緒環

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緒環

私小説とエッセイと日記の間を行き来しています。おだまき(@yellowcar)の文芸アカウント。

マガジン

  • 腹が減ってはなんとやら

    緒環の食べ物(+ときどきファション)エッセイ集です

  • 彼女たちのキッチンとクローゼット

    『料理×ファッション×小説』 をテーマに書いた小説をまとめています。 不定期更新ですがよろしくお願いします。

最近の記事

スーパーカブでお茶会を 第五話

第五話 【結構毛だらけ猫灰だらけ】 「チャンクロおつかれ~」 「……帰れっ!」  クロサキが事務所に戻るとソファに我が物顔で座っている男がいる。長身と有り余る手足を折りたたむようにしている癖のある座り方を見て、蜘蛛やタカアシガニだかの種族を思い出しながらクロサキがデスクに座ると、ソファの目の前のテーブルには食べかけのスコーンと紅茶が置かれていて、アカネとシロナがきちんとこの男にも接客をしたことがわかる。優秀なメイドを持つとこうやって余計なところにまで気が回るところが多くある

    • スーパーカブでお茶会を 第四話

      第四話 【ムテキ・ピンク】  シロナは物持ちが良い。アカネに言わせると「余計なものまで持っている」のだが、その余計なものの中に宝物が発掘されたりするのだから、面白い。  今日もまたシロナが持ち物を入れている引き出しからポロリと落ちてきたカード形状の物体を拾ったアカネが思わず声を上げる。 「えっ……このチェキいつの?!」 「アカネの誕生日イベントの時に一緒に撮ったやつだけど正確には七年前ぐらいかな?」 「まだ新人の頃じゃーーん!」  恐らくシロナに言われて渋々片手でハートマー

      • スーパーカブでお茶会を 第一話

        あらすじ 本格英国菓子が売りのコンセプトカフェ『Cafe Cherish』は突然の火事により店舗を焼失してしまう。 故郷の弟妹のために仕送りを続ける必要があるアカネ、菓子作りの勉強のため英国留学を目指すキッチンメイドのシロナは窮地に陥るが、『Cafe Cherish』のオーナーであるクロサキが『出前メイド喫茶』というコンセプトを思いつき閉店寸前の中華料理屋から店舗もスーパーカブも出前機も借り受けて急遽店を続けることになる。 アカネとシロナは小さなお茶会を通じて様々な人とつな

        • スーパーカブでお茶会を 第二話

          第二話 【ミセスイエローの審美】 「キミたちにねえ、依頼したいことがあるんだよ」 『Cafe Cherish』のオーナーであるクロサキは、店の小さなカウンターでシロナ特製のウィークエンドシトロンを食べながら神妙な面持ちで話を続ける。  クロサキの見た目はいかにもそのスジの界隈にいるような、細身の躯体に神経質そうな顔立ちをしていて、頬はほんのりと痩けて自然と暗い影が落ち込んでいる。  しかしその内情はただの甘いものが大好きなおじさんである、ということを知っているアカネとシロナ

        スーパーカブでお茶会を 第五話

        マガジン

        • 腹が減ってはなんとやら
          2本
        • 彼女たちのキッチンとクローゼット
          7本

        記事

          スーパーカブでお茶会を 第三話

          第三話 【ラブオブザグリーン】 「……今日は出前来るかねえ」 「雨の日は逆に増えるとかいうけどね、ピザ屋さんとか」 「人間、残酷すぎない?」  中途半端な時間に取った休憩時間を持て余していたアカネは、シロナが作った賄いのオムレツを挟んだサンドウィッチを食べながらぼうっと外を眺める。ざあざあと降り注ぐ雨ではなく周囲の景色をぼやかせる小糠雨、原付を走らせていると気付けばじっとりと濡れているタイプの雨だ。  もう一つ食べようかとしたところでアカネの携帯が鳴る。慌てて手を拭いて着信

          スーパーカブでお茶会を 第三話

          230420_monmonmon

          私は今悶々としている。 年に一度、この夜だけは狂おしく求めてしまう。 いつもの私はこんなのじゃないのにーー。 今夜のため一杯だけ淹れた紅茶を片手にため息をつく。 そう、今日は健康診断前夜である。 どうしてまあ、健康診断の前日21時以降はご飯を食べてはいけませんというあのルール、21時を過ぎた瞬間に食欲を湧かせるのでしょうか!! ちゃんちゃん焼き風にした味噌焼きにした鶏肉は美味しかったし、デコポンも美味しかったしヤクルトだって飲んだ。 なんなら明日の朝飲めないからその分のヤ

          230420_monmonmon

          20230417_カスクートハムとバクラヴァと新しい机

          「(うsssssっそだろお?!)」 昼休み、私はビルの前で崩れ落ちそうになった。昼休み直前に足止めを食らってやれインストールだなんだパスワードは忘れたと教えている中でやっと気をしっかり持って好きなパン屋まで足を運んだというのに「地下1階地下2階は改装中」という掲示。 「(今日こそはここのカスクートハムを食べないとしぬのに)」 このパン屋で売っているカスクートハムは口内を壊すほどの固いバゲッドに薄いハムとバターが挟まって痛みとうまみが混然一体となるところがすばらしい逸品で

