The Commoner's Kitchen(コモナーズキッチン)

コモナーとしてコモナーとともに料理を作り、テーブルを囲む、農民とパン屋と物書きから成る…

The Commoner's Kitchen(コモナーズキッチン)

コモナーとしてコモナーとともに料理を作り、テーブルを囲む、農民とパン屋と物書きから成るコレクティブ。階級の視点から「イギリス料理」を作り、食べ、語る「Bake−up Britain: 舌の上の階級社会」を連載中。毎週金曜更新。

最近の記事

  • 固定された記事

この連載について

「何を食べているか言ってごらん。どちらの階級の人間なのか、当ててやろう」。 ブリア・サヴァランがイギリス人だったらこう言ったかもしれない。 どうやらイギリスという国の社会には、どんな料理を誰が作るのか、誰が好むのか、誰が嫌うのかという分断によって色付けされてきた歴史があるらしい。特に階級によって、財産を持つか持たないかの違いによって、身体と時間を貨幣に換算しなくても生きてゆかれるか、そうでもしないと喰うに困るか、の違いによって、作って食べる料理が大きく異る、らしい。 そ

    • 【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #46】 1年間の記録

      この連載についてクリスマス・プディング① クリスマスにはプディングを ② 「階下のものたち」と「階上のものたち」 ③ 帝国のプディング・王のプディング ベイクド・ビーンズ① ベイクド・ビーンズが象徴するもの ② 貧しさに寄り添う ③ 缶詰工場の「匂い」 フィッシュ&チップス① イギリス料理の定番? ② フィッシュ&チップスと灰色の風景 ③ 2つの国民 ④ 「持つ者」と「持たざる者」 マーマレード① マーマレードと階級 ② 甘さと安さ ③ What i

      • 【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #45】ロースト・ビーフ(4/4)

        狂う牛、揺らぐ愛国主義華美さや複雑さを省き、オーブンで焼くだけのロースト・ビーフ。日曜日の礼拝に行く前に肉をオーブンに入れ、帰ってきたら焼けているからとか、家庭にオーブンのない労働者階級や貧しい人々は町や村のパン屋に肉を預けて、礼拝の帰りに受け取って家族で食べたからとか、サンデー・ローストの起源に諸説はあっても、われわれコモナーズ・キッチンの目から見れば、結局肉の塊を口にする機会などよほど恵まれていないとそうはないという単純な事実を、少し文化的に色づけてもっともらしく言ってい

        • 【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #44】ロースト・ビーフ(3/4)

          ビーフはどこだ?もしイギリス(イングランド)という国家や「イギリス人」という国民が、貴族も地主もブルジョワも労働者階級もルンペン・プロレタリアートもカトリック教徒もロースト・ビーフごと飲み込んで、それらをその腹の中で新たなパワーの源にするというのならば、なぜ1834年の新救貧法は救貧院で生活せざるをえない貧困者へのメニューからロースト・ビーフを省いてしまったのだろうか。 アメリカの歴史家ナジャ・ダーバッハによる「ロースト・ビーフ、新救貧法、1834年から1836年にかけての

        • 固定された記事

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #43】ロースト・ビーフ(2/4)

          牛肉と自由ホガースがイギリス第一主義の島国根性に溢れた愛国者だったのか、それともフランスやイタリアの画家たちの画風や最新の技法から積極的に学ぼうとしていた「ヨーロッパ人」だったのか、またそれはたとえばイギリスに逃れてきたユグノー(フランス人カトリック教徒)の友人たちから教わったものだったのか、それはそれでまた別の話である。ロースト・ビーフが誇らしきイギリスの象徴となったのは、ホガースと同時代に歌われていたとされる「古きイングランドのロースト・ビーフ」なるバラッドがきっかけで、

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #43】ロースト・ビーフ(2/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #42】ロースト・ビーフ(1/4)

          古きイングランドのロースト・ビーフいつか食べるといい、ロースト・ビーフを。できるなら寒い季節の昼下がりがいい。窓から柔らかく光が差し込む古いパブの木のテーブルで、ワインではなくエールを、いや、むしろスタウト(黒ビール)を、「柄がついていないグラスで出すような愚」(*1)を犯さずに、ジョッキか陶製のマグで添えて食するのがいい。ヨークシャー・プディングは必ずあったほうがいい。たっぷりとかけられたグレービー・ソースを余すことなく掬うことができるから。付け合せは人参とジャガイモ。ホー

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #42】ロースト・ビーフ(1/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #41】イングリッシュ・ブレックファスト(4/4)

          それを食べない「イギリス人」と、ここまでは、イングリッシュ・ブレックファストが誰にでも食べられる、という前提で話を進めてきてしまった。食べられない人たちは、いる。今どきヴェジタリアンには大豆ミートで作ったソーセージやベーコンはあるが、たとえばイスラム教徒用に特別な処理を施したハラル仕様のベーコンやソーセージは、なかなか見つけるのが大変だ。つまり、原材料の豚肉が問題となるからだ。<イングリッシュ=イングランド人>であることが、豚肉を食えるか食えないかや、宗教的信仰や戒律によって

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #41】イングリッシュ・ブレックファスト(4/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #40】イングリッシュ・ブレックファスト(3/4)

          「本当」のブレックファストはどこに?反論は可能だ。「昔は」すべて手作りだったと。しかしこの反論の論拠は少し厳しい。イングリッシュ・ブレックファストが「大衆化」したのは、ベーコン、ソーセージ、ベイクド・ビーンズ、そしてトマトが手軽に手に入るようになったほんの60〜70年前のことだからだし、そもそもそれらが大量生産されなければ、いまの食材が全て出揃うブレックファストが作れたかどうかも怪しい。もう一つ別の反論も可能だ。「本当」は、そんなお手軽なものではないと。例えば、「イングリッシ

