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金の卵を産む無言の工場労働者

COVID-19の新しいワクチンは現在複数国で臨床試験が行われており、パンデミックと戦い続けるうえでその開発は世界を変える可能性があります。既存のワクチンは特殊な製造設備と高価で入手困難な原料を使用していますが、鶏卵を使用した新しいワクチンの製造技術が確立すれば、より大量生産が可能になります。そのため、発展途上国での自国製造や低コストで入手可能になることが期待されています。

実は鶏卵を使ったワクチンの製造自体は新しいものではありません。インフルエンザワクチンの最も一般的な製造方法であり、もう70年以上も使われてきました。

ハンガリーの写真家 Dániel Szalai は、ワクチン製造に使用されているハンガリーの養鶏工場を訪れ、技術の進歩がもたらす困難や、科学技術と自然との倫理的なジレンマについて写真集を制作しています。それがフランスのノボジェン社が開発した特殊なニワトリ「ノボジェンホワイト」に迫った写真集です。

ノボジェンホワイトの卵は製薬会社によって医薬品やワクチンの製造に使用されています。精密に管理された人工的な環境のもと、ノボジェンホワイトは特殊な消化管を発達させるために厳しい食事制限を受けて90週間のライフサイクルを隔離された無菌室で過ごします。ニワトリ本来の免疫システムを持たないため、外で生きていくことはできません。写真集の裏表紙にはノボジェンホワイト社のデータシートが添付されており、特定の病原体を含まない高品質の卵を毎週12万個生産していることが示されています。労働するニワトリに対するノボジェン社の待遇はよいものではありますが、完全に管理されています。

Szalai は、この管理・計算された空間のアイデアを、彼自身のアートプロジェクト、ひいては写真集へのアプローチに反映させています。

Novogen by Daniel Szalai

まず表紙に登場するのは、白い背景に配置された2枚の同じようなイメージです。本書の大部分を占めるのは、この明るいブルーの背景に手術のような照明で撮影されたフォーマルでミニマルな168枚のニワトリの写真です。形式的に配置された写真は、さながら工場労働者の「社員名簿」のようです。Szalai は彼なりのやり方で、みなの目に触れないところで人命を救うニワトリの労働に敬意を表しています。

白い羽、オレンジの目など、最初こそ同じように見えるニワトリたちですが、ページを進めるごとに段々と表情やポーズに違いがあることに気がつきます。鳥たちの個性をゆっくりと私たちに突きつけてくるのです。

養鶏場や屠畜場を撮影した血や糞にまみれながら苦しむ動物たちの姿を映し出した表現とは対照的に、Szalai の写真はユーモラスでありながら、同時に背筋が冷えるような魅力があります。

本の半ばに差しかかると、左ページにニワトリのポートレートと、右ページに暗闇の中でライトアップされた黄色い卵を持つ人の指が見開きで対となり、ニワトリとその究極の目的を力強く対比させ、この本の中段の章のイントロを迎えます。中段は光沢紙を使用し、工場内の様子に移行します。卵の生産をコントロールする人工的な赤い光に照らされた何千羽ものニワトリがいる施設の様子などを、フチ無しの印刷で見せます。また、ノボジェン社のマーケティング資料やガイドブックから楽観的な宣伝文句を抜粋していて、その裏側の冷たい実用主義的なアプローチとのシニカルな対比に気付かされます。

ベルトコンベアで運ばれる卵、テーブルの上に置かれた記号の書かれた卵、保管設備、卵に注射する人の手、無菌の実験室…。その後、左ページにベルトコンベア上を移動する2つのワクチンの入った小瓶の写真と、右ページにニワトリのショットが見開きで対となり、そこから再び後段では私たちを圧倒的な数のニワトリのポートレートに押し戻します。


写真集「Novogen」は、私たちを挑発し、時にシニカルに笑わせ、真摯に問いに向き合わせます。そのクリーンで抑制されたデザインは、正確にメッセージを伝えています。


この本は、ニワトリへの愛護的感傷をきっかけにして、私たちの命を維持する為に動物の命を工業化するテクノロジーへの倫理的ジレンマへと引きずりこみ、そして最終的には遺伝子干渉など人類の環境への接し方について、答えの出ない疑問を投げかけています。


21.0 x 29.0 cm, 96 pages, with 181 color reproductions.
Includes an essay by Fahim Amir.
Design by Rob van Hoesel.
In an edition of 600 copies.
Published by The Eriskay Connection in 2021
ISBN 9789492051714


このテキストは2021年8月6日に Collector Daily に掲載された Olga Yatskevich 氏による評論を元に翻訳・再構成を加えたものです。
【出典元】Collector Daily: Dániel Szalai, Novogen



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