          20230417_カスクートハムとバクラヴァと新しい机

          日曜日のマイコ/とっておきのバッグとエビグラタン

          地下鉄のシートの真ん中あたりに座った瞬間、目の前の人がおや、という顔をした。 「(あ、どうもすみません)」 マイコは最近バッグを新調したばかりで、今日は都心の百貨店で春夏の新作を見に行った帰りだった。 お行儀が良い、というよりも一癖あるそのバッグを買うまでマイコは散々迷っていたが、結局その癖が好きになってしまったマイコは迎え入れることにしたのだったが人を驚かせるようなもんだったかと思うと少し萎縮してしまう。 「(いやでも、これはーー私のためのバッグだし)」 他人が見た時の

          日曜日のマイコ/とっておきのバッグとエビグラタン

          土曜日のミキ/レインシューズと煮込みハンバーグ

          ミキは失敗をしない人だ。 正しくいえば失敗を恐れて用意を周到にする人だ。 雨の予報が少しでもある日はレインシューズを履くようにしているし鞄には必ず折りたたみ傘が入っている。 「この前急に雨に降られて革靴ダメになっちゃって」 という友人の愚痴にそっかあと頷きながらどこかホッとしている自分がいることに自分という人間の底意地の悪さを感じる。 レインシューズを履いてて良かった、折りたたみ傘を持ってて良かった。 そんなことを殊更にアピールすることは勿論ないけれど、自分の大きな精神

          土曜日のミキ/レインシューズと煮込みハンバーグ

          金曜日のカオリ/しわくちゃのブラウスと焼きネギの豚汁

          とんじる派かぶたじる派か。 急な問いに口に運ぼうとしたサンドウィッチに集中していたカオリは慌てて顔を上げる。 「え、あ、はい?」 「いやだから、とんじる派かぶたじる派か地域で呼び方違うよねって話」 「あー、自分とんじるですね」 「へえ」 「でもさ、ぶたじるの方がうまみある感じない?」 何故か、声を掛けられて新年度開始から一緒にご飯を食べるようになって2週間ちょっと。カオリは若干の疲れを感じていた。 思っていたよりも自分が一人が好きだってこと、思っていたより新人社員ってや

          金曜日のカオリ/しわくちゃのブラウスと焼きネギの豚汁

          木曜日のリン/ほつれたワンピースと花のしゅうまい

          リンの家の最寄り駅には、徒歩一分で到着するスーパーがある。 そこは24時まで営業していて、食品も雑貨も充実している。 なによりリンが気に入っているのは洋服のお直し屋さんが入っていることだった。 リンは洋服を集めるのが好きだが、裁縫の腕はからきしダメだ。 特に古着を中心に買うことが多いリンにとって、お直しは重大なテーマである。 試しに、とファスナーが効かなくなったボリュームの大きいスカートも、店員さんは浅く掛けた眼鏡でさっと見て 「これはファスナーを上げるための布地が足りてない

          木曜日のリン/ほつれたワンピースと花のしゅうまい

          水曜日のナルミ/スプリングコートとタルタルソース

          ナルミという名前は漢字で書くと成実、となる。 ナルミはその名前の通り大した成果を上げたのかと言われると「大器晩成型ですね」とわざとふざけて後ろ頭をポリポリと掻いてしまうような人間だった。 親も大した事を考えてこの名前をつけたもんだ、と思う。同時にどんなことを達成して欲しかったのだろう。今更聞くのも恥ずかしく疎くて、なあなあにして過ごしている。 水曜日の電車は若干疲れの色が濃くなる。 今朝はつり革にもたれた腕に顔を押し込んで器用に立って眠る人を見つけて、栄養ドリンクのCMみた

          水曜日のナルミ/スプリングコートとタルタルソース

          火曜日のアヤカ/gelato piqueと中華風コーンスープ

          アヤカが目を覚ましたのは、夕方五時半のチャイムの音のせいだった。 町内の子供に早く帰りましょう、と促すそのやさしい声はどでかいスピーカーを通すことで割れてしまっていて、若干耳障りだった。 「(こんな時間まで)」 枕元に置いてあった仕事用の携帯を見るとうんざりするぐらいの通知が入っていたが、アヤカ宛ての緊急性の高い話はなく、ほっとしてもう一度枕に顔をうずめる。 調子が悪いと気づいたのは、火曜日の朝に支度をしているときのことだった。 定例会議のために毎週火曜日だけは体裁として羽織

          火曜日のアヤカ/gelato piqueと中華風コーンスープ

          月曜日のマリ/白ニットとカレーうどん

          マリはいつも通りに定時で仕事を終えたあと、最寄り駅から徒歩五分のスーパーに立ち寄っていくらか割引されていた豚バラ肉を買えて上機嫌でいた。 ゆでうどんはかごの中。油揚げは家にある、贅沢をして青ネギを入れたいところだがまだ白ネギの在庫が多いので我慢。 あと他に入れる具材はーーと考えたところで、多くしすぎても雑多になりそうな気がして手に取るのを辞めた。 結局、豚バラ肉とゆでうどんを通勤用のバッグに入れておいたエコバッグに納めたところでマリの買い物は終わり、ほんの少しだけ寒さを覚える

          月曜日のマリ/白ニットとカレーうどん