「困っていること」こそ、あなたの人生が前に進むための原動力

あなたには、今、
人生がなかなかうまく前に進まない、
なにかわからないけれどもうまくいかないなあ、
行く先を遮られているような感じがする…

というような、「困りごと」が、ありませんか?


あなたが、もし、今その「困りごと」がある(自覚できている)なら、
あなたは、必ずご自身の人生、しかもご自身独自のあなたらしい人生を、
しっかりと、前へと、進めていくことができます。

なぜなら、その「困りごと」こそが、あなたの人生の道標、あなたの先の道への目印だからです。
そして、その「困りごと」こそが、あなたの人生を進める原動力、エネルギーとして変換されることができる、いわばあなた専用のエネルギー補給タンクだからです。


少し、私自身の例えをします。
私は良く、最近は記事でも良く、「(目には見えない)人生の道を歩く、ひとの顕在意識」のことを、目の見えない人と似ていると例えることがあります。
物理的な意味での視覚情報を処理することができず白杖歩行の私は、道を歩いている時、縁石やら歩道地面に飛び出ているお店の看板やら、突き当たる壁やら、ガードレールやら階段やら…そんなものに白杖の先がガンガンあたります。
実はこれは障害理解の観点からも伝えたいところであるのですが、晴眼者の方々は良く、白杖使用者が道で歩いていて白杖を看板や縁石や電柱に当てているとき、もちろん思わぬ当たり方をする場合もありますが、「危ない!」と思いがちです。もちろん、思わぬトラックが前に停まっていてそこに突っ込もうとしていくときなどは声をかけて欲しいのですが、道路の突き当りの壁に当たろうと真っ直ぐ進んでいるときや、お店の看板や電柱に(身体ではなく)”杖で”探って当てようとしているとき、時々「危ない危ない危ない!」と、引き止められたりすることがあります。ちょくちょく、駅員介助をお願いして駅構内の移動を手伝っていただいている時にも、駅員さんの腕に掴まらせていただいて誘導して頂きながら、自分の足元や今どれくらいの幅があるのかなど確認していてわざわざ杖を右側に振って壁に当たったときなどに「あっ、申し訳ありません!」などと言われたりすることもあります。
…これらは、実は、わざと当てています。
私たちは、目(視覚情報)で離れた距離から物を確認することができないため、道を歩くにしても、どれくらいの幅があるのか、空間を把握するためにわざわざ壁や縁石に杖を当てることで、「ああ、ここに壁があってこちらがわはこのくらいの距離に縁石があるんだな」などとわかり、自分のいる位置を初めて理解して都度距離感を確かめながら真っ直ぐ歩く、ということができます。また、道を曲がる際にも、わざわざ突き当りの壁まで杖をぶち当てに行かないと、そこが曲がり角だとわかりません。また、通常の歩道などでも、わざわざ電柱や(既に知っている)お店の看板やらに杖を当てることで、それを実は目印としていて、あ、この看板にあたったからあと5歩のところで曲がる、とか、今〇本目の電柱に当たったから目的地がもうすぐだ、など、場所を把握しています。
そのため、その直前で大慌てで引き止められたりして驚いて止まったり身体の向きを変えたりしてしまうと、その場で自分のいる位置や方向感覚がわからなくなってしまう場合があるのです。
お声がけは大変ありがたいのですが、例えば上から看板がぶら下がっていてこのまま歩くと身体に激突するとか、杖で探ろうとしているのではなく明らかに身体からぶつかってしまうとかいうことでなければ、そこまで「危険」ではないので、最初に少し見守っていただけますと大変ありがたい限りです。
ただ、同時に、空中(杖でわからない場所)に看板がぶらさがっていたり車のサイドミラーが飛び出していたり、寧ろ唐突にその時だけ停まっている車に真正面から突っ込もうとしていたりするようであれば、どうか「白杖の方、一度止まって下さい」とお声がけいただけると、これまた大変命拾いさせていただくことのできる助けとなります限りです。

さて、少し脱線しました。

が、私も実は、少し前までは、外出時、そろりそろりと歩きながら、白杖の先がほんのちょっと行き止まりを感じさせるような縁石に当たったり、飛び出している看板に「カンっ」と当たったりすると、その音と物体の存在に飛び上がり、「ああ、何かに当たってしまった!」と、身体中緊張していた頃がありました。
この頃は、「障害物にぶち当たってはいけない、手探り杖探りなどしてはいけない、当たらずに回避できなければならない、何かに当たったらもうその先には進めない」というような、不可思議な思い込みがどうも深いところにあったのですね。

今では、「いや、そんなことはできるわけがないだろう、探らず触らずにどうやって物の存在や位置関係を把握するんだ、何にも触らず何を伝うこともなくどうやって真っ直ぐ歩きどうやって適切なところで曲がるんだ、そもそも杖は探るためにあるんだ」と言えますが。
あの頃は本当に「なぜだか」わからないままに身体がただただ恐怖反応を起こしていたのだなと思います。


