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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #35】グリーンピースのスープとシェパーズ・パイ(2/4)

ボウイの好物?

出来上がりの質や材料の良し悪しや、誰が作るのか、そもそも作るのか出来合いを買って温めるだけなのか、パターンは多々あれ、どの階級の家庭でも食べられる「普通」の代表的な料理がシェパ―ズ・パイである。シェパーズ・パイは2016年に亡くなったデイヴィッド・ボウイの大好物だった、らしい。らしい、というのは、本人の証言が見つからないからだ。種々のウェブサイトや「噂」話として、なかにはレコード会社の人間が言っていた話として、ボウイが妻のイマンに作ってもらっていたとか、その程度なのだ。

でもシェパーズ・パイとボウイで検索すると、実に多くの、レシピも含めた情報にヒットする。大回顧展「デイヴィッド・ボウイ・イズ」の開催に合わせて銀座にオープンしたカフェでは、シェパーズ・パイとギネスのセットが大人気だったらしい。ところが、調べた限りでは伝記や本人のインタヴューのどこにも、シェパーズ・パイが大好物だとは出て来ないのである。1970年代半ばには「赤ピーマンとコカインと牛乳」(David Buckly, Strange Fascination: David Bowie: The Definitive Story, 1999)しか口にしていなかったスーパー・セレブリティ薬物中毒者のボウイも、今となっては庶民派の味が一番好きなんですよという毒消しPRなのかと勘ぐってしまうほどである。

でも、ボウイがシェパーズ・パイを好きなのは珍しいことではないだろう。シェパーズ・パイはイギリスの子どもたちにとっては給食で最も頻繁に口にしたものだろうからだ。映画第2作『ハリー・ポッターと秘密の部屋』でも、ホグワーツ魔法魔術学校の夕食で出された。まあハリーは秘密の部屋に閉じ込めてきたギルデロイのことが気がかりであまり食が進まなかったのだが。他にもジブリ映画『アーヤと魔女』では、聖モーウォード子供の家で出されるアーヤの大好物として登場している、いわゆる「ジブリ飯」の一つである。

『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(監督:クリス・コロンバス、2002年)

羊(子羊ラムや成羊マトン)のひき肉を人参や玉ねぎなどの香味野菜と一緒に煮込む(羊ではなく牛のひき肉にしたらそれはコテージ・パイ)。煮込んだものをトレイに入れて上からマッシュド・ポテトで覆い、オーヴンに入れてベイクするだけのシンプルな料理だ。煮込むときにリー・ペリン・ウースター・ソースを入れるとか、もっとドロッとしたHP(ハウス・オヴ・パーラメント)ソースを入れるとか、マッシュド・ポテトの上にチーズをかけて焦げ色をつけるとかいろいろこだわりもあるだろう。残ったらグシャグシャにして丸め、パン粉をつけて揚げればコロッケにもなるという応用の効く料理でもある。前々回のバンガーズ&マッシュもそうだが(連載 #23)、ちゃんと作れば必ず美味しい動物性たんぱく質と炭水化物の黄金のカップリングの一例なのだ。

もともとはローストした肉の食べ残りを使っていたが、食肉業が機械化されひき肉が廉価で手に入るようになるとそれに取って代わった。著名なフード・ライターで多くのレシピ本も残しているジェーン・グリグソンは、1885年のロンドンの夕刊紙「ポール・モール・ガゼッタ」の「イーストボーンの救貧院の幹事会が、年老いて歯のない入居者のためにひき肉機を1台注文した」という記事を引きながら、捨ててしまえるような部位や保存状態の悪い肉までひき肉にできるようになった弊害についても書き記している[*]。当初からひき肉が年寄りや貧困層に結びつけられるのは珍しくはなかったことに加え、この機械の登場で「監獄、学校、海辺の養老院の料理人が新しい技術を身につけねばならなかった」と書いているように、ひき肉は当初から簡単で大量に作れる料理の必要な施設にもってこいの食材だったのだ。給食と、基本的にはひき肉とじゃがいもだけで作れるシェパ―ズ・パイは、始めからそういう関係だったのである。


注 
* Jane Grigson, "Shepherd's Pie by Jane Grigson", Guardian, 27 January 2020, "https://www.theguardian.com/food/2020/jan/27/ofm-20-best-potato-recipes-jane-grigson-shepherds-pie


シェパーズ・パイのレシピ

直径25cmのパイ皿1個分

材料

フィリング
羊のひき肉     500g
トマト       350g
玉ねぎ       1個
ニンニク      2片分
生姜        2片分
チリパウダー    小さじ1
タイム       小さじ1
塩         適量
胡椒        適量
サラダ油      適量

マッシュド・ポテト
ジャガイモ     1kg
無塩バター       150g
牛乳          250㎖ほど
塩         適量
胡椒        適量

作り方

フィリングを作る
①玉ねぎとニンニクはみじん切り、生姜はすりおろし、トマトを湯むきして皮と種を取りのぞいておく。

②フライパンに油をひき玉ねぎが色づくまで弱火で炒め、そこにニンニク、生姜、すべてのスパイスを入れて炒め続ける。

③羊のひき肉をくわえて中火で炒め、肉の色が変わったらトマトをくわえて汁気がなくなるまで30分ほど煮る。

④塩で味を調えて冷ましておく。

マッシュド・ポテトを作る
連載 #24 マッシュ&ピーのレシピ参照

パイを作る


①パイ皿にフィリングを敷きつめて、その上にマッシュド・ポテトを平らにひろげ、その表面にフォークで波状の模様をつける。

②220℃に予熱したオーブンで30分ほど表面に焼き色がつくまで焼き、温かいうちにいただく。

※このレシピで羊肉を牛肉に代えてつくるとコテージパイとなります。



次回の配信は9月22日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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