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ゴキブリ目線で部屋から脱走!? 「アース製薬からの脱走」が好評だった理由に迫る

60万人以上が遊んだゴキブリ目線の脱走ゲーム「アース製薬からの脱走」。その名の通り、「ゴキジェットプロ」や「ごきぶりホイホイ」など、数々の虫ケア用品を手がけるアース製薬が発表したブラウザーゲームです。(※2024年5月現在サイト閉鎖済)
今回は、サーバーが一時ダウンするほど反響を呼んだこのゲームの仕掛け人である近藤雄介に話を聞きました。なぜこのようなプロジェクトが立ち上がったのか、果たしてその道のりとは?


ゴキブリ目線を徹底したコンテンツに

-まずは「アース製薬からの脱走」とはどのような企画だったのかを簡単に教えてください。

近藤:プレイヤーがゴキブリとして家屋を徘徊し、人間に見つからないよう食べ物を獲得して制限時間内に部屋から脱走するというブラウザーゲームです。「ごきぶりホイホイ」といったアース製薬の虫ケア用品も登場し、狭い隙間に隠れたり壁を登ったりと、プレイヤーはゴキブリさながらに脅威をかわしてゴールへ向かわなければなりません。
2022年12月26日から展開し、体験人数は60万人以上、アース製薬のサイト来訪者数は200万人以上と大変好評をいただきました。一時はサーバーがダウンするほどアクセスが集中したようです。ゲームを実況して楽しむプレイヤーも登場して、私たちの想定していなかった反応があったのは非常に喜ばしいことでした。

-プレイヤーがゴキブリになるという発想がユニークですよね。そもそもなぜこの企画が生まれたのでしょう。

近藤:アース製薬とのオリエンで「冬場に何か話題化できるコンテンツができないか」と相談をいただいたことがきっかけです。虫ケア用品のニーズが高まるのは虫が活発に活動する夏場で、虫が少なくなる冬場には商品のニーズやサイトの来訪者数がどうしても落ち込んでしまいます。
そこで、SNSで話題になり、うまくサイトに遷移させられるコンテンツが作れないかと検討を重ね、今回の形に行き着きました。
ちなみに、なぜゴキブリだったのかというと、アース製薬が過去にゴキブリ目線のInstagramコンテンツを展開していて非常に好評だったからです。

最初は別のアイデアもあったのですが、世の中的にはゴキブリ目線の続編とした方が面白く、受け入れられやすいのでは、と考えました。そのため、ゴキブリ目線のコンテンツにすることは早めの段階で決まっていましたね。
そのうえで、冬場にプレイ時間が増える傾向にあり、プレイヤーが世界観に没入できる「ゲーム」というフォーマットで企画を進めました。ゲームづくりは初めての経験でしたが、満足のいくコンテンツができて、私自身も刺激を受けました。

-ゲームが始まる前のフレーバーテキストも秀逸ですよね。

近藤:ここは最初からこうしようと決めていて、この一枚絵がSNSで拡散されて、とても話題になりました。プレイヤーからは「これは『はい』を押したくなる」「私の人生はゴキブリだったんだ」といった反応もいただきましたね。ちなみに「いいえ」を選んだ場合は、正直に回答してくださるような誠実な方を会社で人事採用したい、とのことでアース製薬の採用ページに遷移するようにしていました。
そのほか、ゲーム中のテキストも徹底して“ゴキブリ目線”にこだわっているのがポイントです。ゲームに登場するアース製薬商品の説明も、ゴキブリになったプレイヤーへ語りかけるようなテキストにしました。

落ちている食べ物を入手するとゴキブリ目線で食レポをするといった仕掛けもあり、衛生環境への注意喚起の要素も加えています。

ゲームの遊び方を説明するページにも「ゴキブリには関係ないと思うけど」といったテキストを入れるなど、ゴキブリ目線を崩さず注釈に至るまで作り込みました。コンテンツにおいて注釈表現は紋切り型になりがちですが、ゲームの世界観を崩さず楽しく盛り込むことで、より企画の精度が上がり、ソーシャルでの拡散に寄与したと実感しています。

-あまりの徹底ぶりがユニークですね。プレイヤーからは高評価だったとのことですが、クライアント企業の反応はいかがでしたか?

近藤:最初は「お客さまに対してこんな表現をして大丈夫?」と心配する声もあがったのですが、ゲームをプレイしてもらってフィードバックをいただきつつ、不安な点を一緒に潰していきました。最終的にはクライアント企業と一緒になってどう面白くするかを考えながら進められましたし、お互い非常に満足いくものになったと思います。
お客さまをゴキブリ呼ばわりするのではなく「これはゴキブリを演じて楽しむものなんだ」と理解してもらうための橋渡しを丁寧に作り込めたのが良かったのかなと。
また本作のゲーム実況の熱の高まりを受けて、クライアント企業が急遽YouTubeで実況プレイを行い、視聴者から寄せられたゲームへの質問に答えるということもありました。そうして相互に新たなコミュニケーションが生まれたことはすごく感慨深かったですし、クライアント企業の寄り添いなしでは、ここまでのコンテンツにできなかったと思います。

ゴキブリを愛する人も大嫌いな人も楽しめるコンテンツに

-その他、制作において気をつけたポイントがあれば教えてください。

近藤:ゴキブリを愛する人もゴキブリが大嫌いな人も同じ目線で笑えるか、ということは非常に気をつけてケアをしました。私は何かを過度に嫌う世の中を作りたくないと考えているので、単に悪者を排除するという見せ方にはしたくなくて。
何より、アース製薬が虫退治を楽しんでいるという、誤ったイメージが浸透するのは絶対に避けたかったので、表現に関しては重箱の隅をつつくように徹底して確認しました。自然界にいるゴキブリを駆除するのではなく、あくまでも人間にとって害がある、部屋の中に侵入したゴキブリをケアする、という姿勢を貫けるように表現を工夫しています。

