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「君、僕。」を考える。

Kis-My-Ft2「君、僕。」

今回はKis-My-Ft2の22枚目シングルである「君、僕。」のMVについて分析を行う。
2018年に発売された本楽曲はタイトルにもあるように君と僕の二名にスポットを当てたラブソングである。「君がいるから、僕がいるんだ」「震える君を誰より近くで愛してあげたい」といった歌詞があるように、僕から君への想いが表されている。
また、メンバー7人で構成されたKis-My-Ft2のデビュー7周年という節目にもなりうる楽曲であり、Youtubeに投稿されている概要欄にも「デビュー7周年を迎え、7人グループとして今伝えたい想いも込められた楽曲」と記載されている。
そのため楽曲中でラブソングとして歌われる君・僕と、メンバーとファンの関係を思わせる君・僕があると考えられる。
このような楽曲「君、僕。」のMVを対象とし、考察する。

「君、僕。」MV分析

MVの全体像

今回Youtubeに投稿されているラストを省いたMVを対象とするため、全編でないことを先に断っておく。
この楽曲を取り上げるにあたって繰り返しMVを視聴した。白を基調としたセットが組まれ、メンバーの衣装も白一色で統一されている。そこに差し色的にメンバーカラーの演出が組み込まれる。背景・メンバーともに白に統一されていることから画面全体は明るい印象を持つ。
そこで見られるいくつかの画面、特にメンバーの位置・配置に注目する。

印象と位置

冒頭、曲が始まると共に扉のようなセットが開き、メンバーが登場する。
北山宏光を中心にメンバーが徐々に連なっていくような振付であり、図1のような左右対称な配置となっている。

図1 冒頭のメンバー位置(スケッチは0:06のもの)
以降の図中ではメンバー名はKis-My-Ft2の英数字で表記する

その後Aメロに入るとメンバー2人ずつ、あるいは3人ずつが登場する。
こうした1人対1人の構図や背景のためもあってか、左右対称のような印象を受ける。この印象を起点に見ていく。
サビに入っても左右対称な真っ白の階段上で踊るメンバーが見られる。しかし、この階段との比較で気付かされる。少しずつ左右対称ではない構図が見られる。
例えば図2にある1:02のシーンでは階段にいるメンバー。位置は左右対称に見えるが、実際は異なる段に位置していることが分かる。

図2 1:02のメンバー位置

また、図3(1:21)で見られる位置は左右対称とは言えないだろう。宮田俊哉・千賀健永は同じ段にいるものの玉森裕太をセンター・中心とするなら千賀が中心に近いように見受けられる。それぞれの位置をつなぐと図4のように表すことができる。(北斗七星的な構図かと考えたが、どうやら全く異なる形であるためこの位置が何を示しているかは今後の問いとする)

図3 1:21時のメンバー位置
図4 1:21時のメンバー位置に見える線形

ただある線的な形を持つ、という意味では揃っているように感じられる。
また、サビ終わりも図5のように一直線上に並んでおり、左右対称ではないが直線的な形を持った位置に見える。この時点で私が感じた”左右対称”の認識は”揃い”に重点を置かれていたことが分かる。

図5 1:37時のメンバー位置に見える線形

また、2番サビ終わり間奏時には円形の位置取りがなされている。(特にKis-My-Ft2の文字順で並んでいるのではないことが窺える。この並びの必然性についてもいつか分析したいところである)
これは字義通りの左右対称と言うことができるだろう。

図6 2:50時の円形配置

また、3:13時も左右対称な位置となっている。7人を分ける際にまま見られる2:3:2の並びである。図にすることでその等間隔さはより強調されるのではないだろうか。

図7 3:13時のメンバー位置

ラストのサビ以降は図4・5の位置が続き、最終的には図1の左右対称に帰結するという流れである。

左右対称と”揃い”

途中で気付きとして示したように私が持つ左右対称の認識には”揃い”が関係していることが分かった。なぜ線的に、ある形を持って揃うことを重視するのか。そうしたフォーメーションが目に留まるのか。
そこには2つの仮説が立てられる。

仮説① 7人グループであること

まず1つ目の仮説として7人という人数であることが影響していると考える。人間の視野で7人の人間を同時に捉えることが可能だろうか。あの人は何をしていて、この人は何をしていて、と詳細に1つ1つを7人分一度に見ることは不可能なのではないか。ファンが賛美するときに用いる「目が足りない」は7人グループの彼らにおいて物理的なものなのではないか(無論Kis-My-Ft2以外でも人数が多ければ多いほど困難は極めるだろう)。
そのため、7人全体を視野に入れたとき、1つの組織的な塊として捉える。だからこそそれらが左右対称であるか、や揃っているかのような”形”を捉えようとするのではないかと考える。

仮説② 要請された整列

2つ目の仮説はこれまで学校や職場などで要請された整列の経験が潜んでいるのではないだろうか。小学校に入学した際、前ならえという号令に従って整列した経験・整列している人を見た経験は多くの人が持っているだろう。整っていること・揃っていることが正しく、良いことであるという認識がそこで育まれたのではないか。
また人の整列に限ったことではない。道具は棚に揃っているほうが良い、部屋の物は整って同じ位置などにまとめられているほうが良い、などあらゆる場面で要請された整列に応えてきた。それが尾を引いているのではないだろうか。

印象を掘り起こすこと

今回「君、僕。」のMVを分析する中で取り組んだことは
・印象の根拠を求めること
・その印象を考えること   の2点である。
その結果、このMVから私は”左右対称”の印象を受けたが、その根拠となるスケッチをするためにシーンを集めると、”揃う”ことへの印象も密かにあったことに気付いた。
そしてそれを考えると人数の多さ(=視界の処理範囲)と対象や揃うことへの認識を表出することができた。

これを読む人はこのMVからどのような印象を受けるだろうか(きっと私と異なるものだろうから面白いし、同じだとしても全く同じではないから面白い)。自分が印象を受けた、それの根拠を探ることである道が見えることを今後の可能性とし、結びとする。

反省

自分の印象・感想きっかけで書き出すことをどこかで悪いことだと捉えていた。そこからの脱却、その1歩目とも言えるかもしれない。何故を対象に求めることが結果的に自分に返ってくるような、今回の記述を通して面白い体験をした。しかし何を図にするかの取捨選択は慣れていきたいところであり、言葉の意味を考えながら文を置くことができればと思う。
また読みづらい箇所、意味の通らない箇所があればぜひ気軽に教えてほしい(感想にも意味があるのだからそれも聞いてみたいと思っている)
よろしくお願いします。

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