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オリバー・ストーン他「天と地」新潮文庫


オリバー・ストーンといえば「JFK」や「プラトーン」で有名だが、俺はこの映画作品を知らなかった。実はストーン自身がベトナム帰還兵である。ストーンの話によると、この戦争でありえない残虐行為があった背景には、「アメリカ本土で虐げられた無教育の兵」が大量に送り込まれたことと無関係ではないらしい。とにかくありえない残虐行為が繰り返された。
この映画は、レ・リー・ヘイスリップ( Le Ly Hayslip )がベトナム戦争期の自身の体験について書いた小説『When Heaven and Earth Changed Places』が原作となっている。ストーンはこの本を読み、アメリカ兵として見ていた地獄とベトナム人からみた地獄のギャップに愕然とする。ストーンはレ・リーと会い、この自伝小説の映画化を決意する。ベトナム中部のキラという村が舞台なのだが、ごく平凡な平和な農村だ。この平和な村にアメリカのヘリコプターが舞うことからすべてが地獄の第1幕が開くことになる。大義のない代理戦争の中で、レイ・リーは大切な人を目の前で殺され、故郷を失い、強姦され、拷問に耐え、真剣に初めて愛した貴族の男の子を産み、その男に裏切られながらも、子をつれてたくましく生きぬく。しかし、母が深刻な病気だと聞き、キラに帰郷する。そこでレイ・リーは変わり果てた故郷を目の当たりにし、呆然とする。母親は村民がベトコンから「アメリカへの協力者」という嫌疑によって数人の女性と共に公開処刑にあい、他の女性が頭を撃ちぬかれていた時、打たれる寸前に親戚によって救われたが、その後、乞食生活を続け、廃人同然になった。父親は「べトコン協力者」の嫌疑でアメリカ人兵士から拷問を受け、瀕死の状態・・。レイ・リーは生きるために両親を残してアメリカに渡っていったことを恥じ、父親に許しを請うた。しかし、父親は娘を記憶し抱き締めて最後の力を振り絞って言葉を残した。
「リー、何が正しくて、何が間違っているのかなんて訊いちゃいけない。それはとても危険な質問だ。正しいこと、それはいつもお前の胸の中にある。先祖と家族を愛する心だ。間違いはすべてそのおまえの心とお前を引き裂こうとするものの中にある。さあ、息子のところにもどりなさい。そしてできる限りのことをして、立派な人間に育てるんだ。それがお前の闘わなければならない戦争だ。それがお前が勝ち取らなければならない勝利だ」
レイ・リーは父親から生きることを学ぶ。その後、レイ・リーはベトナムの地で戦うある兵士と恋に落ち、生きぬくためにアメリカに渡る。そこで一瞬平和で豊かな暮らしを手にするが、人種差別、夫の精神疾患に悩まされ、挙句の果てには夫が自殺。レイ・リーは故国への帰国を決意する。
レイ・リーはベトナム戦争後、故国に医療施設を3箇所立ち上げ、今も後遺症で苦しむ人たちの為に日々汗を流し、ライターとしても活躍している。
この本ではストーンだけでなく映画を作った製作メンバー、レイ・リー本人、レイ・リー役を見事につとめたハップ・ティ・レイの目から見たこの映画のリアルが語られている。プロでなく本当に戦禍を生き抜いたベトナム人がキャストをかざり、レイ・リーの反応を見ながらフィルムを撮っていった。徹頭徹尾リアリティにこだわったストーンの執念に脱帽だ。この映画は必見だろう。
ベトナムは日本、フランス、アメリカという国々によって翻弄されながらも、不死鳥のようによみがえった。そして今のベトナムがある。そういう背景をわすれてはいけない。

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