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なぜ宗教家になったの?パート2

随分間が空きましたが、今日は時間があるので書き始めたいと思います。

不良少年だった当時の私は、大学病院へ行き精密検査の結果を知りました。
「腎臓病末期」
まだその意味が理解できていない時なので余裕でした。
が、そこから担当医の先生がこう言いました。

「〇〇君。残念だけどね。今の医学では、この状態だと病気の回復は難しいよ。今の医療の最善を尽くすから、3日後に入院準備をしてきなさい。」

この言葉を聞いて当時の私は愕然としました。
「入院?誰が、俺か!」

それまでは「俺は自分の力でやっていける」という自負。というか、若気の至りと、持前の短気が合わせられていた頃ですから、高い高い鼻をへし折られた感がありました。

それまでイキがっていた心は、その瞬間にしぼんで、なんとも情けないことになりました。
入院準備をして入院するのは良いが、退院する見込みがない入院なので、もう本当に落ち込みましたね。

その日、病院から家に帰りましたが、落ち込みようがすごかったようで、私の親は、私以上に心配したことは間違いありません。

溺れる者はわらをもつかむ」の例え通り、お医者様は
「治る見込みはない」
との判断なので、そうなると人間はなにを頼ると思います?
そうです、「神、仏」に頼るのです。頼る対象は全てご縁。

入院する日まで3日あります。ので、その期間、母親が神様に、私の病気が治るよう願い込みをしてくれました。母親も真剣、私も真剣です。

病の元は心から」つまり
「病気を作る原因は心だよ」
と教えて頂くので、母親は私にこう言いました。

「あんたは生来短気者だから、神様がその性格で人生を通ると大変だから、時間はいくらかかってもいい。その短気を改めるように、とのメッセージを病気を通して教えてくれたんだ。分かる?」と。

イキがっていた不良少年もその時は
「確かにそうだなあ」と思いましたね。

私は自分でも驚くくらい当時は短気な性格でした。
「これはいかん」とは理解しているのですが、性格はどうしょうもない部分ですしね。

しかし、その短気な性格を病気を通して変えてやろう、ということだから、
「分かった。時間はかかると思うけど、短気な心は使わないように気をつけていきます」と答えました。
これは母親との約束ではなく、神様への約束です。
これを私たちは「心定め」と言っています。

そこから3日後。大学病院に入院する荷物を持って行きました。大荷物です。

担当医の先生が「〇〇君、来たか。今日から入院だね。その前にもう一度診察するよ」と、私の身体に聴診器をあてて、また背中をトントンと叩いたりしました。

しばらくして担当医の先生が
「ん?なんだ?」と首をかしげるのです。

「どうしたの?」(ため口の私)
 担当医は
「いや、なんかおかしいんだ。」と、カルテを何度も見直し、また聴診器を身体にあてる。背中を指でトントンする。
担当医は、
「んー。おかしい。なんでだ。おかしい」と、何度もつぶやくのです。

そこで、私の短気がむくむくと起きてきて
「なにがおかしいんだ!」と暴発。担当医が
「いや、治っているんだ。」と、僕の顔を見ました。
キョトンとしながら
「えっ!なにが?」
担当医
腎臓病がだ!


えっ!    ほんま?」(ため口)

シーン。。。

この一連の会話は、当時不良少年だった私の心に刻銘に刻まれました。

結果、その日に退院。

当時「神様なんてあるんか?」という当時の私の疑問に対し、
「ある」
と、はっきりとその姿を見た瞬間であり、この道に進む大きなきっかけになりました。

つづく。のか?




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