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桜散る ☆55

咲いた桜になぜ駒つなぐ、
駒が勇めば花が散る~♪

てな唄がある。

私は落語ファンだが、落語には四季がある。

春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)にそれぞれ合う噺があるから、春になったら落語の枕に、よく上の文句を引用する噺家がいる。

駒と言えば、馬肉の事を「サクラ」と呼んだりする。切ったばかりの馬肉は綺麗なサクラ色をしているからそう呼んだのだとか、


或いは、「けとばし」とも称する。今は馬肉なんて高級食材だが、昔は安い肉の代表みたいなものだったようだ。


だいたい浅草辺りの古い人は「けとばし」と言った筈だ。他ではあんまり言わないのかな?

若い頃、落語にすっかり夢中になって、都内の寄席や落語会に足を運んだものだが、落語のテープも集めていた。当時はYouTubeなんてないですからね。

五代目古今亭志ん生、八代目桂文楽、六代目三遊亭圓生は古典落語のBIG3と言って良い(全員、明治生まれ)。

この3人を中心に、とにかく買いまくった。高かったけど、惜しくなかったし、それぞれ何回聴いたか分からないくらい聴いたから、充分元もとれたのである。

浅草のレコード屋で落語のテープを6巻くらい買った時、ついでを装って、どうしても訊きたい質問を店の人にぶつけてみた。

落語によく出てくる吉原の大門(おおもん)が何処にあるのか、その頃の私は知らなかったのである。

落語の中でも廓噺(くるわばなし)は特に傑作が多い気がする。

落語ファンを自認しているクセに、大門も知らないなんて、恥ずかしいと思っていた。

「あのぅー、吉原の大門って、どういうふうに行けば良いですかね?」

レジのオジサンが、目を丸くして一瞬絶句したかと思うと、まあまあ広い店内中に聞こえるような大声で叫んだ!!

「おおおーい!吉原の大門はどう行ったら良いですか?だってよ!!!」

よっぽど嬉しい質問だったのだろう。店に居る人全員からニコニコした顔を一斉に向けられて、私は驚くやら恥ずかしいやら、ただ赤面するしかなかった。(このリアクション、さすが浅草である)

もちろん、その後店の人は道順を丁寧に教えてくれたのだが。


無事、大門を見つけた私は、桜肉の店も発見したので、ついでに入ってしまった。

そこは吉原にある有名な「けとばし」の老舗で、昔の評論家 安藤鶴夫(彼も明治生まれ)の本でも私は既に存在を知っていた。

中は座敷になっており、客はまだまばらであった。

胡座をかき、ひとりで酒を飲み、「桜鍋」をはふはふやっていると、なんだか急にパアっと店の入り口が明るくなったかと思うと、

上がり込んで来たのが漫才の内海桂子・好江桂子師匠だった。

ちょいとお忍びで、なんて奥ゆかしくではない、漫才師らしく、明るく、賑やかに、それでいて堂々としたボスの風格で圧倒していた、

桂子師匠が現れたら、誰もがそっちを見るだろう、彼女はただ食事しに来ただけなのだが、場の空気はすっかり彼女が支配していた。

師匠もほんの30分くらいの短い時間で、ぱぱっと飲み食いして、店の事をさんざん褒めて、サッと帰って行った。

粋な人であった。



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