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美容師はみた 【note de ショート】


わたしは明美です。

美容師学校を卒業後、地元の美容室で
見習い中の21歳です。

美容師に憧れて専門学校の門を叩きました。
美容師はわたしが小さい頃からの夢。

だってお客様の人生の大事な節目に
必ず登場する職業じゃないですかぁ。

七五三

成人式に結婚式。

あとしいていえば
還暦や金、銀婚式。

そしてお葬式にだって。

ハイカラだったうちのおばあちゃんの
遺言にもありました。
「かならずきれいにして送ってちょうだい
明美、あんたがやるんだよ。」

って。
わたしのおばあちゃん。
昭和のモガだったみたい。
おしゃれが大好き。美容師への夢を応援して
くれたのもおばあちゃんでした。

そんな美容師というわたしのお仕事。
実際の勤務は、といえば・・・

う~ん・・・。
費用対効果という言葉を借りたとしたら

報われないお仕事だと思いますよ。
だってわたしたちの拘束時間といえば
長すぎますしね。

勤務終了後もカットやパーマの技術向上に
充てます。
帰りは午前様、が当たり前。
そして寝る間もそこそこで
次の日の勤務が始まります。

ですから「時間=おかね」
という意識で始められるのなら
一旦、考え直した方がいいと思います。
経験者としてここは強く
念押ししときますね。

幸い、わたしは
「お客様の笑顔=おかね」を徹底して
ますので、
この美容師としての修行を
かけがえのない財産として
とてもありがたく思ってます。

わたしの勤め先
この美容室に通ってくださるお客様も
みなさまいいお客様ばかり。
気難しいかたも中にはおいでですが
そのときは店長が担当されます。
ですが基本、いいお客様に愛されている
美容室に勤めることができています。


ありがたいことです。


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今日はこのお客様のお話をさせて頂きます。


そのお客様、昨年の夏ごろから
通ってくださるようになった
常連になりかけのとても気のいいお客様。

カットのご予約をいただいていました。

今度で5回目のご来店になるかと思います。

いつもきれいな着物をお召しで
格式の高いイメージをお持ちの方。

遠くからしか拝見したことがないんですが
うちの店長とはいつも気さくに
おしゃべりされています。

そしてわたしと通りすがるときも
会釈されます。
いい香りがするんですよね。なんとも上品な。
そう、香を焚いたフレーバー。


その夜うちの店長からの打診が。



「なぁ、あけみー。あしたの3時からの
お客様さぁ、おまえが担当すっか!

サポート俺入るしさぁ。やってみぃ 」


ここの美容室でお世話になって以来
始めての抜擢でした。
心おどる気持ちでしたね。


真夜中まで明日のためのトレーニングを
念入りに行いました。



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明くる日。

そのお客様のご予約の時間PM3時には
まだ時間があったのですが、わたしはもう
ソワソワし始めていました。


それもそのはず、かもしれません。
その日の朝から失敗つづき。
わたしイイコトなにもなかったんですよ。


あさ、出掛けの際に車がパンクするし
代わりの自転車で通勤中も黒猫が横切り
危うく轢きそうになりました。

そしてフラフラと車道にでかかったところを
ゴミ収集車と正面衝突しそうになり危うく
死にかけた、という散々な朝を迎えて今に
至るんです。


今思い返せば
ムシの知らせ
だったんですかね。
パンク、黒猫に交通事故寸前・・・

行くな、止まれの連鎖だったんでしょうね。

そんなこととはつゆしらずわたしは
3時からのお客様の到着を待っていました。


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PM3時。

お客様の車が駐車場につきました。
レクサスLX。
まばゆいほどの白く輝く高級車。


いらっしゃいました。
本日のメインイベントです。


「い、いらっしゃいませ・・・
お待ち申し上げておりました。」

わたしは精一杯のご挨拶をしました。
するとそのご婦人もニッコリと
会釈を返してくれました。

わたしはご婦人を席まで案内すると
そこに店長がやってきました。

「いつもありがとうございます○○さま。
今日のカット担当は○○さまのかねてよりの
ご要望により、この明美が担当します。

わたしもサブで控えていますのでどうぞ
ご安心を(笑)

でも、大丈夫です。コイツずっと
頑張ってて
昨日も夜中まで○○さまのために
練習してましたから」

??かねてより??
もしかして私はこの御婦人に
指名して頂いたの?

