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日曜日のマイコ/とっておきのバッグとエビグラタン

地下鉄のシートの真ん中あたりに座った瞬間、目の前の人がおや、という顔をした。
「(あ、どうもすみません)」
マイコは最近バッグを新調したばかりで、今日は都心の百貨店で春夏の新作を見に行った帰りだった。
お行儀が良い、というよりも一癖あるそのバッグを買うまでマイコは散々迷っていたが、結局その癖が好きになってしまったマイコは迎え入れることにしたのだったが人を驚かせるようなもんだったかと思うと少し萎縮してしまう。

「(いやでも、これはーー私のためのバッグだし)」

他人が見た時の視線だって重要かもしれないけどマイコが好きになったかどうかなのが一番大事なポイントなのだ。
私のための、私だけのバッグだともう一度ぐっと抱き寄せる。

春夏の新作は良い物ばかりで試着して悩むこともたくさんあったが、鞄を買ったばかりのマイコにはすこし財政状況が乏しいという点もある。
つまりほとんどのものは諦めることになる試着だったが、今回もいいものに沢山出逢えた時間だった。
着て考えるだけでも十分な勉強だからと言い聞かせてはいるものの、あのワンピース素敵だったなともう一度ため息をつく。
結局いつも、現金が油田のように湧いてこないかーーという考えに陥るだけになるのであった。

高級ブランド店でやたら山のように買っている半袖Tシャツ姿の男性と着飾った女性の組み合わせの人たちが買うよりもずっといい買い物してやる自信があるわ、とバッグを抱きしめたマイコはじっと広告を眺める。
怒りの矛先はどこなのか、マイコもよくわからなくなってしまったがとりあえず地下鉄は順調にマイコを最寄り駅まで連れて行ってくれていた。

今日はゆっくりと晩ご飯を作りたかったので百貨店に行くのは午前中の開店直後、帰り道はまだお茶の時間だった。帰ったら行列に巻き込まれながらも買った念願の苺大福を食べようというのが楽しみのひとつだった。

『官能的』と評した人の言葉からずっと気にしていた苺大福はみずみずしい味と甘さが絶妙に絡みついていて食べるだけで幸福に満たされていた。
これは確かに、セクシーですらあると堪能したマイコは淹れたばかりのお茶を口に含んで飲み干す。

試着をしているとつい食事を忘れてしまうマイコは、混雑している喫茶店に立ち寄るのも苦手でいつも早めに帰ってその代わりにデパ地下でお菓子を買って家でお茶をすることを目的にしている。

「(この前のどら焼きもおいしかったなあ)」

最近和菓子が続いてたから次は洋菓子にしようかな、と後片付けをしたところでマイコはスマホに手を伸ばす。
依存症気味なのはわかっているけど、やはり情報の濁流に身を任せているのはきもちいい。
会った人、まだ会ったことない人があちこちでおしゃべりをしていて、楽しいったらありゃしない。
ああこの人はお花を見に行ったのか、この人は掃除をしていたのか、もしかしたら試着してたこの人すれ違っていたりして。

そんなことを考えると楽しくて、リビングのラグに寝転んで読んでいるうちにふわあっと暖かさが立ち上がってくる。
春のせい、と言い訳をしながらマイコは目を閉じる。
みんなが今日も楽しい日曜日を過ごせていてよかった、と思いながら。

「(ーーじゃねえよめっちゃ寝ちゃったじゃん!)」

目が覚めた頃にはとっくに外が暗くなっていて、明るいうちにお風呂に入りたかったマイコは失敗したと嘆く。
昼寝は心地よかったが、色々目算は誤ってしまったと思いながら立ち上がる。
キッチンに向かって買い置いておいた材料を取り出す。
たまねぎ、しめじ、ほうれんそう。それにむきえび。
たまねぎは薄くスライスして、しめじは軽くほぐす。ほうれん草はさっとゆでて小さいボウルで軽く水を切る。むきえびは背わたをとるが、マイコはこのしみったれた行為が苦手で毎回『せわたのないエビを開発してくれたひとがいたらノーベル賞をあげたい』と思っている。
諸々の支度を終えて、たまねぎとしめじとむきえびをバターで軽く炒めてから火を止めて薄力粉をまぶして馴染ませてからもう一回火を通す。

「(だって粉塵爆発って怖いじゃん)」

何故か余計な知識が入っているマイコはしっかりと小麦粉をまとった具材に火を通す。
その間に牛乳を温めて、沸騰しない前に火を止めてから具材に注ぎ込む。
ゆっくり、少しずつ注いでから混ぜてーーを繰り返すとダマがなくて手軽に具入りのホワイトソースが出来上がる。
本格的なホワイトソースを作るのもいいが省力化も必要。
味が濃いめのものが食べたかったら牛乳を煮立たせるときにコンソメを入れてもいい。

しっかりと牛乳が溶けきったところで水気を切って4センチ幅ぐらいに切ったほうれん草を入れる。
片方のコンロでお湯を沸かしてお塩を入れてマカロニをゆでる間にオーブンを温める。焦げ目をつけたいので200度ぐらい、と設定して10分程度で予熱をする。

ゆで終わったマカロニのお湯を切る頃にはオーブンもピーとせっつくように音を立てていて、慌ててマカロニを先ほどの具材に混ぜて耐熱容器に広げる。チーズはたっぷり掛けてオーブンの天板の上にならべて焼きはじめるとふうっと息を吐いて後片付けを始める。
マイコは完璧主義者ではないが食べ始める前にはとりあえずの片付けが出来るぐらいの努力はしておきたいところだった。

マイコは、日曜日少し早めに晩ご飯を作る。
時間や手間がかかるものも積極的に作る。
それは、これからの一週間を乗り切るための努力であり、自分の背中を押すためのおまじない。
どんな嫌なことがあっても、週末には好きな料理が作られると思うと平日を乗り切ることが出来る。
最近はそこに服を見に行くという趣味も加わって楽しくなってきたところだ。
グラタンの余った具材を小さい容器に取り分けて明日のお弁当用によそって焼いているから安泰である。

「(明日からまた日月火……)」

といつか聴いた曲のはしを歌っているところで徐々にオーブンからは良い香りがしてくる。

マイコを構成するものは全てマイコの背を押してくれるものばかりだ。
料理だって、奇抜なバッグだって。
自分のためだけに用意した、大事な一品。

「(さて、来週末は何作ろうか)」

そう考えると、平日の憂鬱も少し大股で乗り越えることが出来そうだった。

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