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『聖トマスの夏』 (1/3)

夏休みに入る前のある日、タケシがボクの机の前に立った。
「おいカズ。夏休みの計画を持ってきたぞ」
と言ってノートを見せた。

タケシは、みんなより体が一回り大きい。兄姉が多く末っ子なのに甘えたところがなくて、逆に大人っぽい。
クラスでは、一番後ろの席で、口数も少なくあまり目立たない。
でも、何やかやとボクのことを気に掛ける。一人っ子のボクにとっては、何だか兄貴みたいな存在だ。
家が近いので、ボクの家に自然と入り浸る。
そして、何かとボクを可愛がる。
良い意味でも、悪い意味でもだが。

この計画というのは、先週末、ウチに遊びに来た際のある話題が発端となっている。
それは、“小学校最後の夏休みを、生涯の記憶に留める(ように、「その日暮らしではもったいないから、今から、ちゃんと計画を立てなさい」と、斉藤先生がボクたちに言ったから)、そのための遠大な計画”という話の結果なのだ。

見てみると、マジックで『川村城探検計画』と書かれてある。
川村城というのは、となり町とのほぼ中間の、沢沿いに上った山の中にあるという戦国時代の城の名残で、今でも森の中に城塁と堀が残っている。
という話を誰からか聞いたことがあるけど、本当かどうか、行ってみたことはない。
(お化けが出るという噂の沢口から入るので、一人で行ってみる気はしないが、二人だったら)、(自転車でだったら、多分そんなに時間がかからない)、(鬱蒼とした森の中、堀の水は緑濃くて深いそうだから、イカダが無いと渡れないだろう)、(これはきっと生涯の記憶に残るぞ)と、確かに興味がわいてくる自分がいた。
ノートと鉛筆は、探検の記録やイカダの設計図に必要だし、ナイフはイカダを造るのになくてはならない。
何よりも「探検」には付き物だ。
と、二人して休み時間を探検計画のイメージ増強に費やして、話は決まった。
それからの数日、学校の授業は消化試合さながら気の抜けたものだったが、ボクの想像力はますます冴え渡り、待ち遠しくてしょうがなかった。

そして夏休み三日目、暑くなりそうなどんよりとした朝だった。
タケシとボクは、自転車でじゃれ合いながら走り出し、町外れを過ぎ隣町へと続く道路に出る。
この中間地点に、お化けが出るという沢口があり、そこから枝道が延びている。
敢えて二人とも口には出さなかったが、自然とペダルを漕ぐスピードが上がった。いよいよ川村城跡へと登っていく山道の入り口を前にして、一旦、立ち止まり、黙ったまま目で行くぞ、と合図し合った。
ダラダラ坂をすこしばかり登った後、左斜面の樹木の枝に道が覆われ始めると、自転車の併走は出来ない程の狭い道になり、その後、粘土質の滑りやすい右傾斜の道が続き、自転車に乗って走ること自体が難しくなり、自転車を斜面に寄り掛けたまま乗り捨てて歩き出した。
更に斜面がきつくなり、人の足でも滑りやすい。
木々の枝は低く垂れ下がり、一列縦隊で身をかがめつつ歩いた。
もう相当暑くなっていて、木陰なのに風はなく、大気は淀んで余計に蒸し暑い。
黙々と汗だくになって歩いていると、タケシが、気を紛らそうとしたのか、
変な話をし始めた。


(つづく)

  

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