見出し画像

半世紀前から普通の人生に挑戦して、普通のおばあちゃんになった車椅子ユーザーの物語⑤

採用!普通のOL生活が始まった

それからしばらく日にが過ぎて
「今日、先方の所長さんがちょっと会いに来るそうだから、
部屋で待機していて」
と、担当指導員から言われて
いつ呼ばれるかとドキドキ緊張しながらベッドの上で待っていると

「あ、どうも、こんにちは、はじめまして、」

スラっと背が高く、色白で、大きなぱっちりお目目の30代くらいの
素敵な男性が部屋に入っていらっしゃいました。

「こんにちは」

障碍者施設の所長さんて
中年太りで、白髪か薄毛かで、高齢のおじいさんを想像していたので
あまりのギャップに啞然としながらも
面接をするのだから、会議室かどこかへ移動すると思い、
車いすに乗ろうとしたら

「あ、そのままでいいですよ」

「?」
 
かくして、
人生初の採用面接をベッドの上で受けることになったのです。
何を聞かれ、何を話したか
多分15分くらいだったと思いますが、何も覚えていません。

「あ、じゃあ、今日はこれで、また、」

とちょっとせっかちな感じで言って、帰って行かれました。
 
なんと!
それだけで、採用決定!
初挑戦の就活で、普通に就職できてしまいました。
いよいよ社会へ出て、普通の人生が始まります。
OLっていうことです!
 
毎日車で通勤できるのだろうか?
仕事はできるだろうか?
他の職員の方たちとうまくやっていけるだろうか?
体力はもつだろうか?
珍しく、心配や不安が襲ってきました。
 
でも!
やってみるしかない!
 
めでたくリハビリセンターを卒業し、
買ってもらったトヨタスターレットと仕事を引っさげて、
実家に錦を飾ったのが
昭和52年(1977年)春のことでした。
 
さあ!いよいよ普通のOL生活が始まりました
でも、やっぱりちょっと普通ではありません
当時の私の実家はとてもとてもバリアフリーではなく、
玄関には高い段差がありました。
家の中では車いすを使うようになりましたが、
(以前はズルズル、ハイハイ)
一人では外へ出られません。

毎朝、出勤時間近くになると、
父が私の愛車のエンジンをかけスタンバイ
玄関先で私を抱え、庭に停めてある車まで連れていき乗せます。
乗る前にエアコンをかけ、夏は車内を涼しく、
冬は暖めておいてくれました。
毎朝、毎朝です。
そして、道路へ出るまで誘導し、
「オーライ、オーライ」
「いってきま~す!」
父の愛情に今更ながら感謝です。
 
はい、ここからやっと普通の出勤風景です。
とはいえ、最初の3か月はお試し、研修期間です。
免許取りたて、片道1時間弱のドライブ、朝の渋滞もあり、
出勤するだけでくたくたでした。
 
でも、職場についたら思いっきり笑顔です
「おはようございます!」
タイムカードを押して
まずは、事務所のお掃除
届くところは雑巾で拭いて、高いところは先輩の庶務のSさんが担当
キャビネットや机のカギを開け、
ラジオ体操の音楽をを全館に流して利用者の方も職員も全員で体操
電話や、窓口の対応をしながら事務仕事を始めます。
 
人生初の職場を少しご紹介。
社会福祉法人が経営する「身体障碍者授産施設」というところで、
身体に障害のある方たちが住み込み、又は通って一般企業の下請けの仕事をしながら社会復帰を目指す施設です。
 
事務所には机が4~5台
メンバーは
M主任 14歳年上の車椅子の女性(会計担当)
Sパイセン 1歳年上の山形美人(庶務担当)
Aさん 年齢不詳シングルマザー(栄養士さん)
そして新入りのわたし
あと、施設の整備や清掃を担当されている方たちの共有の机
 
事務所はパーテンションで仕切られていて、奥には
なんと!私を15分の面接で採用してくださった
あのイケメンの所長さんの机
そして、応接セットと金庫
(私は、会計担当なのでこの金庫の番人を任されました)

この事務所でこれから普通の事務員として
普通の毎日を過ごしていきます!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?