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #40】イングリッシュ・ブレックファスト(3/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #39】イングリッシュ・ブレックファスト(2/4)

          大量生産と手作りともかく、伝統的なイギリスの朝食と謳われるこのメニューだけれど、その中身を考えてみるとその伝統をどこまで遡って考えるべきかはなかなか微妙である。朝食をしっかり食べるという習慣自体が19世紀になってから一般的になったものであり、その19世紀を通じて起きた産業革命によって階級分断が激しくなった。だから、朝からお腹いっぱいに食べないと働けない労働者階級のためにこれだけカロリーの高い中身になったと説明されるようになる。しかし、本連載の「ロールモップとキッパー」の回でも

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #39】イングリッシュ・ブレックファスト(2/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #38】イングリッシュ・ブレックファスト(1/4)

          朝以外もブレックファストブレックファストとは、ファスト(絶食/断食)をブレイクする(破る)という意味で、前夜の夕食からしばらく時間を経て初めて食べる食事だからそう呼ぶのだという。もともとはカトリックやイギリス国教会のしきたりで、イースター(復活祭)前の40日間に及ぶ断食が明けた後の食事に由来するという話もあるのだが、そういう細かいことはこの際どうでもいい。問題は、かのサマセット・モームに「イングランドでちゃんとしたものを食べたければ、1日3回ブレックファストを食べればいい」と

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #38】イングリッシュ・ブレックファスト(1/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #37】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(4/4)

          慎ましやかな庶民の暮らし家で作る一番「普通」のイギリス料理。学校や病院や、監獄ですら最もよく出てくる一番「普通」のイギリス料理。ベイクド・ビーンズは基本缶詰だからありえないし、フィッシュ&チップスは外で買うからありえない。ローストは平日の夜に食べるものではない。シェパ―ズ・パイのこの決まりきった「普通」さこそ、毎日決まった列車の決まった車両に乗り職場に行き、淡々とルーティンをこなし、手の掛かりそうな案件は後回しにして何事も無難に済ませてその日の仕事を終え、決まった時刻に仕事場

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #37】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(4/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #36】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(3/4)

          「今日はシェパ―ズ・パイか」「羊飼いのパイ」とか「農家(コテージ)のパイ」という名のとおり、もともとは農村部や郊外に住む庶民の料理だったことになっているが、イギリス王室の新旧メンバー、特にウィリアム皇太子ともう王室ではなくなったハリーの兄弟も大好きな、「階級と関係なく広く愛されている」料理だというし(『食文化からイギリスを知るための55章』明石書店、2022年、237頁)、学校給食の定番メニューでもあることから、もしかしたら外向けの「国民食」であるフィッシュ&チップスに対して

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #36】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(3/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #35】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(2/4)

          ボウイの好物?出来上がりの質や材料の良し悪しや、誰が作るのか、そもそも作るのか出来合いを買って温めるだけなのか、パターンは多々あれ、どの階級の家庭でも食べられる「普通」の代表的な料理がシェパ―ズ・パイである。シェパーズ・パイは2016年に亡くなったデイヴィッド・ボウイの大好物だった、らしい。らしい、というのは、本人の証言が見つからないからだ。種々のウェブサイトや「噂」話として、なかにはレコード会社の人間が言っていた話として、ボウイが妻のイマンに作ってもらっていたとか、その程度

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #35】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(2/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #34】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(1/4)

          「普通」の味ちゃんと食べてみると美味いし、落ち着いてよく考えて味を思い出してみると美味いのだが、その印象が美味さに即座に結びつかない食べ物というものがある。たとえば、グリーンピースのスープ(Pea SoupもしくはGreen Peas Soup)のようなもの。スープ・ストックを骨付きハムでとったり、ミントと一緒にミキサーにかけたり、クリームを入れたりとレシピは複数あるが、春から初夏にかけて、グリーンピースの美味しい季節に生のグリーンピースで作ると本当に美味しい。むろん、秋や冬

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #34】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(1/4)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #33】サマー・プディング(3/3)

          誰かの労働の果実ではなぜ政府公認の制度のなかで「奴隷」と言われてしまう状態が生み出されるのかといえば、イギリスのEU脱退によってEU基準より緩いヴィザ発給要件を導入できるようになったため、相対的貧困国からの流入が増えたことが一つ。もう一つは、テスコ、マークス&スペンサー、ウェイタローズといった大手スーパーマーケットと契約している農場が、簡単に言ってしまえば商品単価を「買い叩かれ」ているからだ。人件費を削ることで生産費を補填し、従業員の健康、医療、福祉にまでお金を回す余裕がない

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #33】サマー・プディング(3/3)

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #32】サマー・プディング(2/3)

          ベリーと「奴隷」しかし、である。毎年7月の全英オープンテニス、ウィンブルドンが来るたびに「名物」として取り上げられる「ストロベリー&クリーム」、これはどうだ。1877年の第1回大会から供されてきたという、イチゴにこってりしたダブルクリームをかけただけの一品だが、ケント州の「ヒュー・ロウ農場」という指定農場で朝摘みしたイチゴを運び込み、コロナ・ウィルスによる観戦制限が敷かれるまでは大会期間中に200万粒近くが消費されていたという。イギリス(イングランド)でイチゴの栽培が始まった

          【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #32】サマー・プディング(2/3)