これが、実は、「目には見えない人生の登山道」を歩んでいる人たち(要するに人類全員ですが)も、同じなのです。

私はほんの少し前の記事で、人は成長過程の最初のうちに、いわば「(人生の道で使う)白杖の使い方」を学ぶのだ、という話をしました。
ただ、これを何らかの理由で身につけられずに、この世に生まれて十何年も経ってしまった人は、白杖を使い始めたころの私と同じで……本来は人生の道を自分で把握するために必要不可欠な「目印」を「目印」と受け取ることができず、杖の先に何かが当たっただけで必要以上に飛び上がり怯え、「障害物だ!当たってしまった!なぜだか知らないがうまく前に進めない!人生うまくいかないんだ!私はこれ以上先に進めないのだ!」…と、感じてしまいます。


これは、実は、あなたが当たった障害物が「(越えられない程)大きいから」ではないのですよ。
白杖の先がちょっとコツンと当たっただけで、それの大きさなどわかるものですか(流石に駅のホームのどでかい大柱と地面に落ちている小石の差くらいは当たっただけでもわかりますが)。

ついでに私だって、白杖が縁石にちょっと当たっただけでそれが何だか、どうしたらいいかわかるわけではありません。ん、何かに当たった。ひとまずこれに沿って歩いてみるか、横に沿ったら…うん、何か横に長いな、ということはこれは縁石か壁かな…しかし少し上に持ち上げてみたら、数センチ上げただけで上面に当たる、とするとこれは縁石か。方角としてはこの縁石を乗り越えて道路を渡れば目的地の方向のはずだな…車の音も聞こえないし、よし、ではこの縁石、沿っていくのではなく跨いで越えよう、などという、当たるだけではないその物の探り方、その障害物があるがゆえに方向がおかしくなったりしない目的意識、処理過程を経ているわけです。

その障害物が何なのかという把握の仕方や越え方、自分の反応や動き方といった、つまり「あなたの人生の道における白杖の使い方」を覚えれば、必ず対処できるのです。
あなたは、障害物に対して持て余しているのではなく、ご自身の白杖の使い方をほんの少し、教わらずに(もしくは間違って覚えて)来てしまって、自分自身や自分自身の使っている道具に対して持て余しているだけなのです。

そして、同時に、「この障害物をどのように越えてどうしたい、どこへ行きたい(目的)」を決める力は、実はあなた(潜在意識と顕在意識が協力すれば!)の中には、既にあるのですよ。

そして、自分の「人生の登山道を登るために持っている道具」の使い方を適切に覚え活用して、ご自身の潜在・顕在意識が協力して目的もちゃんと把握できたら(思い出し、見据えることができたら)、そうしたらそれだけで、その障害物というのは、あなたの「原動力(エネルギー)」に変換されてあなたの中に入ってきます。

あなたの当たった障害物や困りごとは、あなたのためにこぼれないように今はフタの閉まった、エネルギーがまんぱいに詰まっているタンクだと思ってください。
あなたの「困りごと」は、あなたが「困るため」「困ったどうしようと浸るため」「何かあるよ~私はもうだめだ」となるためではなく、むしろあなたが元気になるために、あなたが自分でフタを開けてそのタンクの中のエネルギーを満帆に補給し使ってもらえるために待っていたエネルギータンクなのです。
「お、タンクまで到達したぞ、では、この人生の道の行き先のための”目印”である困りごとを越えるためには、どうしようか」と、そこを乗り切るためのエネルギーそのものなのです。
これを変換せずにいたら、エネルギータンクの真横でなぜかガス欠している車と同じです。


もしも、あなたが、
困りごとや、何か白杖の先(人生の目の前)に何かが当たって邪魔をしているような感覚になっていながら、
なぜだか

・越えるために必要な行動をとらず(とれず)に何もしていない、何となくその場足踏みのまま人生の時間を過ぎ去らせている
・ひたすら他人や周りのことが見えてしまったり、他者に「こうしたら、ああしたら」と指示をしてもらえるのを期待してしまっていたり待っていたりする(しかも自分から誰かに食いついて相談したり自分から支援を利用したりするのではなく)
・何かイライラしたりもやもやして、気持ちを別のところにぶつけたり、何かの時間つぶしや嗜好品にとりついてしまったりして解消しようとしている(解消になっていると感じているかどうかは別として)
・いや、私にはわからない、私にはどうせできないし、と思ってしまっていたり、誰かや何かに対して突発的な行動をとってしまったり、周囲に低能アピールをしてしまったりしている

…ようなひとは、
(ちなみに上記4つは、交流分析的に言うと「ディスカウント(値引き)をしている人が陥っている特徴的態度・行動」です)

まさに今、あなた自身、本当は成長の大チャンスです。
あなたの真横に今、大きな大きなガソリンタンクがあります。
あなたはまさにタンクの真横、目の前で、ガス欠をしていてもうガソリンが自分には入らないつもりになってしまっている車です。
もしくは実は、新しく美しい丈夫な白杖に持っている白杖の先があたったのに、それが新しい最新型白杖とは気付かずに、寧ろ「自分の白杖が折れたに違いない、もう進めない!」と感じてしまっている状態です。

…もったいなくありませんか。
そのガソリン、使ってみませんか?
その最新型白杖、持ってみませんか?