-一般的に嫌われがちなゴキブリですが、そのイメージを助長させるものでなく、愛のある形で制作されていますよね。

近藤:そうなんです。ゴキブリへの思いを伝えたくて、ゲームの冒頭ではアース製薬からゴキブリに宛てた手紙を見せるという演出も加えています。

ゲーム開始前に出てくるゴキブリへの手紙

無闇やたらに駆除するのではなく、人間にとって有益なものを増やすため、害を減らすためであるということを、丁寧に説明しています。ゴキブリを駆除することの正しさを理解してもらうことで、納得感を持ってもらうように意識しました。
また、アース製薬は会社全体で「殺虫剤」という言い方をせず、「虫ケア用品」という呼び方にしています。そうした会社精神も伝えられるコンテンツを目指しました。

-ゲームのビジュアルやシステム面に関して配慮したポイントはありますか?

近藤:主人公はゴキブリですが、ゲーム画面にそのビジュアルは一切出さないようにしています。当初は三人称視点でゴキブリを操作する形も考えましたが、やはりゴキブリの見た目に忌避感のある人が大多数なため、プレイする人にストレスを与える形にはしたくないなと。そこで、最低限ゴキブリとわかるように触覚だけを残し、サウンドで臨場感を加えました。
制作前にはゴキブリに関する書籍を読み込んでリサーチを重ね、ゴキブリの動きや生態にズレが出ないようにこだわりましたし、リアリティは大事にしています。

-見た目に抵抗がある人でも楽しめる形になっていますよね。

近藤:見た目で離脱してしまうともったいないですからね。ゲーム性についても、いかにゴキブリ目線の恐怖を感じられるかというところと、タイムアタックの要素を盛り込み、何度もクリアしたくなる気持ちよさを生み出せるよう意識しました。
クライアント企業から「アース製薬の商品紹介を盛り込みたい」という要望もいただいたため、家主が洗口液のモンダミンを使用している間に逃げるとか、アイテムだと思って飛びつくと入浴泡を宣伝されるといった仕掛けも加えています。

プレイヤーからは「これってアース製薬の製品だったんだ」というポジティブな反応をいただきました。こういった仕掛けがあることで、脱走ゲーム特有の恐怖感やドキドキ感が緩和されて、飽きずに遊べる良い要素になったのではないかと思っています。

「クリエイティブ×〇〇×〇〇」で広告はもっと楽しくなる

-今回の企画を振り返ってみていかがでしたか?

近藤:制作期間が短かったのでそこは大変でした。しかし、企画の早い段階から制作チームにも入っていただいて、クライアント企業、制作チーム、私たちの三社が役割を越境して進めていけたからこそ、成し遂げられたのだと思います。
また、私は個人的に「いい打ち上げをする」をモットーに仕事をしているんです。人間関係も良くて、優れた企画じゃないといい打ち上げにならないじゃないですか。楽しくて離れがたいような、みんなが同じ方向を見て仕事ができたのは、非常にうれしかったですね。
私の幼いころの夢は昆虫博士で、昔から虫が好きだったからこそ愛着を持って制作できたのも成功の理由のひとつだと思います。もし虫が苦手であれば、ここまで作り込めなかったと思いますし。

-今回の経験を踏まえて、今後挑戦してみたいことを教えてください。

近藤:振り返ってみると、自分が作ったものを誰かに遊んでもらうのは、すごく楽しいことなのだなと思いました。企業の広告はネガティブなイメージを持たれがちな側面もあると思います。ですが今回のように多くの人に遊び尽くしてもらって、プレイヤーが自ら発信したくなるような装置を作ることは、広告としても優秀だし、何よりクライアント企業も制作者もプレイヤーも、関係者全員がハッピーな気持ちになれると思うんですよね。
医薬品は薬機法などのルールが厳しく、表現が似通ったものになりがちですが、ひとつスパイスを加えることで面白くなることも学びました。今回が「クリエイティブ×テクノロジー×ゴキブリ」だったとしたら、これからも「クリエイティブ×〇〇×〇〇」の方程式を使うとより多くの人が遊んでくれる、楽しいものができるのではないかと思います。
世の中にあふれている全ての広告が全部面白いものになったら、社会の幸福度はもっと上昇するはず。みんなが楽しんで幸せになれるような広告表現に、今後も挑戦していきたいです。

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単なる広告ではなく、みんなが楽しめる装置を作って幸せになれる広告表現を探す。そうした挑戦は、カスタマーエクスペリエンスのみならず、これからのコミュニケーション設計について非常に参考になる事例だと思いました。
近藤さんの今後の挑戦も目が離せません。

プロフィール

電通デジタル:近藤 雄介(こんどう・ゆうすけ)

ブランドエクスペリエンスクリエイティブ部門 
コピーライター プランナー
高校大学時代は応援部に所属。ラーメン二郎三田本店の助手として働き、文化麺類学の観点から「ラーメン二郎」を研究し卒論に。2024年には鹿児島大学農学部附属焼酎・発酵学教育研究センターの授業を受け、焼酎マイスターに。好きなものを応援する、という応援部の精神で、さまざまなものを広告で応援しています。

※所属・役職は取材当時のものです。

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