私の心のおばあちゃん

エリク・エリクソンという心理学者がいる。
「アイデンティティ」とか「モラトリアム」という概念を考え出した昔の人だ。

エリクソンは本当の父親を知らなかった。
3歳のときに母は再婚し、新しい父親ができる。

彼は、ユダヤ系のルーツを持っていることを理由に周りから差別を受けた。
その上、ユダヤのコミュニティでも、風貌がユダヤ人っぽくないという理由で差別を受けた。
義父と母の関係も次第に悪化する中で、エリクソンは寄る辺のなさを感じ、葛藤する。
学校を卒業してからは、職にも就かず各地を放浪した。

自分のルーツを知らず、家庭でも社会でも安心感を感じることができなかった彼だったが、長い戦いの末、それを克服することができた。
「エリクソン」という名前は、彼自身がつけた名前だ。
「エリク・エリクソン」とは、エリクは「エリクのソン(son)」、つまりエリクの息子という意味を含んでいる。
エリクソンは、自分を自分の親とすることで、実際の親ではなく、自分の中にいる「親」を頼りにし、
困ったときは自分が親としてどう自分に助言するかを考えて、自分自身と相談しながら生きていくことにしたのだった。
そして、悲しみを克服した彼は、治療が難しいと思われていた心の病の患者を次々と回復させ、後世に名を残す心理学者となった。


高名な学者の話から、突然自分の話になって恐縮だが、私はかつてかなりのメンヘラであった。
このまま社会からリタイアして、引きこもりになってしまうのではないか、と自分自身も周囲も思っていた時期もあった。
私の部屋には、その頃の自分が暴れて壁に開けた穴がそのまま残っている(退去費用が心配である)。

メンヘラはメンヘラなりに、なんとか良くなろうと必死で、色々な心理学の本を読んだ。
その中で、エリクソンの話にも出会った。
「自分を自分の親」とし、自分で自分を励まして、頼りにして生きようと試みたこともあった。
しかし、自分の中の自分は、全く頼りになるような存在ではなかった。
それは、自分を批評し、批判し、蔑み、都合が悪くなるとごまかした。
この方法ではうまくいかない、と私はあきらめた。

永遠に続くと思われた苦しみだったが、数年前、突然急激にメンヘラが良くなってきた。
理由は色々あるが、一言でいうと周囲の人たちのおかげだ。
今でも不安定さがあることは否めないが、毎日休まず仕事に行き、ささやかだが自分で自分を養って暮らしていくことができている。
まだまだ自分は未熟で不安定であることは間違いないが、本当に良かったと思っている。

ちょうど1年ほど前、私は、自分の中に「80歳のおばあちゃんになった自分」がいることに気づいた。
自分の中のおばあちゃんは、私が悩んだり不安になったりすると、アドバイスをくれる。

例えば、私は最近体重がちょっとずつ増えていることを気にしていて、写真に写った自分の姿に落ち込んだりしている。
そうするとおばあちゃんは言う。
「たかが1キロや2キロ、どうってことない。歳を取ったら食べたいものも食べれなくなってくるよ。美味しいものをたくさん食べれるのが幸せなんだよ」

「ペアーズを頑張っているのに一向に彼氏ができない、このまま一人で孤独に年老いていくのかと思うと恐ろしい」と私が嘆くと、おばあちゃんは言う。
「彼氏を頑張って探すのが悪いとは思わない。でも彼氏探しが上手くいかないせいで、ひどく落ち込んだり無気力になるなら少し休んだほうが良いんじゃない。
29歳は人生で一番素晴らしい時期。彼氏探しなんて些末なことではなくて、本当に自分がやりたいこと、挑戦したいことに取り組んでみたらどう?
結果的にそれが縁を引き寄せるかもしれないし」

私の心におばあちゃんが現れてしばらくして、あれ、これってエリクソンの言ってたやつじゃない?と思い当たった。
ただ、エリクソンの場合、現れたのは親だった。
私に現れたのはおばあちゃんだったのは何だか面白い。

このおばあちゃんの話を、いつも施術してもらっているマッサージ師のお姉さんにしたことがある。
お姉さんは施術をしながら、私の話をとても嬉しそうに聞いてくれた。
その後話の流れで、豊胸したいと本気で考えることがある、という話をしたところ、
お姉さんは「○○さん、その話を80歳になった○○さんが聞いたらどう思うでしょうね、、」と少し悲しそうに言った。

今、心の中のおばあちゃんに豊胸の是非を問うてみたが、おばあちゃんは沈黙して答えなかった。
おばあちゃんには答えられない質問もあるようだ。

私も私の中のおばあちゃんも完璧ではないが、我々が少しずつ前進しているのは間違いないと思う。
さきほどおばあちゃんも言ってくれたように、これからは彼氏探しだけを血眼で頑張るのではなく、本当に自分がやりたいことに挑戦するようにしたいと思っている。

やりたいことを見つけるのって簡単じゃないですよね。
でも、こうやって文章を書くことは、私の本当にやりたかったことの一つなんじゃないかと思っています。
へたくそな文章だけど、もっと上手になって、自分の思いを人に伝えたい、あの文章面白かったなーって思ってもらいたい。
そんなことを考えながら、この文章を書きました。

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