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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #33】サマー・プディング(3/3)

誰かの労働の果実

ではなぜ政府公認の制度のなかで「奴隷」と言われてしまう状態が生み出されるのかといえば、イギリスのEU脱退によってEU基準より緩いヴィザ発給要件を導入できるようになったため、相対的貧困国からの流入が増えたことが一つ。もう一つは、テスコ、マークス&スペンサー、ウェイタローズといった大手スーパーマーケットと契約している農場が、簡単に言ってしまえば商品単価を「買い叩かれ」ているからだ。人件費を削ることで生産費を補填し、従業員の健康、医療、福祉にまでお金を回す余裕がないどころか、給料を確保することも難しいケースがあるという。

2004年にランカシャーのモーカム湾でアサリ取りをしていた中国人季節労働者(就労ヴィザを発給されていない人もいた)が23人溺死した事件以来、劣悪な労働条件を告発し改善を促す政府監督機関の設置が求められ、2017年には「労働衛生監督庁(GLAA、the Gangmasters and Labour Abuse Authority)が作られて、最低賃金の支給、衛生的な居住環境の保証、交通移動手段の安全性の確保、フェアな労働契約を履行しているかどうか、雇用主を監視することができるようになった、はずである。それが、EU離脱による規制緩和とコロナ・ウィルスによる労働力不足で抜け穴ができたのだろう。どこかの国の「技能実習生制度」を思わせる。

モーカム湾での中国人季節労働者溺死事件、およびイギリスの農水産業を支える外国人労働者たちが置かれている実態については、Hsiao-Hung Pai, Chinese Whispers: The True Story Behind Britain's Hidden Army of Labour (Penguin Books, 2008)を参照。

先進工業国や旧植民地宗主国のありとあらゆる産業/商売の現場に、その国に比べて相対的貧困率の高い国から移住してきた人たちが労働力として現れるのは、もはや珍しいことではない。それは例外ではなく、当たり前の光景(深夜のコンビニを考えればよい)だし、そうしないと産業がなりたたない(と思わされている)。現代人の生活自体が、そのような状況を少し集中して繊細に目を凝らさないと見えにくいなと思ってしまう人たちと、告発を受ける状況が日常な環境で生きる人たちに分断されている。

嗜好品と呼ばれるものの原材料はほぼすべからく、それが大量消費のために商品化され市場規模が拡大すればするほど必然的に、奴隷かもしくは奴隷に近い労働条件のもとで作業する一定人口の、それも使い捨て可能だと思われる人間たちの肉体労働によって供給源を確保されてきた。歴史的にも、また現在でも。

かつて、コーヒーには必ず砂糖を入れて飲むという人物に出会ったことがある。虫歯や糖尿病を全く気にしていないということが問題なのではなく、その人は奴隷制時代の人々の痛みや、それを飲むことの罪深さを忘れないようにしていると言った。格好つけすぎである。偽善である。鼻持ちならない形而上的思想である。しかし、もはやそうではないものがあるだろうか? 絶対砂糖を入れてコーヒーを飲む行為を、警句にしなければならないのではないか。口にするもの、身につけるもの、身に施すもの。その原料はどこから、誰の手によってもたらされているのかを考えずして、そして考えた末に頭を抱えずして、享受できるものなどないのではないか。

夏の晴れた日に、ケントやサセックスの摘み取り(pick your own)ができるベリー農場を訪れ、陽光に照らされたラズベリーを口に入れてみればよい。温かいジュースがふんだんに口に溢れ、温かい分だけ甘み濃く、鼻に抜ける余韻が深い。自分で獲ってみることだ。獲って持ち帰ることのできる分だけのお金を払うシステムが大半だから、量も金額も自分でコントロールできる。少なくとも、そこで自分が食べるベリーぐらいは自分で摘み取る事ができる環境が、まだ残されている。食べきれない分は持ち帰り、やはりサマー・プディングにすればよい。ブラックベリーが足りないからといって、途中のスーパーに寄って買い足してはいけない。あくまでも自分で摘み取ったベリーだけで作る。それでも、砂糖を使って煮なければならないのだから、階級格差をなかったことにする食べ物にはなりえないことは、少し自覚しておいたほうがいいことは言うまでもない。砂糖を使っても、それは十分に酸味と苦味を残しているだろうから。

(完)


ストロベリー&クリームのレシピ

1人分

材料

イチゴ           10個
生クリーム         100ml
バニラビーンズ       1/2本
粉砂糖           適量

作り方

①バニラビーンズの鞘に切り込みを入れて、その切り込みにナイフの背を入れて、種をこそぎとる。

②生クリームに粉砂糖とバニラビーンズを入れて良くヘラで混ぜ、混ざったら冷蔵庫で冷やしておく。このときホイップはしないように気をつける。

③いちごの軸の部分をとりのぞき、お好みの大きさにカットする。

④いちごを器に盛り、サーブする直前に冷たいクリームを注いでいただく。


次回の配信は9月8日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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