それにしても何故に?
イマ知った事実に思わず
ポカンとしてしまいました。


「アナタ、明美さんとおっしゃるのね?
そんなに緊張なさらないでね。
いつもどおりのアナタでいて頂戴、ね。」

「は、はい」

私はそのご婦人の優しさに触れて
緊張が徐々にほぐれていきました。

一生懸命。
わたしは一生懸命髪を切らせて頂きました。

あまりにハサミに夢中になりすぎました。
無言の時間が続きます。

「アナタ、お歳は?おいくつ?」
と会話を切り出してくださったのは
そのご婦人からでした。

わたしは夢から覚めたような
顔をしていたと思います。
とっさに自分の年齢を答えました。

あとは美容師歴、なぜ美容師になったのか。
そして意気込みなど答えたと思います。

ウンウン、とご婦人は聞いて下さっていました。

「明美ちゃん、アナタ今後もずっとこのお仕事続けていきたいと思ってるのよね。わたくしも応援するわね。
アナタは意気込みが違うの。きょうびのお若い方と比べるのも何だけど、アナタは意気込みが違うのね」

「アナタをずっと応援させて頂戴ね」

わたしは嬉しかったんです。
何があっても決してお客様の前で涙を見せては
ならない。たとえ辛くても、と続くはずです。

でも嬉しいんです。
いけないこととは知りながらお客様の前で思いっきり
笑い泣きをしてしまいました。

店長も横でなにも言わずにこにこ笑っていました。

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いつもどおりスムースに。

心がけました。
スムースに。

このかたはわたしの始めてのお客様。

気持ちよくお迎えしたし
満足して帰っていただきたい。

いつのまにか緊張せず
いつものわたしに戻って
仕事ができました。



そのときです。

わたしの視線になにかが飛び込んできました。




なんだろう?
最初はなにが何だかわかりませんでした。


そして無意識にすこし心にブレーキが
かかりました。

「明美ちゃん、どうしたの?」

「いえ、○○さま、なんでもございません」

どこかで何かを見てしまった・・・
きっとそれは悪いことの始まりだと
無意識が教えてくれました。

まただ・・・
「ムシの知らせ」

止まれ。止まれ。止まれ。止まれ・・・


何者かがわたしに告げます。

そんなこんなしているとき
美容製品の営業のかたが来店されました。


対応するのはいつもわたしです。
ですが今日はわたしの初舞台。

店長が対応に当たりました。


わたしは我にかえりました。
このまま中断してはいけない。
ちゃんと目の前の仕事を完了させるのだ、と。


そのときです。
またなにかがわたしの目に飛び込んできました。

どうやら・・・漢字? 漢字で3文字?
なんでしょう?わたしが見る景色は・・・

かがみ、店内、細いスーツを着た営業マン、応対する店長
お客様、お客様の置物・・・お客様の髪。。!



わかってしまいました。





お客様の髪。 いえ。
お客様の・・このご婦人の地肌でした。


お客様、このご婦人の白く薄くなった地肌から
見えました。


そうしたら
急にハサミを持つ手が震えだしました。
恐怖です。

恐怖で手が震えだしたのです。

カットのミスではありません。
そんなんじゃないんです。

もっと言い様のない恐怖。
なぜって、このお客様の頭皮に
はっきりと・・・







「怒髪天」

というイレズミが彫られていたからです。


わたしの全神経が一点集中。
いまだ経験したことのない汗が吹き出してきました。

鏡越しに尋ねられます。
明美ちゃん、どうなさったの?と。

わたしは答えられません。
その質問に返答することができません。


店長、店長は・・・
まだ営業さんとお話し中です。

わたしはもういてもたってもいられず
「少々お待ちくださいませ」と
いってその場を離れようとしました。

とその時!
わたしの手を掴む手がニュッと出てきて
しっかりと捕まれてしまいました。


そしてこうおっしゃるのです。


「・・・ねぇ、この世の中
 知らぬが仏、という言葉があるのよね。
 とても便利な言葉だとおもうわ。

 なにも知らぬ、なにも見ぬ、

 なにも聞かぬ、誰にも話さぬ。

 ね、明美ちゃん、だっけ?

