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土曜日のミキ/レインシューズと煮込みハンバーグ

ミキは失敗をしない人だ。

正しくいえば失敗を恐れて用意を周到にする人だ。
雨の予報が少しでもある日はレインシューズを履くようにしているし鞄には必ず折りたたみ傘が入っている。

「この前急に雨に降られて革靴ダメになっちゃって」

という友人の愚痴にそっかあと頷きながらどこかホッとしている自分がいることに自分という人間の底意地の悪さを感じる。
レインシューズを履いてて良かった、折りたたみ傘を持ってて良かった。
そんなことを殊更にアピールすることは勿論ないけれど、自分の大きな精神安定に繋がっているのは確かだった。

そんなレインシューズも、ミキなりのこだわりで買った逸品だった。
前から愛用していた長靴のブランドでローファーのような形のレインシューズが店頭に並び始めた時、ミキはすぐに買うことを決意した。
悩んだのは色ぐらいで、いつもは黒のローファーを履いているから間違えないように紺色のレインシューズにしたぐらいだった。
足にぴったりと寄り添い、歩きやすいそのレインシューズは仕事に行くときでもプライベートでも雨の時には役立ってくれたし、たとえ雨の予想が空振りになったとしても『私はローファーですが?』といいたげな顔で立ってくれる聞き分けの良い子だった。

ミキは失敗を恐れている。
だから砂糖はいつも三温糖かきび糖を買って、塩と間違えることがないようにしている。
合い挽き肉をこねるときに先に塩を入れると粘りが出て良い、と聞いて塩の入った容器に手を伸ばすときも迷いがない。『白い方を選べば良い』だけだからだ。

肉だけでしっかりとこねると身崩れしないと聞いて更に念入りにこね上げる。みじん切りのタマネギとパン粉、牛乳、卵を入れたあともしっかり混ぜる。ナツメグはーー入れた方が良いのか思案したが家にないので諦めた。ミキは変なところで諦めも良い。

今日は雨の降る中一週間分の食料の買い物に行って、合い挽き肉が安かったからハンバーグを作ろうとしているのだがハンバーグといえば生焼けだとか焦げすぎたとかで失敗するケースが多く言われるが、同時に『煮込みハンバーグだったら失敗しない』ともいわれている。
ミキはその言葉に、心から救われている。失敗しない、ということは大事だ。

「(成功することよりも失敗しないことの方が大事って思うようになったのはいつの頃だったろう)」

肉種を小判型に成形してフライパンの支度をしながらミキは思案する。
多分小学生、いや幼稚園生の頃にはこの大いなる心配性は発症していた。
であれば生まれたときからーーと思い返す。私はそんなに消極的な赤ん坊だったんだろうか。
今度親に聞いてみたら、以外と大胆だった一面とかも聞けるかもしれない。

少なくとも、一人で生きていく分にはこの心配性もとい用意周到さは色んな場面で役立った。仕事でも、プライベートでも自分の重ねた準備が不足していたことはない。
何をするにしても準備を心がけておくことはいいことだとミキは信じている。
たとえそれが、周囲から見たらただの大げさな心配に見えたって。

中火のフライパンにハンバーグを載せて両面に焼き色がつくまで火を通す。火が通ったら取り出して代わりにフライパンにみじん切りのタマネギのもう半分を薄くスライスしたものと、冷凍保存して置いたシメジを炒めて火を通す。
全体的に火が通ったら、水とコンソメとケチャップ、中濃ソース、砂糖を入れて火を通す。野菜の上にそっとハンバーグを戻して蓋をしてぐつぐつと煮込めばあとは完成を待つだけだった。
中までで火が通ってる、ミキのためのハンバーグが出来上がる。

用意周到といえば聞こえが良い。
心配性というとネガティブだ。

ハンカチも余計に携帯しているし、解熱鎮痛剤の類いも持ち歩いている。
充電器は2個ある。手元用の消毒ハンドジェルもある。
それとーー。

自然と容量の大きくなるバッグは、ミキの自分を守るとと同時に他者に分け与えるための優しさ(たとえそれが欺瞞だとしても)として存在していた。
かっこいいブランド品の小さなバッグを一つ持って颯爽と歩く人に憧れなくはないが、私にはなれないとミキは思う。
多分世の中は、顧みずに真っ直ぐに歩ける人と後ろを振り返って気にしている人のバランスで上手いこと出来上がっているのだと、信じて。

それに鉄板の上でじゅうじゅうと焼かれてしっかりと火の通ったハンバーグは、お店でも食べられる。
餅は餅屋、ハンバーグはハンバーグ屋、うちにはうちの煮込みハンバーグ。ぐつぐつと少し甘めの匂いを漂わせながら煮込まれていくハンバーグにミキの空腹が引っ張られていく。

「(……おいしそうだし、今晩食べるのは一つだから目玉焼きぐらいはのせても良いかもしれない)」

二口コンロに小さなフライパンを乗せてサラダ油を引いたミキはまさに用意周到であったし自分のために料理を楽しんでいた。
窓の外ではまだ雨が降っていて、洗濯物はいつやろうかと考えながらミキは冷蔵庫から卵を取り出してそおっとお茶碗に割った卵の中身を落とす。
これもまた『絶対に目玉がぐずれない目玉焼きを焼く』という失敗しないためのライフハックだった。

ミキはそんなところも用意周到だ。

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