kuroyuri(クロユリ) 愛する人へ 三話「刻印」

莉子は日常生活に戻っていた。

いつもどおりの朝。
眠い目を擦りながら、一階の洗面所で慌しく歯を磨いていた。
寝ぼけていたのか、泡だった歯磨き粉が左腕の上に落ち、それに気づいて水で流した。
次の瞬間、莉子は正気になった。
目を閉じて、何度も深呼吸。
そのあと、首を数回左右に振りゆっくり目を開けてみる。

それは、まるで刺青のよう。
間違いなく莉子の左腕には黒色で、剣が翼で覆われているようなデザインのトライバルが記されていた。
そしてそこには「60」と刻まれていた。

驚いた莉子は、そこにあった洗剤と名のついたものをすべて試したが徒労に終わった。
家族に気づかれぬよう、左腕を右手で覆うようにして自分の部屋に駆け込んだ。

「一体、どうなっちゃったの……」

莉子は、最近のあてはまる全て出来事に思いを巡らせていた。
理由はすぐにわかった。

「シラハ」と出会ったということが。
しかし、こうなるとは聞いていない。
そう何度も自問した。    
何かシラハが言った言葉の中に、大事なものはなかった目を閉じる。

「自分の目で、確かめられるようになる」

思い出したが、この刺青のようなものとどういう関係が。
部屋の時計は、いつも家を出る時刻近くをさしていた。
莉子はとりあえず、一階の台所にある食器棚上の救急箱を取りに行った。
朝食の用意で忙しくしていた母親には気づかれなかった。

「どうした莉子?お前、この頃、様子が変だぞ」

姉が亡くなって以来、短くした髪型でも母同様、白髪が目立つ父親の誠次。
そんな身支度をしていた父親にはバレそうになったが、何とか包帯で左腕を覆うことができた。
冬服になったとはいえ、体育の授業などで左腕を出す場面はいくらでもある。

莉子は通っている青城(せいじょう)高校へ向かう途中、包帯の理由を考えた。
その日は一日中、何度も包帯の下をチラ見したい衝動に駆られた。
全てに対して上の空だった。
親友の絢には「火傷しちゃった」と妥当なウソをついてごまかした。

帰宅したらすぐ、自分の部屋で包帯を引き剥がした。
そして、あらゆる角度から何度も凝視した。
もう一度シラハに会おうと、メールをしてみるも返答はなかった。

剣と、それを覆うような翼のデザイン。
そして、その中央に刻まれた「60」という数字。
今の時点では、莉子には何も答えが出せないでいた

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