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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #34】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(1/4)

「普通」の味

ちゃんと食べてみると美味いし、落ち着いてよく考えて味を思い出してみると美味いのだが、その印象が美味さに即座に結びつかない食べ物というものがある。たとえば、グリーンピースのスープ(Pea SoupもしくはGreen Peas Soup)のようなもの。スープ・ストックを骨付きハムでとったり、ミントと一緒にミキサーにかけたり、クリームを入れたりとレシピは複数あるが、春から初夏にかけて、グリーンピースの美味しい季節に生のグリーンピースで作ると本当に美味しい。むろん、秋や冬に冷凍のグリーンピースを使っても作れるが、やはり旬のグリーンピース(収穫してすぐに生で食べても甘くて美味しい)のふくよかな香りにはかなわない。

ミキサーにかけることさえ面倒臭がらなければ作るのはとても簡単だし、なんだったら冷凍物や出来合いの製品もいっぱいあるから、当然階級に関係なく食べられる。もちろんイギリスだけではなく、たとえばオランダのエルテンスープなどのように、グリーンピースが穫れるところではどこでも「普通」に食べられる。そういうとても「普通」の食べ物だから、人間以外の生き物にも食べられることもある。

ロアルド・ダールの『魔女がいっぱい』では、年に一度の定例食事会のためにボーンマスのホテル・マグニフィセントに集う魔女たち(もちろん人間には彼女たちが魔女だとはわからない)にグリーンピースのスープが供される。子どもたちをさらって悪さを働く魔女たちを懲らしめてやろうと、主人公は物知りで勇敢なおばあさんと一緒に魔女退治を決意するのだが、逆に魔女に捕まってしまい、人間をネズミに変える「ネズミナール」を飲まされてネズミにされてしまう。そこでおばあさんは魔女たちの食事会と同じレストランのテーブルに席を取り、一計を案じるのだが、そこで交わされた給仕係とおばあさんのやりとりがこれだ。

給仕係:今日はグリーンピースのスープで始まりまして、次にはシタビラメのグリル焼きかロースト・ラムのうち、どちらかをお選びいただきます
おばあさん:グリーンピースのスープとラムをお願いしますよ

ロアルド・ダール『魔女がいっぱい』クェンティン・ブレイク絵、清水達也・鶴見敏訳、評論社、2006年、220-221頁

スープが出される。ではそのスープに「ネズミナール」を入れて魔女たちを皆ネズミに変えてしまおう。これがおばあさんの作戦だった。ネズミ姿の主人公は、厨房に忍び込み、長い尻尾を壁のフックに巻きつけてぶら下がり、コックがその鍋を持っていこうとする直前にボトルの「ネズミナール」をそっくりスープ鍋に注ぎ入れることに成功する。

次の瞬間、コックが、湯気のたったみどり色のスープの入った大鍋を持ってやってきて、銀の器に、たっぷりそそぎこんだ。器にふたをして叫んだ。「大パーティー用のスープ、できあがり!」

同上、228頁

たとえ「ネズミナール」入りとはいえ、ダール作品独特の情け容赦なさがにじみ出る、読みようによっては恐ろしい物語であるとはいえ、銀の入れ物に注がれるスープが湯気と香りとともに目に浮かぶようだし、やはり宮崎駿はダールが好きなんだなぁと思わせる、ジブリ作品に出てきそうなシーンではないか。食の豊かさと人間の残酷さを一つの料理で同時に感じさせる奇妙な場面を演出しているのが、グリーンピースのスープなのだ。

反面、残酷さをもっと直截に表す風景の中に出てくるグリーンピースのスープもある。スコットランド出身でアメリカ在住の作家ダグラス・スチュアートのデヴュー作にしてブッカー賞受賞作『シャギー・ベイン』。アルコール依存症で自己破壊衝動に駆られたエリザベス・テイラー似の美しい母と、その母をなんとか支え懸命に生きようとする感受性の鋭い息子の、センチメンタルだが細部に渡る冷徹なリアリズムに裏打ちされた物語だ。

ダグラス・スチュアート『シャギー・ベイン』黒原敏行訳、早川書房、2022年

主人公の少年シャギーは、異父兄妹と母のアグネスとともにグラスゴー近郊の炭鉱町の低所得者層向けのアパートに住んでいる。タクシー運転手のシャギーの父はたまにしか家に寄り付かず、帰ってきたとしても母に暴力をふるい子どもたちには見向きもしない。はっきり言って、読み進めるほどに痛々しいことばかりのこの物語に、グリーンピース(pea)のスープが登場する。

いつ帰るともわからない夫を窓辺で待つ母親と、シャギーの異父兄リークとの会話だ。

「ママ、食べるものないの」
スープを温めようか?
「豆(pea)のスープ?」
そう
「豆(pea)でなきゃいいのになあ」

これを傍で聞いていた異父姉キャサリンがスープの鍋をのぞいて臭いを嗅ぐと、「鼻をくしゃっとさせた」。つまり、饐えていたのだ。貧困、DV、家庭崩壊(シャギーの時に「英雄的」な行いによってなんとか保たれてはいるが)、依存症。これでもかと詰め込まれたサッチャー政権下の社会のダークサイドの極めつけは、嫌われていることに加えて食べられることもなく腐ったグリーンピースのスープだ。グリーンピースのスープがかわいそうである。かわいそうだが、どん底を示すまたとないアイテムとしてグリーンピーススープが選ばれているのは、ごくごく平均的に「普通」の、階級に関わらずどこの家庭でも食べるグリーンピースのスープさえまともに食べられないどん底の状況を示すと同時に、グリーンピースのスープの「普通」さを際出たせる描写でもあるだろう。



グリーンピースのスープのレシピ

4人分

材料

実エンドウ    500g(冷凍グリーンピースでもよい)
玉ねぎ      1個
無塩バター    60g
スープストック  400㎖ 
牛乳       300㎖
ミントの葉    10g
塩        適量
黒胡椒      適量

作り方

①玉ねぎをみじん切りにする。

②鍋にバターを入れ弱火で溶かし、玉ねぎがかるく色づくまで炒める。

③スープストックを注ぎ、実エンドウを入れてひと煮立したら弱火にして10分ほど煮る。

④鍋の中身をミキサーに移しミントをくわえて滑らかにする。

⑤鍋に戻して牛乳を注ぎ弱火で温め、塩と胡椒で味を調えて出来上がり。温かいままでも、冷やしても美味しい。


次回の配信は9月15日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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