見出し画像

【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.1)

【新町の(旧)ドトールの位置についての考察】

「新町のドトールで待ってるから」と云ったのに、
彼女は来なかった。

ボクは、一階の真ん中の席で、“通りとニラメッコ”でもしてるかのように、お昼前の賑わいを見せてきた表通りに向かって、2時間待った。
それも、彼女が来たときに備えてカフェラテのS一杯だけでだ。
その最後の雫を飲み込んで、「もう帰ろう」と思った時だった。
不意に、見知らぬ女性に声を掛けられた。

「ネェ。誰か待ってるの?」
砕けた言い方だが、キャンディス・バーゲン似の知的な人だった。
ボクは、スクリーン上の女優のアップでも眺めるように見上げていて、そのスクリーン上の人から突然話し掛けられたかのような、虚実交錯感を覚えた。
(何しろ2時間もの間、虚空と睨めっこしていた訳だから)

そのとっさなことに内心うろたえ、
「イヤ、詩を書いているんだ」
と独り言のようにつぶやいていた。

ウフフと彼女は小さく笑って言った。
「向かいに移っていい?」
そして、「お気に入りの“通り”は見えなくなるけど」と付け加える。

ボクは、目の前の席に移ってきた人に戸惑いながらも、
「先に言っておきますが、ボクなんかと話してもつまらないと思いますよ」
とガードを堅め、「ひとつ先にいいですか」
「“E.T.”と“ゴースト”がダメなんです。映画のことですけど・・・」
と言うと。

彼女は、「むしろ良いわ。私もなのよ」と答え、
「それと山口百恵」と加えた。
お互い、世の中の流れには身を任せられないタイプだ。

(彼女は、ボクの隣の席にずっと座っていたという。2時間の間、まったく気がつかなかったボクもどうかと思うが、そんなボクを興味津々ずっと隣で観察していたとは、どっちもどっちだ)

この見た目とはうらはらに開けっぴろげな人は、名前を「山口一恵(かずえ)」といった。(どうりで)
年齢は、「32歳」だという。
続けて、(訊いてもないのに)スリーサイズまで言い出しそうな勢いだったので、そこで制止して、礼儀として、簡素な自己紹介をした。
「ボクは、伊藤健之介といいます。古くさい名前でイヤなんですけど、祖父が名付け親です。生まれる前から決まっていたことなのでしょうがありません」「22歳です。就職浪人中です。イヤ、就職する気なんかなくて、詩を書いてます」
「ところで、ラサーン・ローランド・カークは好きですか? ジャズマンですけど」「好きとまで言わなくても、受け入れられますか?」
(それが、ボクの”ソウルメイト”としての踏み絵なのだった。)

驚いたことに、一恵さんはローランド・カークを知っていた。
知っているばかりか、『THE INFLATED TEAR <溢れ出る涙>』が大好きだと言った。
おまけに、アーマッド・ジャマルもお気に入りだという。
押しの強さと控えめな表現という両極の雄だが、どちらも創造の神に祝福されたのは間違いない。
これで決まりだった。
美女は「ホラー」が好きなものだが、音楽の趣味もいいとこいっていた。

自己紹介が済むと一恵さんは、(ボクの胃の中が空っぽなのを見通して)すっとカウンターに立つとミラノサンドとコーヒーを2セット頼んできて、席に戻るとおもむろに言った。
「先ずは、腹ごなし。おごらせてね」
ボクにメニューを確認するまでもない。
シナリオ通り、といった身のこなしだった。

そうして、グラスの水を一口飲むと、独白のようにつぶやいた。
「詩を書いているんだったら丁度いいわ」

「過去の黒い記憶を、今日アナタに吐き出さないと」

・・・

ドトールの広く高い一階フロアーに、何やら、あやしげな雲が掛かった。


(つづく)

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?