あなたは人生の途上で困りごと・障害物に「当たってしまった」のではなく、
ちゃんとあなたの人生の道しるべとなる「目印」に辿り着いたのです。
素晴らしいことなのですよ。

目印(例えば縁石)に当たったなら、それを沿ってみるも跨いでみるも、あなたがとる「行動」は自由なのですが、しかしながら、そこであなたに大事になってくるのは、あなたの「目的」です。
あなたは、どうしたいのでしたっけ。何を目指して、何をしたくて、どうなりたくて、ここまで来たのでしたっけ。
そこに、その目的を達成するためにあなたにとってあなたの人生にとって適切な方法を、僅かずつ、少しずつ、一歩ずつ、半歩ずつでもいいのですから、とってみましょう。

もし、そこで、
あれ?自分の目的が……わからなくなった人、
自分の白杖をどう動かしていいのかわからず、半歩ずつといわれたって、どうしたらいいか、どう動いたらいいかわからない人、
それでもやっぱりあなたの目の前にあるものがガソリンタンクや最新型白杖だとは信じられなくて、障害物だと信じ込んで身体が恐怖で委縮してしまっている人、
いやいや絶対私はもう八方塞がりなんだ進めるわけがないんだ!と決めつけたい人、

…そんなあなたは、私のところに来てください。
あなたの今持っている白杖の使い方、お教えできますよ。
目の前のものがあなたを希望とエネルギーでいっぱいにするガソリンタンクであること、あなたの人生の道行きが楽になる最新式白杖であること、証明してみせます。しかも、あなたが自分の白杖でそれを探り自分の感覚で体感納得できる形で。
そして、あなたがタンクのフタをご自身で開けることができるよう、最新式白杖を使いこなせるようになるよう、お手伝いします。


ついこの前の記事にも書きましたが…
本当に、”あなたを見守っている人”
本当の、”(あなたを拉致し攫うのではなく)あなた自身があなた自身の人生の手綱を握ることができるよう、あなた自身があなた自身の足で歩けるために見守り手助けする支援者” というのは、

支援者(見守り・お手伝い・協力する)側から、あなたの手を無理やりとることはできません。
その代わり、必ず、あなたが手を伸ばせば届く位置で、「私の手はここにありますよ。」と、あなたに必要な時に必ず、あなたから手をとることができるように、見守り準備しています。
あなたが求めれば、その人(存在)はちゃんと、手の伸ばし方からしても教えてくれます。そして、無理やり手を引っ張って伸ばされるのではなく、手を伸ばして支援者の支援の手を握るのは、あなた自身です。


またまたついでに、これは、実際の視覚障害の手引き支援でもそうです。
本当に対等なホスピタリティで支援して下さる方や、プロの方ほど、私の手をとって腕を握らせてはくれません(笑)
私がどんな支援の方法が必要か、私から言うのを、言えるのを待ってくれています(苦笑)
「手引きが必要ですか?」
「あ、では、右側、左側どちらの手がいいですかね」
「ああ、では今私は左側にいますので、肘つかんでいただいて大丈夫ですよ」
あくまで、私から手を伸ばしてその方の肘を探してつかむまでをも、見守り支援してくれます。
…私ももう困惑し迷い迷い……それでも、最近になってやっと、「では…肘、触らせていただいても構いませんか?」と、おずおずと相手の肘を勘で手を伸ばしながら探って掴まりにいくことができるようになってきましたよ。


しかし、それでこそ初めて、
私も、あなたも、自分の人生で本当の意味で自由にあなたの工夫・方法で生きていいのですよ、そしてそのために必要な支援は求めてもいいのですよ、という意味になり、
初めて、
「自分の人生の手綱を自分で握り、自分の足で着実に自分の生きたい(行きたい)ところへ向かって一歩一歩進む」
ことが、可能となるのです。


私は、「(目に見えない)人生の登山道」を歩んでいる人たちのための支援を専門としている、手引き者・ガイド・支援者です。

あなたがお手伝いを必要とするときは、何なりと、いつなりと、ここにいますから、お声をかけて、あなたに必要な方法に、手を伸ばしてくださいね。

初めての方はその方法も相談できるよう、初回特別価格枠でカウンセリングできますので、お気軽にいらしてください。


「人生の登山道」の支援者の道、ご興味がある方、学びたい方はぜひこちらもどうぞ。
早速来週にも、初級(基礎)講座が始まります。
(まずは無料事前個別相談も行っておりますのでお気軽にお問い合わせください。)


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