 

 もし誰かに話してみろ。な?
おまえ、終わるぞ



 もういいわ。ありがとう。
店長をお呼びになってね。」



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腰が抜けました。

「は・・はひはひ、た、ただいま・・・」
と逃げ帰るようにして店長のもとへ。

営業さんとの話を遮り、対応してくれと
店長に泣きつきました。


尋常のなさを感じた店長がすぐに対応しました。

ですがこのご婦人はいつもの様子です。

「明美ちゃん、すっごい頑張りやさん。
これからもどんどん応援させていただくわ、ねぇ
店長さん。またよろしく。

あいにく明美ちゃん、始めてのお客様でたいそう
つかれちゃったみたいなの。

仕上げまで代わりに店長さんにやってもらってって
明美ちゃんにお願いしたのよ」

「明美ちゃん、ありがとう。またおねがいするわ。
くれぐれも・・・ね。」


立ち去るわたしが感じた殺気。
鏡越しにみる殺気を帯びた視線。

笑っているが笑顔ではない笑顔。

「嗤う(わらう)」
という字を充てるのが適切な・・・


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後日、たまの休暇を利用してわたしは
公立の図書館に行きました。

目的は土地の風俗事情について。


昭和○○年
△△新聞 夕刊

『地元誘致のカンフル剤に!?』
『(地元の町名)町にストリップ劇場オープン!』

とある。
昭和かぁ。ずいぶん古い新聞のPDF。

その閲覧したなかに見つけたストリップ劇場の記事。

そこでわたしは見つけてしまいました。


「頭の先から付け根まで。ツルッツルでチャーミング
怒髪天ガールズ結成!」

「怒髪天ガールズ、見よ、この曲線美!!」

「ティッシュは必須!!さぁさぁ見てって見てって」


あの人だ・・・
あの人だ・・・

「ど、どはつてん・・・」
と言葉に発してしまったそのとき




RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!

着信音!
わたしのです。


「もしもし、明美ちゃん。わたくしよ。わた・・

ぞぞーーッとしました。
咄嗟のことでスマホをおとしてしまいました。

もしや知られた?
調べてるの。知られた??

わたしは狼狽しました。
がすぐにスマホを拾い上げました。

「いけない子。もう明美ちゃんったら。

何度言わす気?アナタってひとは。



これ、最後ぞ!
調べとんのやろ!
知っとんぞ。



ね。あ、そうだ。
今度アナタにカラーリングを
お願いしたいなって思ってたのよ


だいぶ付け根が白くなってきたじゃない?
黒くそめよっかな~なんて、ね。
またおねがいするわね♪



スミ、目立つと具合悪いでな


じゃぁ、また今度うちに遊びにいらしてね」


通話終了。


わたしの思考も終了・・・
いつ殺されても不思議ではない。
どこかに埋められても当然のことだ!


ジャーナリストでも知りすぎた人って
殺されますよね。わたしもおんなじですよね。


わたしは図書館から逃げだしました。


殺されるぞ、まだこっちゃ来るんじゃねぇ。
気を付けろ!やられるぞ!!!




おそらくムシの知らせは死んだ祖母。
まだ来てはならない、というお告げだったに
違いありません。


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あれから数年が経ちました。


あの頃のカケダシ美容師だったわたしは
いま渋谷の人気美容室を5件経営する
カリスマオーナーになっています。


あのときの事、いまもわたしの大事な
教訓です。

ここまで来るのに
何度も死線を越えてきました。

ですが挫折する寸前で見えざる手がわたしを
救ってくれたのも事実です。

だってあり得ないでしょ?
なんのパトロンもなく渋谷で今の地位って!?
きっと見えざる手の正体は…


これはここだけの話でよろしくお願いします。
ありがとうございます。




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