたタネにシューマイの皮をたっぷりまぶし、形をととのえる。

シュウマイを包むのがめんどくさいけどシュウマイが食べたいときに見つけた、花のようなシュウマイというレシピの売り文句に惹かれて作るようになったしゅうまいもどきは、ちゃんとした材料で構成されていてきちんと美味しい。

仕上げは水で濡らしてかるくしぼったペーパータオルを4枚用意して耐熱皿にペーパータオルを2枚敷き、皿の端に等間隔でドーナツ状にシューマイの皮をまぶしたタネを並べる
残りのペーパータオルは1枚ずつ上に重ね、ラップをふんわりとかけて電子レンジで4分加熱してからそのまま1分おいて蒸らす。

「(レンジで出来ちゃうなんて最高すぎ。あとは辛子をのせるしか……)」
盛り付け用の皿を用意して小皿に醤油と辛子を入れて、十分な準備をしたところでレンジは音を鳴らしてあとは蒸らし時間を待つだけ。

その間に炊きたてのご飯を盛って作り置いていた小松菜と油揚の味噌汁を注げば完璧な晩ご飯だった。

服も受け取ってきた、自炊もした、私は偉い。
そう唱えたところではっとして。
「(もし今日がそういう日じゃなかったとしても私は最高!)」
と呪文を唱え直してテーブルにご飯を並べていただきます、と手を合わせる。
早速ほかほかの湯気を立てているシュウマイを口に運ぶと、じわ、と挽肉とエビのうまみが広がって大層おいしかった。
「(一杯飲みたいところだけどまだ木曜だから)」
今日はシュウマイ定食で勘弁してやろう、とシュウマイとご飯を行き来しながら時々味噌汁も飲むと徐々にほっとしてくる。
ふとクローゼットの方を見ると扉のところに皺を取るために吊り下げていた花柄のワンピースと目が合う。

花のしゅうまい、花柄のワンピース。

偶然に一致にふっと笑って、そうだ、そういえば最近中華街に全然行ってないなと気付く。

「(あのワンピース着て、行ってみようかなあ。混んでるかな?ダージーパイ食べてみたんだけど)」

心当たりのある友人は週末空いているだろうか、一人でも気軽に回れそうでいいかもと思いながらリンははふはふとシュウマイを口にする。
もしかしたらもっと感動する味に出逢えちゃうかもしれないと思うと、食べている端からおなかがすいてきてしまう現金な自分は、嫌いじゃなかった。

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