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好きな人が嫁にいった日の雨。

朝、起きたら雨音がした。
今日僕の好きな人は結婚する。

春から東京に来て社会人を始めた僕は半年ぶりに金沢へ戻る。結婚式の二次会に招待されたからだ。彼女の結婚相手は僕と同じ大学に通っていた男らしい。そう言えば教育棟で何度か見た事があったようななかったような。

彼女は知り合った頃から社会人でその結婚する彼とはどこで出会ったんだったか、きいたようなきもするが忘れてしまった。

彼女は僕のバイト先の先輩と仲が良く、バイトの後にみんなで何回か飲んだ事があった。

それから仲良くなり、僕とも友達になった。 互いに時々電話もした。

彼女は人の考えている事を当てるのが得意で、みんなの前でもその得意技をよく披露していて、それが凄い的中率だったが、彼女の考えている事がわかるという人はいなかった。謎に包まれていた。

1年くらい前になるが、その夜は僕のボロボロな学生寮の部屋でまたみんなで集まり飲んでいた。彼女はお酒に弱くいつも缶酎ハイをグラスに注ぎその一杯を飲みきる前に寝てしまうのがお決まりだった。そしてみんなが酔い潰れて寝だす頃に目を覚まし、食器を洗ったり部屋を綺麗に片付けてくれたりしていた。

その日は僕だけまだ起きていて、寝ているみんなを跨ぎながら一緒に片付けをした。

彼女は僕の顔をみて、「酔ってるの?」ときいた。

僕はたくさん飲んでいたので「まあ、多少は」と答えた。

すると彼女はクスッと笑い「なら良かった」と言った。

僕は「なにが?」と何食わぬ顔で答えたつもりではいたが、耳がすごく熱くなっているのを感じていた。彼女に気づかれたかも。ヤバイ。と思い焦って心臓がドクドクした。

すると彼女は僕の耳に唇をそっと触れて、何か囁いた。けれども自分の心臓の音がうるさくてなにを言ったのかを聞き取ることが出来なかった。

焦る僕をみて、彼女は無邪気に喜んでいた。

僕は彼女のそんなわかりやすい意地悪なところが好きだった。

その時僕は同じ学部の後輩と付き合っていたので彼女の事が好きな事は僕の中だけの秘密だった。(ちなみにその後輩にはその後、「好きな人が出来たから」と言われてすぐにフラれてしまったが)

僕は仕事に出勤する時間より1時間遅く家を出て、新幹線で金沢へと向かった。

朝方の雨はずっと止まずに、激しくなることも緩まることもなくずっとしとしとと僕の上から降り続けていた。

金沢へ着いてからもずっと雨は続いていた。

彼女は僕の気持ちを知っているのだろうか?

ずっとその事を考えていた。

会場に着き受付を済ませ、仲間が集まるテーブルを見つけそこに座った。

彼女が結婚相手に選んだ男は男の僕からみてもとても印象が良く、少しの影もない様な完璧な男にみえた。

彼女にもそうみえているのだろうか?
それだといいのだけれども。

その彼の隣に立つ彼女も少しの影もない明るく柔らかな普通の女の子にみえた。僕の知っている少し影のある意地悪な彼女とは別人のようにみえた。

僕は、やっぱり僕じゃだめだったな。と安心した。

あの日もし雨が降っていなかったら、何か変わっていたかも知れない。

「あの日僕に何を言ったの?」と聞き返していたら何か変わっていたのだろうか?

くりえ。


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